
この漫画のもとになった投稿
梅の枝を花束にして、抱えて駅まで歩いた。
途中で咲きかけの桜の下を通ったとき、
一枝もらってしまおうかと悪魔が囁いたけど、
一瞬の葛藤ののち、
盗んだ桜を持っていけない、と諦めた。
阪神電車に乗って数駅、
はじめての駅で降りて
友だちの住所を頼りに歩き出した。
風の強い日で、梅が散ってしまうのを恐れて、
自分の体で覆うように
梅の花を守りながら歩いた。
友だちの書いてくれた住所に着くと、
郵便受けを探した。
郵便受けはとても狭くて、
どうやっても梅の花束は入らない。
部屋の前に置いて帰りたかったけれど、
オートロックのマンションで、
開けてもらわずには入れなかった。
私は、末期がんで闘病中の友だちに
ただ梅の花を届けたかったのだ。
おりしも、関西で桜が開花し始めたばかりで、
「もう外に行けないからお花見に行けない」と
言っていた彼女に、
本当は桜を届けたかったのだけど、
まだ梅の花しか手に入れることができなかった。
せめて梅をこっそり置いて
帰ろうと思っていたが、
マンションの前で20分もうろうろしている私は
途方にくれていた。
このままだと不審者になってしまう。
でも、友だちはしんどいだろうから
絶対に煩わせたくない。
ドアを開けて入っていく人たちに
理由を話して入れてもらおうか?
とも思ったが、うまく話せる自信がなかった。
マンションの前で行ったり来たりして
30分が過ぎたころ、
「友だちのパートナーさんが
いるかもしれないから、
最初のドアだけ開けてもらおう!」
と意を決してインターフォンを押した。
すると、なんと友だち自身が出てくれて、
関東にいるはずの私が
突然階下にいるのでびっくりしていた。
そして、「いまTちゃんがいるから、
上まで来てくれる?」
と言って最初のドアを開けてくれた。
エレベーターに乗って、
緊張しながら部屋のインターホンを押すと
彼女のパートナーさんが出てきてくれた。
「ごめんなさい。ごんぎつねのように
梅の花を置いていこうと思ったのですが、
郵便受けに入らなくて、
不審者になっちゃって‥‥」
としどろもどろに話しはじめると、
彼女がひょこっと遠くの部屋から
顔を出してくれた。
きっと彼女は、
しんどそうな姿を見られたくないと思うから、
なるべく負担にならないように、
手をぶんぶん振って
「わー! Aちゃーん! 突然ごめんね。
またねー!」
と言って、パートナーさんに
お礼を言って帰路に着いた。
彼女の声を聞けただけで、温かい余韻があった。
どうかどうか、
彼女が楽しい時間が1秒でも多く、
苦しいことが1秒でも少なく、
桜も青葉も満月もぜんぶ見られますように。
(粒子/『雲のうえFM』への投稿より)
2025-05-04-SUN
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「今日の小ネタ劇場」とは
2005年から連載を開始した読者投稿コンテンツです。2022年時点ですでに17年以上、「今日のコドモ」「今日のダンナ」「今日のじーばー」「今日の気になるあいつ」….などの20以上のカテゴリから、日替わりで毎日欠かさず3ネタを更新してきました。アーカイブを残していないため、その日のネタは、その日にしか読めません。2016年には、過去の傑作から選りすぐって書籍化もされました。ほぼ日に来たら、まずはここからという読者も多い、大人気のコーナーです。今日の「今日のコドモ」は、こちらからどうぞ。
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今日マチ子
漫画家。1P漫画ブログ「今日マチ子のセンネン画報」の書籍化が話題となる。文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に4度選出。戦争を描いた『cocoon』は「マームとジプシー」によって舞台化。2014年に手塚治虫文化賞新生賞、2015年に日本漫画家協会賞大賞カーツーン部門を受賞。『みつあみの神様』は短編アニメ化され海外で23部門賞受賞。コロナ禍の日常を絵日記のように描いた近著『Distance わたしの#stayhome日記』が、2022年1月『報道ステーション』にて特集された。
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漫画:今日マチ子
編集:奥野武範(ほぼ日)
デザイン:杉本奈穂(ほぼ日)
感謝:「今日の小ネタ劇場」を愛する
すべてのみなさま
