だまし絵で知られる版画家エッシャー。
エッシャーの絵に隠されたトリックを紐解く
『エッシャー完全解読』が発売された。
執筆したのは近藤滋さん。
芸術作品に詳しいアート評論家と思いきや、
本職はなんと国立遺伝学研究所長。
しかも「生き物の模様や形がどうやってできるのか」
という研究をしていたとのこと。
学会では大御所先生の顔写真に落書きをする
企画をつくるなど、エンタメ精神もある近藤さん。
エッシャー作品の謎解きや魚の模様の話をしながら
だまし絵と科学研究の共通点に迫ります。
聞き手は、ほぼ日の松田です。

ほぼ日の學校で、ご覧いただけます。

>近藤滋さんのプロフィール

近藤 滋(こんどう しげる)

博士(医学)。1959年生まれ。
2018年ノーベル生理学・医学賞を受賞した
本庶佑氏のもとで大学院生として研究したのち、
長らく大阪大学でパターン形成研究室を主宰。
2025年1月より国立遺伝学研究所所長。
研究活動以外にブログ『生命科学の明日はどっちだ』や
「ガチ議論」などの学会企画でも知られる。

関連リンク
国立遺伝学研究所 所長挨拶

前へ目次ページへ次へ

第3回 謎解きは趣味。

──
『物見の塔』の細かいトリックも
ぜひ解説をお願いします。
近藤
たとえば、遠近法で描くと柱は垂直にならないから、
それをごまかすために柱は等間隔で描いている、とか。
あと、1階の床がそのまま見えちゃうと困るから
階段を置いている、とか。
本当は、よく見ると変なところもあるんです。
3階のハシゴがかかっているところだけ
柱の間隔が少し広がっていて。
遠近法のごまかしで大きく見せた不自然さを消すために
ハシゴを置いたんじゃないかな、と。
僕が見つけたのが、3階左奥の建て増しです。
エッシャーとしては、
ここを見つけられたくなかったんですよ、多分。
だから、建て増しに目が行かないように、
ハシゴを登る人が。
──
何がやってそうですね。
近藤
建て増しを見ようとすると視点がハシゴの人に行くから
視点が建て増しに行かない。
全部、視線をコントロールするためです。
つまり、登場人物の全員が役者で、
エッシャーのトリックショーの一座ということです。
ここまでくると謎解きが面白くてしょうがないから、
ズルズル見つけたっていう流れです。
これを見つけたときは本当に楽しかったですね。
それなのにブログに書いても反響がなくて、
「あれ?」って(笑)。
まあ、難しいですよね。
──
エッシャー専門の会みたいなところで
発表されたことはなかったんですか?
近藤
しなかったですね。
そういう会があるかどうかもわからなかったし(笑)。
──
確かに(笑)。
近藤
でも、そういう会があるんだったら、
今話しているくらいのことは
誰かがとっくに見破っているだろうと思ったんです。
絶対人に言いたくなるじゃないですか。
でも、囚人がアシスタントだったという話を
聞いたことがなくて。
当時もネットや本で調べたんですけど、
何も見つからない。
かといって、『物見の塔』1個だけでは本を出せないから、
他の作品も調べ始めた、というわけです。
──
そういう研究、謎解きがまとまっているのが
『エッシャー完全解読』であると。
近藤
そうですね。
──
ちなみに、レゴ®の模型は何のためにつくったんですか?
近藤
説明するには何らかの図形が必要ですよね。
たとえば、階段がなかったらどう見えるか、とか。
最初CGソフトでやろうと思ったんですけど、
それだとちょっと面白みがないなって。
CGでつくるのは楽なんだけど、
そもそもCGが嘘だから(笑)。
嘘を説明するのに嘘かもしれないものを使っても
納得できないんじゃないかなと思って。
『マインクラフト』で作ろうかとも思ったんですけど、
あれも結局はCGだし。
──
ああ、そうですね。
近藤
エッシャーの絵の中の建物って
直方体を組み合わせた形になっているんですよ。
だったらレゴ®との相性は
すごくいいということに気付いて、
レゴ®で模型をつくって、
カメラをいろんな位置に置いて説明するのが
一番よさそうだなと。
まあ、結局つくったのは最初の『物見の塔』だけで、
他の作品は面倒くさくなって
CGになっちゃいましたけど(笑)。

──
こういった謎を解くのにどれくらいの期間で
ここまでたどり着いたって言えるものですか?
近藤
中学生のときに出会って、
最初に気付いたのが55歳くらいのときですから
40年間ですかね。
──
これは趣味ですか? 研究ですか?
近藤
完全に趣味ですね。
──
趣味に見えないですけどね(笑)。
どういうときに考えるんですか?
自分の部屋なのか、お風呂なのか。
近藤
デスクに座っているときは考えていないですね。
寝ているときというか、
ベッドの上で転がって目を閉じて、
外から情報が入ってこないようにしているのが
考えるのに一番集中できますね。
家族には、単に怠けているようにしか
見えないと思うんですけど(笑)。
まず絵をよく見ておいて、
ベッドの上で寝ている格好をしていると
いろいろアイデアが思い浮かびます。

──
改めて、今回の『エッシャー完全解読』は
どんな人に読んでほしいですか?
近藤
まずはエッシャー好きの人たちですね。
ピンポイントでエッシャーが好きという人には
たまらないと思います。
あと、ひたすら謎解きが続くので
推理小説が好きな人にもおすすめじゃないかな。
理科系の人にも面白く読んでもらえると思います。
ただ、芸術が好きな人にどう受け取られるかは
想像できないですね。
だまし絵の謎解きって
芸術の価値観からすると・・・・どうなんだろう、
あまり重要視されていないのかな。
エッシャー自身も、
自分は芸術家から評価されていないという意識を
すごくもっていたらしく、
「自分はクラフトマンだ」と強く言っていたみたいです。
芸術家は嫌いだし、特に現代美術が苦手。
わけのわからない抽象画に適当な値段をつけて
売るのはインチキだって文句を言っていたらしいです。
──
エッシャーは、存命中は名前が売れなかったんですか?
近藤
50歳くらいまでずっと売れていなくて、
幸い結婚した妻の実家がお金持ちだったから
生活には困らなかったようです。
ただ、いろんな恨みつらみがあって
どんどん偏屈になっていった中で、
ある日アメリカの雑誌『TIME』で取り上げられて、
そこから世界的に有名になったと。
しかもヒッピーの間で、
だまし絵の三部作である『物見の塔』、『上昇と下降』、
『滝』を見ながらLSDをキメるとトリップできる
みたいな噂になって。
──
すごい(笑)。
近藤
そういったこともあって莫大な収入になったようです。
でもエッシャーはほとんどを寄付して
生活は全然変わらなかったと。
ある日、ミック・ジャガーがアルバムの表紙に
エッシャーの絵を使いたいと思って、
エッシャーのファーストネームで
「親愛なるマウリッツへ」と書いた手紙を送ったら、
エッシャーは
「あなたにマウリッツと呼ばれる筋合いはない」
って書いて返事したって(笑)。
──
尖っていますね(笑)。
近藤
尖っていますよね。
とにかく芸術の世界と相容れない。
──
そんなエッシャーに対して
近藤さんはどう思っていますか?
近藤
生きるのが下手な人だな、と思いますね(笑)。
そこが謎であり面白いところで。
有名になってからも
だまし絵の仕掛けを誰にも一切話していないんです。
僕だったら「どうだ、面白いだろう!」って
絶対言っちゃうんですけれども、
エッシャーは絶対に言わなかった。
そこが僕には理解できないというか、
僕は人から「すごい」と言われるのが大好きなので、
それとはずいぶん違うところに価値を
感じていたみたいですね。
──
なるほど。
近藤
あと、描き始めると集中して、
家族とも全然会わないみたいな感じだったようです。
自宅の3階にアトリエがあって、
そこで作業をしていたんだけど、
全然降りてこない。
だから家族ともあまり仲がよくなくて、
あまり幸せな人生を送っていないように、
僕には思えるんですよね。
尋常じゃない精神の集中力がないと
描けないですよね、こういう絵は。

(つづきます)

2025-05-01-THU

前へ目次ページへ次へ
  • 近藤さんが中学生で出会って以来、
    ずっと考え続けていたエッシャーのだまし絵。
    いろいろな解説を読んでも
    納得できなかった近藤さんが
    科学者だからこそたどり着いた
    エッシャーの緻密なトリックとは?
    近藤さんからの7つのヒントを手がかりに
    あなたも謎解きに挑んでみよう!

    くわしくはこちら

    ※株式会社みすず書房のサイトの書籍紹介ページにリンクします。