1981年に放送された名作ドラマ、
『北の国から』をご存じですか?
たくさんの人を感動させたこのドラマを、
あらためて観てみようという企画です。
あまりテレビドラマを観る習慣のなく、
放送当時もまったく観ていなかった
ほぼ日の永田泰大が、あらためて
最初の24話を観て感想を書いていきます。

イラスト:サユミ

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#18

愚かな男たち。

『北の国から』第21回のあらすじ

草太はボクシングのデビュー戦を控え、
人が変わったように燃えていた。
この試合に雪子への愛を賭けていたからだ。
しかし試合の前日、草太はつららの
思いがけない消息を知らされてショックを受け、
翌日応援に駆けつけた雪子の目の前で惨敗する。
そして試合後、雪子と純は思いがけなく、
すっかり綺麗になったつららと再会する。

 

こってりとした、「人の回」だった。
人と人の気持ちが絡まり合うが、
いまのテレビドラマなどによくある、
伏線やミスリードのために
緻密に絡ませるような関係ではなくて、
どうしようもなく、やむにやまれず、
長雨が続いたり、根雪になったり、
風で綿毛が吹き飛ばされたりするように、
人と人の気持ちが絡まり合う回だった。

どちらかといえば地味な回だけれど、
たぶん、ぼくは、ぜんぶを観終わったあとで、
この回をとても好きな回のひとつとして挙げると思う。

すっきりしている人は誰もいない。
五郎さんとこごみさんの関係を、
中ちゃんが心配しているのは、
かつて自分がこごみさんと関係を持っていたからだ。
つららさんは札幌の風俗店にいるという噂が、
五郎や清吉おじさんや草太を動揺させる。
雪子さんは家を探す。
家を探すと知って、五郎は驚く。
清吉おじさんは札幌までつららさんに会いに行く。
草太は試合(ボクシングの四回戦)に
勝ったら雪子さんに何か言う覚悟がある。
狭い町で、いろんな噂をみんなが知ってる。
ぜんぶを引きずりながら、草太の
「人生で一回こっきりの試合」がはじまる。

全体に、どの男もみんなそれぞれに愚かで、
正直にいえば、ぼくは全員にちょっとずつ共感する。
『北の国から』は、男の愚かさの描かれ方が、
ほんとうに見事だと思う。
あんまり男だ女だということで語るのは
いいことではないのかもしれないが、
ぼくら男は、このようにさまざまに愚かだ。

気づけば、ドラマの序盤にいちばんうじうじとして、
観るものをいらつかせさえした純が、
いちばん筋が通り、すっきりとしている。
怒っているときも怒ってる理由が明快だし、
調子に乗ったり、小狡かったりするところも含めて、
純はいいやつだなあ、と思える。
ああ、やっぱり、彼はここへ来てよかったのだ。

そして書きながら気づいたので
完全に余談として寄り道するけれども、
この純の成長曲線にぼくは覚えがあって、
なにかというとそれは松本大洋さんの初期の名作、
『花男』における茂男だった。
そうか、大洋さんも『北の国から』の大ファンだった。

話を戻すと、『北の国から』というのは、
とてもハードボイルドな作品なのだと思う。
北国や大自然という湿り気のせいで、
ジャンルとしては真逆にあるように感じさせるけど、
それぞれの人の孤独さや、
生き方とつながる個々の台詞や、
どうしようもなくそうなってしまうという
運命の描き方はとてもハードボイルドで、
観ながらぼくがどんどん引き込まれるのは、
ドラマとしての完成度の高さという
おとなっぽい言い方もできるけれど、
もっとわかりやすくいえば
そのあたりの全体の雰囲気がすごく好みなのだ。

いまさら自分の好みを説明するのも気恥ずかしいけれど、
ぼくはキザでハードボイルドな作品がとても好きだ。
『北の国から』はキザじゃないけど、
観てみたら意外にもとてもハードボイルドで、
それはパロディの元ネタとしてしか知らなかったころには
まったく想像できなかったことだ。
あ、でも、優れたハードボイルド作品は、
かならずパロディの元になる気がする。

キザでハードボイルドなもののファンから言わせると、
キザでハードボイルドな作品って最近けっこう少ない。
ロックンロールとかもそうなんだけど、
作品のなかの軸として扱われるとしても、
いったん、笑われる対象になっちゃうことが多い。
キザとハードボイルドとロックンロールは、
笑われることと紙一重だし、
笑われることもぜんぜんOKなんだけど、
最後に体重をかける軸足は、
かならずかっこいい領域にあってほしい。
そう、今回の愚かな男たちは、
みんなかっこわるかったけど、みんなかっこよかった。

こごみさんと関係をもったことのある中ちゃんが、
いまこごみさんとつき合いかけている五郎さんに
野暮で余計なお世話と知りつつ、
あいつはやめておけ、ということを伝えようとする。
まず中ちゃんが立ち小便をする。
つられて五郎さんも横に並んでする。
しながら言いかけるが、夜に話そう、ということになる。
夜、富良野の灯りを見下ろす丘のジープの中で、
中ちゃんはついに語る。
「あいつはいい女だ。それは保証する。
でも、よすぎるんだ」
五郎さんは煙草を吸おうとするが、切らしている。
中ちゃんが無言で煙草を差し出す。
五郎さんがどうもと会釈して一本もらう。
五郎さんが火をつけ、中ちゃんにも火を差し出す。
火をもらいながら、中ちゃんがどうもと会釈する。

ふたりで、闇のなかで、
ふかぶかと煙草を吸い、煙を吐く。

たまらなくハードボイルドなシーンだった。
立ち小便とか、よれよれのハイライトの袋とか、
ぜんぜんハードボイルドじゃないんだけどね。

そういえば、純の語りって、
ずっとハードボイルドだ。
今回の締めのひとことなんて、こうですよ。

「富良野はもう、秋がはじまりかけていた。」

(つづくけれども、残りはいよいよ少ないと思われ。)

2020-02-20-THU

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