1981年に放送された名作ドラマ、
『北の国から』をご存じですか?
たくさんの人を感動させたこのドラマを、
あらためて観てみようという企画です。
あまりテレビドラマを観る習慣のなく、
放送当時もまったく観ていなかった
ほぼ日の永田泰大が、あらためて
最初の24話を観て感想を書いていきます。

イラスト:サユミ

前へ目次ページへ次へ

#7

不思議な実感。

『北の国から』第8回のあらすじ

沢からパイプで水を引く作業が大詰めを迎えた。
パイプが凍結して上手くいかないが、
助けを借りずにやり遂げようとする
父の姿に純と螢は感動する。そして大晦日。
「父さんやったよ!!水がでた!!」
うれしさのあまり駆け寄って
五郎に抱きつく純の心に、
反発していた父への尊敬と信頼の気持ちが芽生える。
そして夜、純と螢は正吉(中沢佳仁)の家に
紅白歌合戦を見に行ったのだが‥‥。

 

『北の国から』の舞台を、
ドラマを見るまえのぼくは、
おおざっぱに「北海道」だと認識していた。
一家三人が、東京から北海道に
移り住む話なんだよな、と。

ドラマを観はじめるとすぐに
それは北海道というよりも
「富良野」という場所なのだとわかる。
そういえば、『北の国から』というドラマは
富良野という地名とセットでしばしば語られる。
いまも富良野にあの家がある、とか、
『北の国から』の大ファンの
雨上がり決死隊 蛍原徹さんは、
富良野で結婚式を挙げたらしい、とか。
(蛍原さん、観てますよ!)

そして、ドラマを本格的に観ていくと、
五郎さんや純や螢が住んでいるのは、
「ろくごう」という場所なのだなとわかってくる。
その地名はドラマのなかできちんと出てこない。
調べてみて「麓郷」と書くとわかった。
たぶん、ドラマの広報的には、
このドラマの舞台は富良野なのだと思う。
でも、純や螢が住んでいるのは、麓郷なのだ。

観れば観るほど、そういうことがわかっていく。
あの場所のことが、しだいに実感できるようになる。
たとえば、距離感がつかめる。
純と螢が住んでいる家は、
麓郷の町から車でしばらく行ったところにある。
学校には歩いて行けるけど、
麓郷の町は車じゃないとたぶんキツい。
ちなみに麓郷の町には中畑さんの家がある。
中畑さんの家は材木問屋でわりとお金持ちだ。
麓郷からさらに離れた場所に布部駅がある。
布部駅と麓郷の移動はバスが一般的だ。

そういうことがわかるようになると、
純と螢が笠松さんちで紅白歌合戦を観ようとしたけど、
一家団欒の風景がまぶしくて
中に入れず家に帰ることになるときに、
「歩いて帰るの? 大丈夫かな?」などと思ってしまう。

これは、なんだろう?
ふつうのドラマでよく言われる「感情移入」とは、
ちょっと次元の異なる感情だ。
気持ちが引き込まれるというよりは、
ほんとうに実感してしまう感じ。
そこにあることが、把握できている感じ。

たびたび書いてきたけれど、
ドラマのなかの行為にはとにかく身体性が伴う。
石を積む場面では、人が石を積む。
豚の出産シーンでは、実際に子豚をとりあげる。
冬の沢にじゃぶじゃぶ入って
パイプをつなぐ作業は、
冬の沢にじゃぶじゃぶ入って作業する。
水は凍えるほど冷たいに決まっている。

ある場面で、五郎さんがトラックから降りたとき
ドアを「バン!」と閉めたあと、
もう一回「バン!」と閉め直したことがあった。
たぶん、あの古いトラックは、
ドアがかっちり閉まらないのだと思う。
それは、芝居なのだろうか?
演出としてそういう車を用意したのか?
それとも、実際にそういう、
ドアが1回では閉まらない古い車なのか?

草太がつららさんと
ラーメンを食べながらしゃべる場面がある。
カウンターに横並びで、
別れかけた恋人がよりを戻すことを
ほのめかすような場面だから、
ふたりは気まずさを隠すように
がつがつ食べながら話す。
その食べっぷりがすごい。
なんというか、ただの食事だ。
完全に、ラーメン1杯、食べている。
NGが出たらどうするんだろう?
もう一度食べ直すんだろうか?
いや、NGってどういうことだ?
ことばに詰まるくらいは、
このドラマではしょっちゅうあることで、
どういうやり取りになっても、
ラーメンを食べながらの会話は
進んでいくのではないかと思う。

そんなふうにして、このドラマは、
観るものに不思議な実感を与えていく。
それがドラマの世界だとわかっていても、
黒板五郎さんの家は、
北海道の富良野の麓郷から車でしばらく
行ったところにあるような気がしてくる。

だからこそ、1キロ離れた沢から、
パイプで家にうまく水が引けたとき、
ぼくはうれしくてしょうがなかった。
しかも、うれしくてしょうがない純と
うれしくてしょうがない五郎さんが
抱き合ってうれしがったから、
ほんとうにうれしかった。
いっしょに抱きついている螢も
ほんとうにうれしいだろうと思えた。

そこにあると実感できる世界で、
うれしいことがあると、
ほんとうにうれしくなる。
このあたりの不思議な実感が、
『北の国から』というドラマが
特別である理由なのだと思う。

それはそうと、
紅白歌合戦を見損ねた五郎さんたちが
富良野の町を見下ろす丘の上から
「さよなら、1980年!!」と叫んだときは、
たしかにあると信じていたこの世界が
40年前のものだと突きつけられて、
ぼくは愕然としてしまったわけで‥‥。

※次回の更新は2月3日(月)と思われ。

(つづくと思われ。)

2020-01-31-FRI

前へ目次ページへ次へ