イマコレキニで話題にあがった方に
30分だけお時間をいただき、
濃密な話をギュッとうかがう連載企画です。
第1回は、アーティストの菅野湧己さん。
お菓子の袋や石けんの箱、
いつも着ていた服やスニーカーなど、
日常でよく見かけるものたちを、
200色以上の「糸」だけで再現しています。
頭の中のおぼろげな記憶を
そのまま形にしようという試みに、
一気に引き込まれてしまいました。
biscuit galleryにて開かれていた
初の個展「気配」におじゃまして、
在廊中のご本人にお話を聞いてきました。
聞き手は、ほぼ日の稲崎です。

>菅野湧己さんのプロフィール

菅野湧己(かんの・わくみ)

アーティスト

2002年、東京生まれ。
2026年、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。
現在、東京藝術大学大学院 美術研究科
先端芸術表現専攻に在学中。
2026年4月、biscuit galleryにて、
初の個展「気配」を開催。

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>biscuit galleryについて

biscuit gallery

biscuit galleryは、
変革と創造の精神を携え、
アートの新たな在り方を多様なアプローチで展開する
現代アートギャラリー。

Address:
東京都新宿区新宿3-32-10 松井ビル8F
biscuit gallery(株式会社biscuit)

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  • 「糸」だけでつくった作品群。

    ──
    これ、ふつうの糸ですか?
    菅野
    はい、ふつうの糸です。
    洋服を縫ったり刺繍のときに使う、
    どこにでも売ってる糸です。

    ──
    ぜんぶ、手で編まれたんですか?
    菅野
    編むというよりは「縫う」に近くて、
    ミシンと手縫いを混ぜながら制作しています。
    糸って、人にとってすごく身近な素材だと思うんです。
    洋服もそうだし、靴もそうだし。
    ──
    毎日かならず触りますよね。
    菅野
    日本に住んでいて、
    絵の具に日常的に触れている人は少ないとは思うのですが、
    糸に触れない日はないと思います。

    ──
    最初に糸でつくった作品は何だったんですか。
    菅野
    最初に糸でつくった作品は、
    「iPhone」なんです。
    ここには展示していないのですが、
    「離れられない」というタイトルの作品で。
    ──
    離れられない。
    菅野
    じぶんがずっとスマホを触っているのが、
    なんか嫌だなと思っていたので、
    スマホを糸で再現してみようかなって。
    それが最初の作品ですね。
    というのも、縫っている時間って、
    強制的にスマホから離れられるというか。
    ──
    実用的な理由ですね(笑)。
    菅野
    大学にいたときから、
    いろんなメディアや素材を触って試してはいたんです。
    その中でも「糸」という素材が、
    じぶんにすごく馴染んだような気がします。
    ──
    これらの作品は、
    どうやって形を維持しているんですか。
    菅野
    立体形状になっている作品は、
    希釈した接着剤のようなもので固めています。
    何回かにわけて塗って、
    固めながら形をととのえて‥‥。
    じぶんで考えたやり方なので、
    じつは技法自体にまだ名前がないという(笑)。
    ──
    オリジナルなんですね。
    例えばですけど、
    こういうポテトチップスの作品は、
    どうやって形にしていくんですか。

    菅野
    この作品は表面と裏面を別々につくって、
    その2枚を縫い合わせてひとつの作品にしました。
    これは平面で成立しているので、
    じつは固めていないんです。
    ほんとうにそのままの糸ですね。
    一方、さっきの立体形状のものは、
    最初に2次元の展開図をつくって、
    いくつかのパーツを縫い合わせていきます。
    ──
    まず展開図にして‥‥。
    紙工作をするみたいな感じで。
    菅野
    そうです、そうです。
    ゲームのコントローラーなどは
    ボタン部分だけそれぞれ展開図をつくって、
    パーツが完成したあとに、
    それを本体に縫い合わせていきます。
    なので、よく見ると、
    継ぎ目があったりするんです。

    リーバイスとオニツカタイガー。

    ──
    これ、すごいですね。
    完全にリーバイス(笑)。

    菅野
    実際に着ることもできるんです。
    ボタンも外せるようになっていて。
    ──
    ほんとうの服だ‥‥。
    生地が透けたリーバイス。
    菅野
    固めていないので、
    これも糸のまんまですね。
    ボタンの部分だけは
    形を保つために固めているのですが。
    ──
    服そのものが糸でできているのに、
    それをまた同じ糸で再構築して‥‥。
    ちょっと脳が混乱しますね(笑)。
    菅野
    糸の絡まり合いを利用して、
    ギリギリ形が保てるぐらいのところで
    キープしているんです。
    デニムにくわしい人ならわかると思うのですが、
    「巻き縫い」っていう縫い方があるんです。
    強度を出すための縫い方なんですけど、
    じつはこれも同じ手法で形を再現しています。
    ──
    さっきの展開図と同じように、
    洋服のパターンからつくるんですか。
    菅野
    そのとおりです。
    実際に洋服をつくるように、
    パターンに切ったものをつくって、
    それからこの形に縫い合わせていきます。
    ──
    紙パッチの崩れ加減もすごい(笑)。

    菅野
    洗濯すると欠けたりしますよね。
    そういうじぶんの記憶のまんまを、
    ここで再現してみました。
    ──
    コンセプトもおもしろいですけど、
    まず圧倒的に思うのは、
    めちゃくちゃ手先が器用ですよね。
    菅野
    よく言われます(笑)。
    小学生の頃から「器用だね」とは言われてたかも。
    ──
    「器用」で済むレベルじゃないというか‥‥。

    菅野
    このスニーカーは、デニムの話と同じで、
    ほんとうの靴をつくるのと同じパーツをつくって、
    それを最後に組み合わせています。
    靴紐もちゃんと穴に通しているので、
    結び方を変えることもできるんです。
    ──
    すごいなぁ‥‥。
    このスニーカーをつくっていたときって、
    どの工程がいちばん興奮するものなんですか。
    菅野
    ‥‥ソールをつけたとき(笑)。
    ──
    そうなんだ(笑)。
    菅野
    これ、ソールが2段階になっているんです。
    靴の底の部分と中敷の部分があって、
    ちょっと空間があるんですね。
    空間というか、空気があるというか。
    なので、実際に履くこともできるんですけど、
    座った状態でしか無理なんです。
    両足で立つと、中敷きとラバー部分が、
    重みでぺっちゃんこになっちゃう。

    ──
    ふつうの立体物って、中身をつくりますけど、
    この作品には中身が存在してないんですよね。
    空気を糸で表現しちゃってるから。
    菅野
    そうなんです。
    空間が潰されちゃうんですよね。
    つくってる途中でも、
    すぐにほぐれたり、壊れたりしますし、
    ものすごく儚いものではありますね。

    記憶の「気配」を縫っている。

    ──
    まさにモノの「実体」というより、
    「気配」を表現されたものばかりですね。
    菅野
    今回の制作テーマは、
    「記録されなかった記憶の気配を縫う」というものです。
    お菓子の袋とか商品パッケージって、
    そのデザインと個人の記憶が、
    じつは結びついていることが多いと思うんです。
    誰かと一緒に食べた記憶とか。

    ──
    たしかに、子どものときを思い出します。
    菅野
    そういう思い出のような感覚って、
    日常の中に当たり前にありすぎて、
    記録としてはアーカイブされにくいんですよね。
    記憶の中には存在しているのに、
    曖昧にしか残っていないというか。
    そういう頭の中の残存のようなものを、
    「糸」というもので表現することで、
    他の人の記憶も引き出せないだろうか、と。
    ──
    忠実に物を再現するんじゃなく、
    菅野さんの記憶を再現している感じなんですね。
    曖昧な部分は、曖昧なままというか。
    菅野
    もちろんつくるときは本物を見るんですけど、
    はじめて気づく部分もあるんです。
    ポテトチップスの袋を思い出すと、
    裏の成分表示があるのはわかるけど、
    そこに何が書いてあるかなんて覚えていません。
    なので、作品でもそこは曖昧なままなんです。

    ──
    作品に選んだモチーフも、
    すごく日常的というか、
    よく目にするものばかりだと思うんですけど、
    どうやって選んでいるんですか。
    菅野
    ここにあるのは、
    実際に私のまわりにあるものばかりで(笑)。
    友人が個展を見に来たとき、
    「部屋にあったものばっかりじゃん」
    って言われましたね。
    ──
    ポテチはうすしお派(笑)。
    菅野
    はい、好きです(笑)。
    例えば、この「マルチビタミン」も、
    当時のじぶんがほぼ毎日飲んでいたものです。
    ──
    あ、そうだったんですね。
    「マルチビタミン」、ぼくもよく飲むので、
    見た瞬間にパックを握った感触を思い出しました。

    菅野
    独特の膨らみがありますよね。
    フタだけプラスチックの硬さがあるなぁとか。
    作品を観てくださる方によって、
    刺さるモノがぜんぜんちがうのも
    おもしろいなって思います。

    糸を使った表現を、さらに。

    ──
    糸をこんなふうに使った作品、
    はじめて見ました。
    ゆるくからまった状態だから、
    色もすごく綺麗ですよね。
    まだらだったり、裏側が透けてたり。
    菅野
    糸って、絵の具みたいに
    混ぜて色をつくることができないんです。
    じぶんの思う色がつくれない。
    ──
    ほんとだ‥‥。
    菅野
    なので「こういう色を使いたい」と思ったら、
    その色の糸を探すしかないんです。
    とにかくたくさんの色を用意するしかない。
    ──
    何色ぐらいお持ちなんですか。
    菅野
    いま200色くらいあります。
    ──
    200色! 
    菅野
    その中から、透けたときの印象も考えながら、
    これにしようかなって選んでみたり。
    ──
    絵の具みたいに、
    イメージとちがうからって
    塗り直しもできないですよね。
    菅野
    そこがすごく大変なんです。
    ぜんぶの糸がからまっているので、
    途中からやり直しができない。
    糸を切ると解けてしまうから、
    一回性というか不可逆的というか。
    透けたときの印象とか、
    ちょっと縮まったときの色の見え方とか、
    そういうのを想像しながら
    色を決めるしかないんですよね。
    それが自分にとっての
    記憶の積み重ね方に似ている気がします。
    思い出したり振り返ることはできるけど、
    やり直すことはできないので。
    ──
    すべて計算なんてできないでしょうから、
    ものすごく感覚的というか‥‥。
    菅野
    そうですね。
    できあがってみないとわからないというか‥‥
    (ピピピと、30分を告げるアラーム)。
    ──
    あっという間の30分! 
    おもしろい話の途中なのですが、
    この企画は時間厳守ということで‥‥。
    菅野
    そうなんですね(笑)。
    ──
    最後に、4月から東京藝術大学の
    大学院に進学されたとうかがったのですが。
    菅野
    はい、今年の4月から。
    ──
    これからどういうことを
    大学院でやってみようと思っているんですか。
    菅野
    この糸を使った表現をベースにしながら、
    「記憶のあり方」とか「不在のあり方」について
    突き詰めていけたらと思っています。
    消えていくものと、残り続けるもののあいだで、
    何がどこまで残りうるのかを、
    これからも制作を通して考えていきたいです。
    ──
    きょうはお忙しいなか、
    取材の時間をありがとうございました!
    次の作品もすごくたのしみです。
    菅野
    がんばります。
    きょうはお越しいただきありがとうございました。