こんにちは、ほぼ日の稲崎です。
先日、イマコレキニでもおすすめした
ロン・ミュエク展」の内覧会に、
先輩の奥野さんといっしょに行ってきました。
大きく横たわる巨人がいたかと思えば、
いまにも動き出しそうな裸の小人がいたり‥‥。
「うわぁー」とか「すごっ!」とか、
思わず声が出ちゃうほどおもしろかったです。
今回はあえて予備知識なしで、
「ただのお客さん」として観て感じたことを
イマコレキニジャーナルでおとどけします。
いっしょに会場を歩いている気分で、
のんびりおたのしみくださいね。

>ロン・ミュエクについて

ロン・ミュエク

現代芸術作家

1958年オーストラリア生まれ。
映画・広告業界で20年以上働いたあと、
1990年代半ばに彫刻の制作をスタート。
革新的な素材や技法、表現方法によって、
具象彫刻の可能性を押し広げてきた
現代美術作家のひとり。

圧倒的なリアリズムで作られる人物たちは、
実際よりも大きく、
あるいは小さく作られているのが特長です。
ひとつの作品を制作するのに、
ときには数年を要することもあり、
過去30年間に制作された作品総数は、
50点程しかないそうです。

今回のロン・ミュエク展は
カルティエ現代美術財団と森美術館による共催企画。
パリ、ミラノ、ソウルに続く巡回展で、
日本では2度目18年ぶりの個展になります。
代表作から日本初公開の作品を含む
11点が観られる貴重な機会ですよ。
会期は2026年4月29日から9月23日まで。
詳しくは公式サイトをごらんください。

公式サイト:ロン・ミュエク展

  • ちょっとした違和感

    ロン・ミュエク『イン・ベッド』(2005年)

    奥野
    ‥‥‥‥‥‥。
    稲崎
    ‥‥‥‥‥‥。

    ロン・ミュエク『イン・ベッド』(2005年)

    ロン・ミュエク『イン・ベッド』(2005年)

    奥野
    ‥‥‥‥‥‥。
    稲崎
    ‥‥‥‥‥‥。

    ロン・ミュエク『イン・ベッド』(2005年)

    奥野
    ‥‥‥‥‥‥。
    稲崎
    ‥‥‥‥‥‥。

    ロン・ミュエク『イン・ベッド』(2005年)

    奥野
    ‥‥でかい。
    稲崎
    ‥‥でかいです。
    奥野
    まさかこんなにでかいとは。
    稲崎
    奥野さんがガリバーに出てくる小人のようです。
    奥野
    進撃の巨人に遭遇したら
    こんな気持ちになるのかな。
    稲崎
    このベッドの女性は、
    全長6メートルくらいあるそうです。
    奥野
    ジャッキーカルパスにでもなった気分です。
    稲崎
    あまりにリアルで、
    じぶんが小さくなった気がしますね。
    奥野
    この人、ふつうの人より顔が大きくない? 
    いや、もちろん大きいんだけど、
    なんというかその、プロポーション的に。
    稲崎
    意図的にデフォルメしてるとか。
    たしかに、ちょっと違和感ありますね‥‥。
    鼻も、なんというか、すごいかぎ鼻。
    奥野
    鼻毛のお手入れは完璧ですね。
    こんなに大きいとタイヘンでしょうね。
    細かいところまでよく見えちゃうから。

    ロン・ミュエク『枝を持つ女』(2009年)

    稲崎
    こっちには小人がいますよ。
    すごい力持ちが、
    裸でたくさん枝を運んでます。
    奥野
    素材はなんだろうね。なんか生々しい‥‥。
    皮膚はシリコンだと思うけど、枝は本物かな?
    稲崎
    (凝視しながら)おそらく‥‥。
    これ、すごいバランスで立ってますね。
    体、めちゃくちゃ反ってますけど。
    奥野
    全裸でバックドロップする女。
    角度的にはジャーマン・スープレックスかなあ。
    とにかく安心できませんね。穿いてませんから。
    稲崎
    (カメラを構えながら)
    奥野さん、ちょっと写真に入ってもらえますか。
    ふつうに撮るとリアルすぎて、
    サイズ感がぜんぜんわからなくて‥‥。
    あ、はい、そのへんでじっとしてもらえると。
    奥野
    内覧会だとゆっくり観られていいね。
    稲崎
    他のメディア関係者は、
    いまプレス発表会に出ているみたいですね。
    奥野
    ああ、だから人が少ないのかー。

    ロン・ミュエク『枝を持つ女』(2009年)

    稲崎
    ありがとうございます。
    人が入るとスケール感がわかりやすいです。
    奥野
    今回の展示って、何点くらい出てるんですか。
    稲崎
    ぜんぶで11点あるそうです。
    ロン・ミュエクの作品って、
    現在ぜんぶで50点程しかないらしくて、
    11点まとめて観られるのはかなり貴重みたいです。
    ‥‥次は、若めのカップル?

    ロン・ミュエク『若いカップル』(2013年)

    奥野
    たしか、ロン・ミュエクさんって、
    テレビ用の人形をつくってた人なんですよね?
    稲崎
    最初は、子ども向け番組とか映画で使う
    パペットとか小道具をつくる職人だったそうです。
    奥野
    超絶的な技術とか
    ちょっと変わった才能を持つ商業美術の人が、
    アート界に転ずるケースってけっこうありますよね。
    昔の日本で言えば、鏑木清方とか小村雪岱とか。
    明治時代に
    輸出用の自在置物をつくっていた金工職人とか。
    ウルトラマンの生みの親の成田亨さんなんかも、
    いまや美術館に展示されていますし。
    アート界に「認められて」っていうと、
    ちょっとちがうような気もするけど。
    ロン・ミュエクさんも、そういう感じなんですかね。
    稲崎
    だからなのか、すごくリアルなのに、
    どこかパペットっぽさも感じるんですよね。 
    ちょっとキャラっぽいというか。
    手足の長さとか、顔の大きさとか、
    なんか微妙に違和感があるんですけど、錯覚?
    奥野
    顔のパーツもちょっとゆがんでるような。
    ほんとうのリアルでもない不思議さを感じます。
    この水着の人も、うっすらデカいしね。

    なんのための技術なのか

    ロン・ミュエク『ゴースト』(1998年 / 2014年)

    稲崎
    こういう超絶技巧の作品って、
    技術のすごさばかり語られがちですけど、
    目の前で観るとそういうの忘れちゃいますね。
    奥野
    ほら、カメラをこよなく愛する人たちって、
    F値の違うレンズをそろえて、
    写りがどれぐらいちがうか、
    撮りくらべたりするじゃないですか。
    目の前のコップの縁を
    「ズミクロン、35mm/f2」で撮るとこうボケる、
    「ズミルックス、50mm/f1.4」で撮るとこうボケる、
    みたいな。
    稲崎
    ええ。
    奥野
    そこは純粋にレンズの性能とか技術の話なんだけど、
    じゃあ、そのレンズで「何を撮りたいか」は
    また別っていうか、
    きれいな花とか、好きな人の顔になるわけですよね。
    コップの縁、じゃなくて。
    稲崎
    技術の部分って、
    ある程度までいくと差がわからなくなりますよね。
    もちろんプロはわかると思いますけど。
    ぼくみたいな一般人にはよくわかんないから、
    そういう技術の話より、
    その技術で何をやろうとしているのか、
    そっちのほうに興味があります。

    ロン・ミュエク『ゴースト』(1998年 / 2014年)

    奥野
    以前、画家の山口晃さんに教えてもらったんですけど、
    じぶんの実現させたいことを
    サポートするのが「技術」なんですよね。
    だから技術そのものばっかりが目についてしまうのは、
    まだ技術が磨かれ切ってないわけで‥‥ふふっ(笑)。
    稲崎
    じぶんのコメントに照れないでください(笑)。
    奥野
    その意味で、この人は、
    まさしく「技術」がすごいんでしょうね。
    だって、パッと見たときに
    「わあ、ものすごいテクニック!」というよりも、
    「なんじゃあ、こりゃあ〜」が勝ってましたから。
    稲崎
    ジーパン刑事か。
    そういう話でよく例に出るのがピカソですよね。
    あと、マティスとか。
    奥野
    晩年のマティスって、
    ものすごいシンプルな「線画」になっていきますよね。
    最後は体が動かなくなって、
    ベッドに寝っ転がりながら、
    なんかすごい長い棒を使って描いてたみたい。
    稲崎
    そうなんですか。

    ロン・ミュエク『エンジェル』(1997年)

    ロン・ミュエク『エンジェル』(1997年)

    奥野
    晩年の絵で、孫娘の顔を描いた作品があるんです。
    京橋のアーティゾン美術館の所蔵で、
    「へのへのもへじ」みたいな黒い線だけの絵。
    描こうと思ったらマジで1分以内で描けそうな、
    ものすごくシンプルな絵なんだけど、
    それをうちの子が見たとき、
    「この人、美人だねー」って言ったんですよ。
    稲崎
    すごい。わかっちゃうんですね。
    奥野
    超絶シンプルな「へのへのもへじ」的線画の中に、
    孫娘さんの美しさが宿ってるんです。
    だけど超絶シンプルな「へのへのもへじ」だから、
    絵が上手いとか、技術があるとか、
    そんなことは、まったく感じさせないんですよ。
    稲崎
    それが、子どもにも伝わるんですもんね。
    奥野
    うちの娘が5歳か6歳ぐらいのときだったから、
    ほんとうに何の曇りもない感想だったと思うんです。
    だから、やっぱり技術あってこその
    「へのへのもへじ」だったんでしょうね。

    ロン・ミュエク『エンジェル』(1997年)

    ロン・ミュエク『エンジェル』(1997年)

    奥野
    だけど、ロン・ミュエクの作品というのは、
    どこか暗さを感じますよね。みんな悩みを抱えていそう。
    稲崎
    表情が暗いですよね。
    憂鬱というか、たのしい感じがない。
    この椅子に座った男も元気なさそう。
    「はぁ、明日も仕事かぁ‥‥」って感じ。
    奥野
    この顔は「日曜の夕方の顔」だね。
    「笑点」が終わって、
    「ちびまる子ちゃん」が終わって、
    「サザエさん」まで終わっちゃったあとの
    静寂のただなかの、
    あの、うっすらどんよりした気持ち。
    作品のタイトルは『サザエのあと』かなあ。
    稲崎
    ちがいます(笑)。

    ロン・ミュエク『マスクⅡ』(2002年)

    奥野
    おじさんが寝てるね。
    稲崎
    かなり大きいですね。
    通常の4~5倍はありそうです。
    奥野
    なんだかブランクーシっぽくない?
    稲崎
    ブランクーシ?
    奥野
    ああいう顔がゴロンと転がった作品をつくる
    彫刻家がいるんです。
    眠れるミューズ」という作品が有名で‥‥
    (スマホで検索しながら)ほら、これとか。
    稲崎
    あ、ほんとだ。
    顔の向きもいっしょですね。
    オマージュって可能性もあったりして。
    奥野
    もしかしたら、意識してるのかも。
    稲崎
    それにしても、下側がぺっちゃんこ。
    人間の顔ってあんなに平べったくなります? 
    これもデフォルメなのかな。
    奥野
    口の開き加減とか、ゆがんでてリアルだよねぇ。
    これ、もうしばらくすると、
    口からヨダレがたら〜っと垂れてくるやつだね。
    稲崎
    机に垂れたヨダレの冷たさで起きるんですよね。
    高校生の頃を思い出します。

    ロン・ミュエク『マスクⅡ』(2002年)

    奥野
    作品名は『ヨダレを垂らすブランクーシ』かな。
    稲崎
    あとで調べてみます。
    奥野
    いや、『ヨダレを垂らしそうなブランクーシ』か。
    稲崎
    次、行きますよー。
    奥野
    きょうはほとんど予習せずに来たんだけど、
    なんにも知らなくてもたのしめますね。
    稲崎
    現代アートの彫刻って難しいイメージですけど、
    この展示はすごくとっつきやすいですよね。
    もちろんよくよく調べたら、
    いろんなメッセージがあるとは思うんですけど。
    奥野
    うん、俺らがぜんぜん知らないだけでね。

    アートってなんだろう?

    ロン・ミュエク『舟の中の男』(2002年)

    稲崎
    ふと思ったんですけど、
    よくある「蝋人形館」に展示されている作品と、
    ロン・ミュエクの作品のちがいってなんなんでしょうね。
    奥野
    ああ、足尾銅山とかにあるやつね。
    稲崎
    ああいう蝋人形とか、セレブの蝋人形とか。
    ああいうのもけっこうリアルなのに、
    アート作品とは呼ばれないわけで。
    奥野
    そこに「アートのひみつ」がありますね。きっと。
    稲崎
    もしロン・ミュエクが等身大の人間をつくったら、
    それはアートになるのかならないのか‥‥。
    ちょっと専門家の人に聞いてみたいです。
    奥野
    「それが置かれている場所」ってのも、あるよね。
    「美術館に展示された」瞬間に
    「美術品になる」ってことがあるじゃないですか。
    「デュシャンの便器」みたいに。

    ロン・ミュエク『買い物中の女』(2013年)

    稲崎
    さっきの水着の女の子とか、
    見た目が14、5歳って感じなのに、
    たぶん身長は2メートル以上あったじゃないですか。
    ああいうのはとくに先入観を崩されます。
    奥野
    作品をひとつだけ観てもよくわかんないけど、
    こうやってまとめて観ると「わかる」気がするんです。
    以前、あいちトリエンナーレだったかな、
    マーク・マンダースの作品をひとつだけ見たときは
    「はて?」って感じだったんだけど、
    その後、東京都現代美術館の大規模個展で
    作品をたくさん観たら「なるほど〜」となったんです。
    作家性を感じたっていうか‥‥
    この作家が何をしたいのか素人なりにわかったというか。
    そのあたりから
    作品に何かを読み取りはじめますよね、ぼくら鑑賞者は。
    稲崎
    そういえば、さっき鶏の人形があったじゃないですか。
    奥野
    はい、おじいさんのところに。
    稲崎
    これは完全にぼくの主観ですけど、
    あの鶏にはあんまり魅力を感じなかったんです。
    単体だと興味がわいてこなかったというか。
    奥野
    なんかわかる。
    稲崎
    でも、向かいにいたパンツ一枚のおじいさんは、
    単体でもぜんぜん飽きない。なんかいろいろ想像しちゃう。
    やっぱり人間は人間に興味があるのかなって思いました。

    ロン・ミュエク『チキン/マン』(2019年)

    ロン・ミュエク『チキン/マン』(2019年)

    ロン・ミュエク『チキン/マン』(2019年)

    奥野
    とくに人間は人間の「顔」が好きですよね。
    顔だけ撮った写真集とか、山ほどありますから。
    稲崎
    あー、たしかに。
    きょうはいろんな人間の「顔」を観てる気がします。
    奥野
    「この人、危険かな」とか「怒ってるのかな」とか、
    人間の生存本能として、
    他人の顔の微妙な変化が気になるという説明以上に、
    人間の顔って、
    「得体のしれない魅力」があるんだと思います。
    稲崎
    手とか足とかいろいろ観るんだけど、
    最後はやっぱり顔を観て、
    作品の雰囲気をつかんでいたかも。
    奥野
    しかも、どの作品も、ちょっと顔がへんなんだよなあ。
    へんっていうか‥‥表情が曖昧?
    うまく感情を読み取れない。
    西洋の人の顔に見慣れていないだけかもしれないけど。
    稲崎
    うーん、どうなんでしょうね。
    奥野
    だからすごく雑に言っちゃうと、
    きょうは「顔の展覧会」とも言えるのかも。
    最後の「頭蓋骨の部屋」も顔といえば顔なわけだし。

    「顔」と「密度」

    ロン・ミュエク『マス』(2016-2017年)

    ロン・ミュエク『マス』(2016-2017年)

    稲崎
    人間にはいろんな顔があるけど、
    骨になったらみんないっしょ‥‥。
    奥野
    いろんな人間の顔を見て、
    人間の気味悪さみたいなものを感じて、
    最後に、巨大な人間の顔のなれの果て、
    つまり無数の「しゃれこうべ」の中を歩かされる。
    そういう意味では、
    コンセプチュアルな構成だった気もします。
    西洋美術の歴史の中で
    静物画のなかの骸骨って、
    とりわけ意味のあるものとして描かれてるから、
    何か作者の思いはあったのかもしれないですけど。
    稲崎
    ほんとうにそうだったりして(笑)。
    奥野
    いや、ぜんぜん見当外れだとは思いますが(笑)。
    稲崎
    でも「顔の展覧会」っていう発想、
    おもしろいですね。
    やっぱり映画でもなんでも、
    観客は俳優の顔を観て何かを感じとるわけで。
    奥野
    昔、柄本明さんに
    そのことを聞いたことがあるんです。
    「じぶんの顔、好きですか?」って。
    稲崎
    仕事論」のときですか。
    奥野
    そうそう。
    柄本さんにそのことを聞いたら
    「好きも嫌いもないよ」って言いながら、
    「顔というのは
    大衆によって奪われているものでもある」って
    おっしゃってました。
    稲崎
    奪われているもの。

    ロン・ミュエク『マス』(2016-2017年)

    奥野
    その言葉が正確に何を意味していたのかは
    完全にはわかんないんだけど、
    「消費」ということばにも近いのかなと思った。
    つまり、
    ジェームス・ディーンの顔もマリリン・モンローの顔も、
    大衆によって「消費されている」。
    稲崎
    はぁーー。
    奥野
    さらに、柄本さんは続けて
    「俺たちが大スターの何に拍手を送ってるかと言えば、
    才能やスター性じゃなくて
    『不幸』に拍手を送っているわけでしょ?」
    って言うんですよ。
    稲崎
    不幸に、ですか?
    奥野
    ジョン・レノンだって誰だって、
    一般人みたいに平々凡々な幸せな人になったら、
    俺たちは拍手なんてしないんです、と。
    大スターたちの「凡人には抱えきれない不幸」に対して、
    俺たち大衆は拍手を送っているんだ、って。
    稲崎
    そういう気持ちが大衆にはある‥‥うーん。
    奥野
    スターの顔は大衆に消費されている。
    だから歳とともに
    味わい深くなっていくのかもしれないですね。
    噛めば噛むほどの、スルメイカのように。

    ロン・ミュエク『マス』(2016-2017年)

    稲崎
    きょうたくさん作品を観ましたけど、
    ぼくは小さくした作品より、
    大きくしたもののほうが好きでしたね。
    ベッドの女性とか、4倍の顔とか。
    奥野
    現代美術作家の加賀美健さんが
    大きいものをよく集めてたりするけど、
    ふつうは実物より大きいものって、
    ちょっと「ナメられがち」じゃないですか。
    稲崎
    繊細さがなくて、大味に見えちゃう。
    奥野
    そこにストイックさを感じにくいというか。
    雑に見えちゃうというか。
    物語の中に出てくる「大きないきもの」とかも、
    愚鈍なやつに描かれがちだし。
    稲崎
    でも、それでいうと、
    きょうのロン・ミュエクは正反対ですね。
    どんなに大きくなっても、
    物体の密度がまったく薄れてなかったというか。
    高解像度のままサイズだけ変化させたって感じで。

    奥野
    もしかしたらそこにアート的要素があったのかも。
    ふつうは大きくすると密度が薄まってぼんやりするけど、
    そういう感じがなかった。
    逆に、ぼくら鑑賞者のほうが小さくなった気がしたしね。
    稲崎
    そうそう、そうなんです。
    そんな経験あんまりしたことないから、
    すごく不思議な感覚でした。
    奥野
    だから、おもしろかったですよ。きょうの展示。
    観られてよかったです。
    稲崎
    おもしろかったですね。
    最後に入口で写真を撮ってもいいですか。
    奥野さんにも入ってもらって。
    奥野
    で、いまさらなんだけど‥‥。
    稲崎
    はい。
    奥野
    なんか見たことのある人、いなかった?
    稲崎
    誰かいました?
    奥野
    サングラスかけた人。
    稲崎
    そんな人、いました?
    奥野
    なんか、ずっと、近くにいたような‥‥。
    稲崎
    じゃあ、写真撮りますねー。
    看板の横あたりで‥‥はい、そこで。
    奥野
    あ、はい。
    稲崎
    はい、撮りまーす。

    稲崎
    ありがとうございました。
    バッチリです。
    奥野
    あっ。
    稲崎
    あっ?
    奥野
    やっぱりいた。ほら、うしろ。
    稲崎
    うしろ‥‥‥‥あっ!

    テレビ番組の取材で来ていた浅生鴨さんと遭遇。じつは、この記事のどこかに鴨さんが映り込んでいたのですが‥‥気づきました?(鴨さん、カメオ出演ありがとうございました!)

    (おしまい)

    2026-05-27-WED