ロゴで大事なコンセプトを伝えたり、
色で心をつかんだり、
字詰めや書体で何かを予感させたり。
デザイナーさんの仕事って、
実に不思議で、すごいと思うんです。
編集者として、
なんど助けられたか、わからないし。
でもみなさん、どんなことを考えて、
デザインしているんだろう‥‥?
そこのところを、
これまで聞いたことなかったんです。
そこでたっぷり、聞いてきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

>大島依提亜さんプロフィール

大島依提亜(おおしま・いであ)

栃木県生まれ。
映画のグラフィックを中心に、
展覧会広報物、ブックデザインなどを手がける。
主な仕事に、
映画
『シング・ストリート  未来へのうた』
『パターソン」『万引き家族』『サスペリア』
『アメリカン・アニマルズ』『真実』、
展覧会
「谷川俊太郎展」「ムーミン展」「高畑勲展」、
書籍
「鳥たち/よしもと ばなな」
「うれしいセーター/三國万里子」
「おたからサザエさん」
「へいわとせんそう/谷川俊太郎、Noritake」など。

大島依提亜さんのTwitterアカウント

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第6回 自分ひとりじゃなかったから、遠くまでビジョンを飛ばせた。

──
先日、東大寺南大門にある阿吽像を
見たんですが、
あの大きな金剛力士像って、
運慶という当代随一の棟梁のもとに
多くの仏師たちが力を合わせて、
つくりあげたんだってことですよね。
大島
ええ。
──
多くの職人たちと共同して、
あれだけの巨像をつくっているのに、
運慶の「作風」というものが、
みごとに、出ているじゃないですか。
大島
そうですね。

──
アートディレクションというものは、
すごいものだなあと思ったんです。
大島
その意味で言うと、
さきほどの谷川俊太郎展なんかでも、
自分のクリアなビジョンが、
思いのほか遠くまで飛ばせたのは、
自分ひとりで
やらなかったせいかもしれないです。
──
あ、さっきも同じようなことを。
大島
自分だけで手を動かしてたら、
どんどん「濁って」いっていたかも。
そういう気がしています。
──
他の人の意見にも耳を傾けながら
共同でつくりあげたものに、
自分のビジョンが強く宿っている。
その感覚って‥‥。
大島
あの‥‥黒沢清監督の作風って、
日本映画の中でも、
なかなかに異質だと思っていて。
──
ええ。
大島
監督が、新しい映画を撮るたびに、
「いやー、黒沢さん。
今回も、やりたい放題やってるね!」
と言われる人なんですね。

──
そうなんですか。
大島
監督ご本人は、
プロデューサーの人たちをはじめ、
いろんな人の言うことを、
はいはいと聞いてつくったから
こういう映画になっているのに、
「今回もやりたい放題だね」
みたいに言われるのが、
ものすごい違和感があるみたいなことを、
どこかで話されていた記憶がありまして。
──
なるほど(笑)。
大島
でも、傍から見たら、まさしく、
本当にやりたい放題に見えるんです。
で、それこそが、黒沢さんの映画で、
そこに、ぼくらは魅力を感じてる。
──
つまり、まわりの人から
いろいろ言われてできているのかも
しれないけど、それこそが
黒沢監督のクリエイティブだと‥‥。
大島
たったひとりでうみだしたものこそ、
「クリエイティブ」だって、
何となく、思われてはいますけどね。
──
それは「神話」なんでしょうね。
大島
そう、人ひとりがつくったものって、
たいしたことないんです、だいたい。
有名無名の人たちの関わりがあって、
それも、そこには
ポジティブ・ネガティブ両面あって、
で、それらが一緒くたになって
成立しているのが、
ほとんどのクリエイティブだと思う。
──
大島さんが映画に憧れていることが、
なんだか、わかりますね。
いまの話、まさに映画のことですし。
大島
そうなんですよね‥‥憧れますし、
映画監督という仕事は、
尋常な精神力じゃできないですよね。
ただ、そこに、黒沢監督ならではの
クリエイティブが成立するためには、
批判的な意見も含めて、
自分や作品の中に取り込んでしまう、
その包容力が、必要だと思うんです。

──
なるほど。たしかに。
大島
でも、インタビューするお仕事には、
そういう部分、ありませんか。
──
あー‥‥あるかもしれません。
自分の意見というより、
この魅力的な人の言ってることを
そのまま受け止めて、
読者のみなさんにも聞いてほしい、
みたいな仕事。
大島
そうですよね。
──
「芸術とデザインのちがいについて、
自分は、こう思っている」
じゃなくて、
「芸術とデザインのちがいについて、
この人に聞いてみたい」
というところが出発点なので、
自分の意見とか意思があるとすれば、
「この人に訊きました」
という部分にしかないんですよね。
大島
それって、柔軟性が必要だと思う。
だって、あまりにも
アイデンティティが強烈な場合は、
十人十色の意見なんか、
受け入れられないじゃないですか。
──
少なくとも、
自分は容れ物として空っぽだなあ、
というようなことは思っています。
大島
ぼくも、あの人の言うことも、
この人の言うことも受け入れられる
キャパシティの広さが、
ほしいなとすごく思っていて。常々。
最後まで、映画の話で恐縮ですけど。
──
やっぱり
デザインに帰ってこなかった(笑)。
大島
すいません(笑)。
で、ぼく、学園ものが好きなんです。
で、高校生の女の子の物語とかって、
10年に1本くらい、
ものすごい傑作がうまれるんですよ。
──
へえ‥‥。
大島
そのことに気づいたのは、
90年代の『クルーレス』という映画。
お金持ちの高校生の女の子が主人公で、
冒頭の時点では、
あまりにも自分と乖離しすぎていて、
ぜんぜん感情移入できない、
自分から
最もかけ離れたテーマの作品なんです。

──
ええ、なるほど。
大島
だけど、最後「拍手喝采」なんですよ。
わーんわん泣いてるし。
──
へええ(笑)。『クルーレス』ですか。
大島
そう。
──
こんど観てみます。
大島
これがね、典型的なお涙頂戴ものならば、
家が貧乏で哀れな女の子が、
いつしか才能を開花させて‥‥とか、
そういうストーリーになりそうですけど、
もう最初っからすっげー金持ちなんです。
──
共感の余地がない(笑)。
大島
そう。まったくない。
で、なぜ、そんな映画を観たのかって、
たしか飛行機の中で、
他に観たいものが何にもなくて、
たいして期待もせず、
なにげなく‥‥観はじめたんですよね。
──
なるほど。受け身で。
大島
でも、結果的に、大好きな映画になった。
ふつうにしてたら選ばないような作品を、
食わず嫌いせずに観てみる‥‥
『クルーレス』との出会い以来、
そのことの重要性に気づいたんですよね。
──
そのためにも、柔軟性は必要なんですね。
たしかに、音楽でも映画でも、
放っといたら手を出さないジャンルって、
大海原のようにありますよね。
大島
でも、自分が選ばないジャンルの中にも、
当然、観たらおもしろいものや、
すばらしい作品が、たくさんあるんです。
いちど、そういう発想に切り替わると、
音楽でも、小説でも、何でも、
これ系は読まないよな‥‥という作品に、
積極的に手を出しはじめるんです。

──
あー、なるほど。
大島
ぼくは、そういう作品に、
なるべく出会いたいと思っています。
ついつい、好きなジャンルばっかり、
選んじゃいがちなんですが。
──
世界に入っていくのに億劫な感じが、
しちゃうんですかね。
ぜんぜん知らないジャンルとかって。
自分は、そのあたり、
すごく保守的なのかもしれないなぁ。
大島
でも、インタビューの仕事をされてるから
伝わると思うんですけど、
仕事でやってると、「出会える」んです。
──
あっ、そうそう! ありがたいですよね。
仕事だから‥‥という理由で、
未知の領域や、興味なかったジャンルに
突っ込んでいくこと、ありますね。
大島
仕事が、自分の興味を広げてくれる。
──
はい。仕事って偉大‥‥。
大島
だから、デザインという仕事を
選んでよかったと思うことがあるとすれば、
それは「未知」に触れられることです。
未知の映画、未知の小説、未知の美術。
それまで、興味のなかったものもふくめて。
──
キライなものでさえ、好きになるかも‥‥
みたいな可能性もありますね。
大島
うん、それまでの自分が、
考えてもみなかった何かに仕事で関わって、
うわあ、世界ってまだまだ
おもしろいものに満ちているんだなあって、
思えることがあるんです。

──
あります、あります。
大島
そういうとき、いまのデザインの仕事って、
なかなかいいじゃん‥‥と思えるんです。
──
この前、染色家の柚木沙弥郎さんに、
インタビューさせていただいたんです。
大島
ええ。
──
柚木さん、今年で97歳なんですけど、
新しい個展のために、
なんと「横幅12メートル」もの
巨大な「鳥獣戯画」を描いたんですよ。
大島
へえ!
──
それまで、自分が鳥獣戯画を描くなんて、
思ってもみなかったそうです。
でも、ある人からのすすめで挑戦をして、
ついにその超大作を描き終えたら、
柚木さん、
この先、作風が変わるかもしれないって、
思ったそうです。
大島
97歳で?
──
そう。
大島
すごい話だなあ(笑)。
──
もう、世界って無限だーと思いました。
大島
本当ですね。
で、次々あるんでしょう、そんなこと。
自分が探すことを辞めさえしなければ、
死ぬまで、きっと。

(おわります)

2019-09-22-SUN

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