ロゴで大事なコンセプトを伝えたり、
色で心をつかんだり、
字詰めや書体で何かを予感させたり。
デザイナーさんの仕事って、
実に不思議で、すごいと思うんです。
編集者として、
なんど助けられたか、わからないし。
でもみなさん、どんなことを考えて、
デザインしているんだろう‥‥?
そこのところを、
これまで聞いたことなかったんです。
そこでたっぷり、聞いてきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

>大島依提亜さんプロフィール

大島依提亜(おおしま・いであ)

栃木県生まれ。
映画のグラフィックを中心に、
展覧会広報物、ブックデザインなどを手がける。
主な仕事に、
映画
『シング・ストリート  未来へのうた』
『パターソン」『万引き家族』『サスペリア』
『アメリカン・アニマルズ』『真実』、
展覧会
「谷川俊太郎展」「ムーミン展」「高畑勲展」、
書籍
「鳥たち/よしもと ばなな」
「うれしいセーター/三國万里子」
「おたからサザエさん」
「へいわとせんそう/谷川俊太郎、Noritake」など。

大島依提亜さんのTwitterアカウント

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第4回 逆さに吊るした戦闘機と、手でちぎるパンフレット。

──
今のお仕事を志すにあたり、
印象に残っている誰かのお仕事って、
何か、あったりしますか。
大島
デザイン関係で‥‥ですよね?
これ、表現が難しいんですけど、
「何々のポスターに衝撃を受けた」
みたいな話をよく聞きますけど、
ぼく、そういう経験が、
完全に欠落しているんですよね。
──
あ、そうなんですか。
大島
特定の何々というより、
日々、誰かの仕事がすごいなって
思いながら生きているので、
かっこいいなあとか、
あこがれるなあというデザインは、
むしろたくさんあるんですが。

──
でも、決定的な作品‥‥となると。
大島
挙げるのは、難しいかもしれない。
──
でも、そういうほうが、
逆に信用できるような気もします。
みんながみんな、
「衝撃を受けた」経験を持ってる
わけでもないと思うので。
大島
そもそも映画業界を目指していて、
流れ流れて
デザイナーになった感があります。
──
あ、映画の勉強をされていた?
大島
大学はデザイン科の中の映画学科。
だから、デザインからというより、
映画から学んだもののほうが、
大きいかもしれない‥‥くらいで。
──
映画から学んだもの。
大島
そう、映画的な工夫が、
グラフィックデザインのヒントになる、
みたいなことって、
けっこう、あったりするんですよ。
たとえば、円谷英二さんが
映画の『ハワイ・マレー沖海戦』で
戦闘機を撮るとき、
上からピアノ線で吊るさないで‥‥。
──
ええ。
大島
戦闘機の機体を逆さまにして吊って、
そのようすを、
逆さまにしたカメラで撮ったんです。
──
ええー‥‥っ、ということは?
大島
撮った映像の上下をひっくり返せば、
ピアノ線が、
宙に浮いた戦闘機の、「下」にくる。
──
んーと‥‥表現は変ですが、
下から吊ってるような状態になる。
大島
そう、まさか飛行機の機体の下に
ピアノ線があるとは思わないので、
人の目に認識されにくい、という。
──
はー‥‥機体の下は「盲点」なんだ。
よく考えつきますねえ。
大島
びっくりしちゃうような工夫が、
映画の歴史の中にはたくさんあって、
知るたびごとに、
デザインのヒントになっていますね。
造本の設計なんかにしても、
通ずるようなところが、必ずあって。

──
以前、写真家の瀧本幹也さんに
インタビューさせていただいたとき、
あの方も、
CGを使わずに、現場の創意工夫で、
いろんな写真を撮ってました。
大島
ああ、そうですよね。
──
こういう絵にしたいという「理想」、
そこへたどりつくための
現場での試行錯誤とかアイディアが、
とにかく、すさまじいんです。
大島
一見、簡単に撮ってそうなんだけど、
実際には、
異様なほどのプロセスを経ている人、
いますよね‥‥
そういう、おそろしい人が(笑)。
──
ひとつ‥‥YMOのあのお三方が
傾奇者みたいな格好をして、
富士山麓みたいなところで
楽器を演奏している‥‥えーっと、
たしかキリンビールだったかな。
大島
はい、はい。
──
遠くのほうに、山の稜線も見えるし、
あたりは霧で煙ってるし、
あのCM、
どう見ても「そういう場所」なのに、
実際はスタジオなんだそうです。
大島
へえ。
──
びっくりするのは、
そのリアルな雰囲気を醸し出すために、
富士山の土砂を
ダンプカーを何往復もして運んできて、
スタジオいっぱいに
敷き詰めたそうなんです。何十トンも。
大島
もう、そういう話、大好き(笑)。
──
こういう時代ですから、
CGをでやっちゃえば絶対ラク‥‥
というか、
わざわざ富士山麓から
ダンプで土砂を運ぶ必要はないのに。
大島
そうですよね(笑)。
──
でも、そこで安易な道を選ばず、
まるでフリークライミングみたいに、
岩の出っ張りに指を引っ掛けて、
ひとつクリアしたら次の岩‥‥って、
一歩ずつ一歩ずつ、
理想へ近づいていくような。
大島
すごいです。
──
CGのほうがラクかもしれないけど、
瀧本さんご本人は、
自分はアナログで撮ったほうが、
CGより早いとおっしゃってました。
大島
かっこいいなあ‥‥。
そうやって、ひとつひとつのお仕事が、
筋肉を鍛えるんでしょうね。
創り手の怨念がこもっている仕事には、
やはり、動かされちゃいます。
それがデザインであろうとなかろうと。
──
はい。ほんとです。憧れます。

大島
やっぱり、自分を顧みると、
どこか創意工夫する余地はないかって
探るようなクセは、
たぶん、映画の影響なんだと思います。
──
工夫するクセが、ついてしまった。
大島
さっきの『アメリカン・アニマルズ』の
パンフレットなんですけどね。
──
ええ。
大島
実際、あっちのポスターのビジュアルは、
ここのところが‥‥
手でちぎったデザインになってたんです。

──
あー、なるほど。
大島
なので、日本語版の映画パンフレットも、
リアルに紙をちぎった感じにしたいと
印刷会社さんに相談したら、
担当の営業のかた‥‥つきあいも長くて、
自分が全幅の信頼を置いている、
気のいいおっちゃんなんですが、
もう、なかなかぶっ飛んでまして(笑)。
──
ぶっ飛んで?(笑)
大島
これ無理だよな~と思って言ったことに、
嬉々として乗ってくるんです。
そのアイディアがおもしろいと思ったら。
──
何とかしちゃう、頼りになる方。
大島
そう、で、このときも、
紙を手でちぎったような感じにしたいと
言ってみたんです、とりあえず。
ま、これ、ふつうにやるんなら、
トムソン刃だろうな‥‥とか思いながら。
──
トムソン刃。
大島
型抜き加工ができるような刃ですが、
ただ、それだとやはり、
本当に手でちぎった場合に比べると、
雰囲気が、ぜんぜんちがうんです。
──
刃物で切るんですもんね。スパッと。
大島
結局は、繊維の毛羽立ちも出ないし、
そこの質感が出ないなら、
高価にはなってしまうんですけど、
むしろレーザーを使って、
こまかく精密に切るくらいのほうが
いいだろうと思い直しました。
だから、最初の段階で
「手でちぎった感じみたいにしたい」
とおっちゃんに相談したのは、
うっすら
「レーザーでやってほしい」という
裏メッセージを込めて言ったんです。
──
ええ。
大島
そしたら‥‥その印刷会社さん、
あろうことか、
「じゃ、手でちぎる」って言い出して。
──
えええ、手で、実際に??
大島
そう。それも、ぜんぶですよ?
──
そんなバカな(笑)。
大島
そう思いますよね。
でも、やりかねない人たちなんですよ。
ただ‥‥ホントにそんなことをしたら、
つまり、ちょっとでも手元が狂えば
不良品になっちゃって、
完成品が、極端に少なくなってしまう。
──
ええ、そうですね。
大島
だからそんな運に任せるような方法で
本当に大丈夫なの、できるの? 
‥‥って聞いたら大丈夫だと思うって。
ああ、この人たち、
本当におかしいと思ったんですが‥‥。
──
ええ(笑)。
大島
家に帰って一晩、考えたんです。
そしたら、パッとひらめいたんですよ。
紙の裏側に、
トムソン刃の抜き型を半分だけ入れて、
その溝に沿って、手でちぎれば‥‥。
──
なるほど。「切れ目」を入れる。
大島
手でちぎったビリビリ感と、
紙の繊維のボサボサ感出るかも‥‥と。
で、やってみたら、ドンピシャでした。
──
おおー。発明!
大島
すべて抜き型どおりの波線なんだけど、
ひとつひとつのパンフレットには、
微妙に手作業のバラツキが出てました。
──
すごーい。目論見どおり。

大島
レーザーという最新の技術を使えば、
正確に、精密に、1ミリの狂いなく、
どんな形にも切ることはできますが。
──
不安定感や、ゆらぎは、出ない。
大島
そう。戦闘機を逆さまに吊るって話とは、
直接的には関係ないですけど、
でも、そういう
映画的なエピソードに大いに感化されて、
「自分も、こんな発想をしよう」
って、いつも思っていたりするんですね。
──
だから、思いつく。
大島
そうなのかもしれません。

(続きます)

2019-09-20-FRI

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