
一条ゆかりさんの数々の漫画は
どれも企画力に富んでいて、
読むたびに度肝を抜かれます。
シリアスからコメディまで振り幅もすごすぎて、
そのすべてが、おもしろい。
そんな一条さんの頭の中はどうなっているのか、
気になって仕方がありません。
『雪のセレナーデ』『デザイナー』『プライド』
『こいきな奴ら』『砂の城』『有閑倶楽部』
これらのコンテンツがどのようにうまれたのか。
アイデアを考えるときのヒントになるような
大切なお話もしていただきました。
担当は「ほぼ日」下尾(しもー)です。
一条ゆかり(いちじょうゆかり)
1949年9月19日岡山県生まれ。1967年第1回りぼん新人漫画賞準入選、1968年『雪のセレナーデ』でデビュー。代表作に『デザイナー』『砂の城』『有閑倶楽部』『プライド』など。1986年『有閑倶楽部』で第10回講談社漫画賞少女部門受賞。2007年『プライド』で第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。2018年〜2021年『集英社デビュー50周年 一条ゆかり展』を弥生美術館ほかにて開催。『不倫、それは峠の茶屋に似ている』、電子書籍『男で受けた傷を食で癒やすとデブだけが残る』など、エッセイも好評。『一条ゆかりポストカードBOOK 塗り絵倶楽部』『「私の履歴書」にうっかり出たら、家の掃除をするはめに』も発売中。
- ──
- まずは子どもの頃のお話からお伺いします。
絵を褒められたことがきっかけで、
漫画家になろうと思われたそうですが、
絵が上手いことと、漫画を描くことって、
またちょっと才能が別のベクトルな気がするんですよ。
- 一条
- あ、全く違いますね。
- ──
- どうして自分の表現の場を
漫画にしようと思われたんでしょうか。
- 一条
- 簡単に言うと漫画が好きだったから。
いつもたくさんの漫画を見ていたんです。
ただ子ども心に、
その内容には、とても批判的で(笑)。
- ──
- ええーっ。
- 一条
- 貧しく美しく、とてもよい子なのに、
お金持ちのお嬢様からいじめられているような
漫画が多かったの。 - いじめられていると、
委員長で、お金持ちの美男子がやって来て、
「君たちやめろよ」と言って、
彼女はその子に「素敵な王子様」と憧れるような話。
いや、どこの話よって思っていました。 - そんなときに水野英子さんが、
アメリカのロマンチックコメディみたいなものから
ギリシャ神話まで、スケールが大きい世界の話を
描かれていて、それにすごく憧れましたね。
- ──
- 漫画家になるという夢について、
親御さんは賛成だったんですか?
- 一条
- もちろん反対です。
母はわりと優秀で、学校の先生をやっていたので、
「もう漫画ばっかり描いて」とか、
「漫画を読むとバカになる」とか散々言われましたね。 - だから私は漫画を描くときに、
できるだけ嘘を描かないように、
また漫画を読んで何かひとつ雑学でもいいから、
みんなの頭によいことが入るように、気をつけています。 - 話を戻しますが、母に反対されたまま、
中3で人生の大転換が起こりました。
高校をどこにするかという問題です。
とにかく漫画を描きたいので、
母や先生を騙して、
当初行く予定だった進学校ではなく、
漫画を描く時間がつくれるように、
商業高校に進みました。
- ──
- 自分で自分の夢をつかみに行ったんですね。
- 一条
- 家が超貧乏だったので、
才能だけで勝負できる仕事をしたいと思っていました。
男女関係なく、歳も関係なく学歴も関係なくて、
ただ才能だけで勝負できるものになりたいと。
漫画は何も持っていない子にとって、
とてもよかったんです。
- ──
- デビュー前、高校生のときに
若木書房から、
貸本専用の漫画誌に『雨の子ノンちゃん』
という漫画が掲載されたのが、
漫画家人生の始まりですか?
- 一条
- いやあ、もう私の黒歴史(笑)。
- ──
- え〜!?
- 一条
- よくもまあ、あんな下手な絵を‥‥。
- 当時、毎日貸本屋さんに行っているうちに、
そこの奥さんと仲良くなって、
番台に座って帳簿をつけてくれたら、
好きなだけ読んでいいよと言われました。
時々、誰かが来たら仕事をするけれど、
それ以外は無料で、
読んで読んで読みまくっていました。
- ──
- そんなにたくさんの漫画を読んでいて、
『雨の子ノンちゃん』という初めての作品は、
どうやってテーマを考えたんですか。
- 一条
- そのときは15、6歳で、
出版社に初めて送るから、
編集のおじさんおばさんが見たときに、
学生らしい感じにしようと思いました。 - だから今まで描いたこともない、
ちょっとメルヘンっぽい
恥ずかしい漫画でしたよ。
いやあ、苦手。
でもそうした方が掲載されるだろうから。
- ──
- 高校生で、そんなことを
考えることができるなんて、
人を観察する力も、すごく長けていたんですね。
- 一条
- それがないと生きていけなかったから。
6人兄弟の末っ子で、
私がいちばん弱かったんですね。
貧乏で狭い六畳一間と、二畳の部屋に、
家族が8人もいたんですよ。
今日は誰が機嫌が悪くて、誰が機嫌がいいか、
知らないと痛い目にあうんです。
だから顔色や空気を読むことには、
人一倍敏感でした。
- ──
- そして今度は
『第1回りぼん新人漫画賞』に応募して、
弓月光さんと一緒にデビューされましたね。
- 一条
- 『雪のセレナーデ』。
そうか、あのときも、わりと甘い
女性らしいストーリーを描いたんだ!
- ──
- 「妖精のような少女と少年の清らかな愛の世界」
と紹介されています。
- 一条
- なんか『雨の子ノンちゃん』と似てるな。
どうも世間では、
きっとこんなものを欲しがるだろうと、
普段そんな話、絶対考えないのに、
勝負するとき、そうしたんだ、私。
今、初めて気がついた。
- ──
- (笑)。
当時の一条さんは、
それが絶対ウケるだろうと、
狙っていたんですね。
- 一条
- そのへんは自己プロデュースを
しっかりするようにしていたので。
- ──
- まだデビューをしていないときに
描いていた作品は、
どのくらい時間をかけて描いていたんですか。
- 一条
- 時間は、まちまちですよ。
でも最後までちゃんと描けた作品は少ないです。
ひどいときは表紙を描いたら、
すっかり面倒くさくなってやめたりね。
- ──
- それでもいいんですね。
- 一条
- 漫画家さんって、
絵を描くのが好きな人と、
ストーリーを作るのが好きな人がいるんですよね。
私は、どっちかというと絵を描くのが好きなタイプで。
だから表紙で2、3ページ描くと、
「あ、もういいや。このタイプの絵は描いたし」
と納得しちゃうんです。 - 里中満智子さんは、
ストーリーを作るのが好きなんですよ。
だから、いろんな話を描きたいと言っていました。
だってあの頃の里中さんの1ヶ月の原稿がね、
500〜600枚とかで、私の1年分くらいでした。
あのパワーはすごいですね。
(つづきます)
2026-03-04-WED
-

一条ゆかりさんの絵に、自由に色をぬれるだなんて!
貴重な体験ができるポストカードは、
見本に倣うもよし、オリジナルにぬるもよし。
ただただ見ているだけでも、
漫画を思い出して、しあわせな気持ちになれます。
一条ゆかりさんの幼少期から
数々の話題作をつくりあげてきた日々の話まで、
一条さんの半生が丸わかりの一冊です。
そしてなんと90年代、40代の頃の
中島みゆきさんと一条ゆかりさんの
レジェンド対談も読めます。すごすぎます。
あとがきの、一条ゆかりさんのお話も
お会いしたときの一条さんの空気感そのままに、
とても愛おしく読ませていただきました。
