2024年1月の能登半島地震のあと、
石川県の事業で、コミュニティの再建の
手助けをしようと動いているチームがあります。
月100回以上のコミュニティ再建支援をおこない、
地域の方々が「外に出るきっかけ」や
「交流するきっかけ」を増やそうとされています。
復興のなかでこんな動きがあること、
いろんな方になんとなくでも知ってほしくて、
みなさんのお話を紹介させていただけたら。
担当は「ほぼ日GO!」の田中です。

※このインタビューは2026年3月に
おこなったものです。


能登、赤城、尾瀬、西興部など、
あちこちの方と一緒におもしろいことを探る
ほぼ日✕地域のプロジェクト。
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1. 地域のコミュニティが変わってしまった。

──
能登半島地震の後、現地で月に100回とかの
コミュニティ再建支援を行われている
チームがあると聞き、
今日はお話を聞けたらとやってきました。
やすな(ほぼ日)
たくさんの方が関わられているんですけど、
いま集まってくださっているのは、
石川県庁の嘉門さんたち、
全国災害ボランティア支援団体ネットワーク
(JVOAD)の神元さん、
イベントの実働部隊である日本エージェンシーの
松本さんと中﨑さん。
この活動を映像や本にする動きもあって、
今日は本の制作の大詰め作業の日ですね。
わたしは本の制作のところのお手伝いをしていて、
半分メンバー、半分ほぼ日という感じです(笑)。
──
ありがとうございます。
どういった活動をされているのか、
まずはなんとなくの概要を
教えていただけたら嬉しいのですが。
嘉門
はい、ここは私から話すといいですかね。
石川県庁の嘉門です。
これは石川県生活再建支援課の
「地域コミュニティ再建グループ」で
担当している事業なんですけれども。
みなさんもご存知の通り、令和6年1月1日、
能登半島地震が発生しました。
石川県に大きな被害をもたらし、
最初の半年間ぐらいは、その規模にみんなが
ショックを受けながら生活していました。
災害対応としては、最初の1か月とかは
やっぱり「命を守る」が第一で。
その視点で、何が必要か、どう直すか、
被災者の方にどう向き合うかなどを、
緊急度の高いものから動いていました。
少ししたら次は「生活の再建」。
それぞれの方の暮らしを回復させる
フェーズに進みました。
お金の支援の話が出てきたり、
仮設住宅も完成して、被災者の方が入りはじめたり。
半年ぐらい経つと、被災者おひとりおひとりの
状況把握も徐々にできてはきたんです。
だけれどそこで、地域のコミュニティが
すっかり失われていることがわかってきて。

──
地域のコミュニティが、変わってしまった。
嘉門
田舎なので、もとは当たり前に
みんなで暮らしてきた日常があったんです。
だけど地震が起きたことで、
コミュニティも大きく影響を受けて。
家が壊れて、遠くに避難を余儀なくされた人もいれば、
仮設住宅に移った人もいる。
隣の家の人が仮設住宅に移った人もいますし。
あるいは仮設住宅に入ったけれど、
隣に住む人と交流がないケースもある。
知ってる顔も歯抜けになって、
地域での会話相手もいなくなったりしている。
そういうことをどうにかしなきゃというのが、
最初のきっかけですね。
──
基本的には、高齢者の方が多い地域ですよね。
嘉門
そうですね。もともと高齢化率が高い地域だったんです。
そこに震災が起き、一時避難で
金沢市とかに出たりした方もいました。
──
震災のあと、1軒ずつの訪問などもされているんですね。
嘉門
そこは社会福祉協議会の見守り支援だったり、
地域支え合いセンターだったり、
1軒1軒ピンポーン、ピンポーンと訪ねて
「今日は元気ですか?」「お薬飲んだ?」
「何に困ってる?」とか聞いてまわる方が
いてくださるんです。
だけどみなさんを家から出すことは、あまりできてない。
「家から出てほかの人としゃべる」って
けっこう億劫だし、なかなか機会もないんですね。
仮設住宅に暮らす方だと
「隣の家の人の顔を見たことない」
といった話もよく聞いてまして。
「じゃあ、みなさんが家から出るきっかけを
なにか作れないか」ということで。
それは引きこもり防止でもあるし、
いちど家から出ると
「隣の人、意外にいい人だった」とかもあるから、
そういうチャンスをつくろうと。

──
そこ、実はけっこう大事な部分ですね。
嘉門
最初は相談会を開催することからはじめました。
みなさん相談したいこともきっとあるし、
集まることで悩みが共有されて解決したり、
気持ちが楽になったりもするはずなので。
そういうところからコミュニティ再建の
道筋をつけられないかなと。
ですが考えていくうちに、相談会だけで
みなさんに外出していただくことに限界を感じて、
イベントをはじめた感じですね。
──
イベント。
嘉門
いろんな鑑賞会とか、体操教室とか、
ワークショップとか。
我々は「県メニュー」と呼んでるんですが、
「こんなことできますよ」のリストを作って、
市町担当者の方から「これやりたいです」と声があれば、
講師の方に行っていただく手筈を整えたり、
必要なものをお渡ししたり。
そういったカタチでの、イベントをやるお手伝いです。
災害対応としては初の事業なので、
だいぶ一から手探りでつくりあげた感じなんですけど。
──
そもそも何から動きはじめられたんですか?
嘉門
そうですね。
この事業が動き出したのは地震の半年後くらいなんですけど、
まずは認定NPO法人 全国災害ボランティア
支援団体ネットワーク「JVOAD」

みなさんの力を借りることを決めました。
過去のご経験からいろんなノウハウがおありだし、
能登半島地震のときも、翌日の1月2日から
石川県庁に入り、各被災地をまわって
すでに現地の方々とネットワークを作られてましたから。
現地の温度感とか、誰がどこにいるとか、
課題とかをわかっていらっしゃったので。
──
で、入られたのが、JVOADの神元さん。
JVOADはどういった団体なのでしょうか?

神元
私たちは「災害中間支援組織」といって、
直接支援するのではなく、調整をおこなう立場ですね。
災害のあと、いろんな支援団体が現地に入るわけです。
NPOとか、企業とか。
だけどみんながバラバラで動くと、
同じ場所で似た支援をやろうとしたり、
県や国と現場で認識が違ったりする。
だからそこでの動きの調整をしたり、
「実はこんなことが起きてますよ」と
必要な情報共有をしたりする役割です。
嘉門
そういうことって、発災直後に
役所が全部やることは難しいんですね。
だからいてくださると、非常に助かるわけです。
また、国、県、各市、各町の
目線合わせがすごく大事なんです。
そこでJVOADさんが
「ここはこんな課題がある」
「こういう支援をしたい団体があるけど、
ここがボトルネックになっている」
みたいに全体をわかったうえで、
いったんハブになってくれたりすることで、
支援がうまくいきやすかったりするんです。
──
たしかに。
神元
災害支援経験の豊富な団体とかって、
「きっと今後こんなことが起きていくよね」
などの見立てができたり、
「制度をどう運用するといいか」などにも
経験がおありだったりするんです。
だから、そういう団体の方と行政をつないで
「制度をこう活かすとまわりやすいですよ」
と伝えてもらったりなど、
互いが力を発揮しやすい環境づくりのために
いろいろ動いたりしています。
──
そういうJVOADさんに委託して、
コミュニティ再建事業をやりはじめた。
嘉門
はい。とはいえまったく新しい取り組みなので、
未知数の部分も多くて、まずは現地で
ニーズを聞いてまわることからやりました。
被災者の見守りをしている社会福祉協議会の方とか、
各地の市役所や町役場に出かけて、
「いま何をしてほしいですか」
「どんなイベントがあったら役立ちそうですか」など、
地域のみなさんが家から出て笑顔になるためには
何をしたらよさそうか、聞いて回ったんです。
すると、やっぱり出てくるんです。
「こんなメニューがあったらいい」とか
「みんなでこれをしたら楽しそう」とか。
──
具体的にはどんな声があったんですか。
嘉門
落語、カラオケ、ヨガ教室とか。
いろんなアイデアが出てくるので、
まずはそこからメニューを作りました。
最初は5種類くらいだったかな。
そこで実行部隊として、松本さんや中﨑さんの
日本エージェンシーさんにも
入っていただきまして。
松本・中﨑
はい。
嘉門
「場所と時間を教えていただけたら、
段取りや当日の準備はこちらでやります。
集まる場所はみんなで決めてください」みたいに
いろんな自治体の方にお声がけして、
少しずつはじめていきました。
──
いちばん最初のイベントはなんだったんでしょう?

松本
最初はカラオケでしたね。
仮設住宅が180ぐらいある地域ですけど、
そこの「ボラまち亭」という交流の場に
レンタルカラオケの機材を運んだら、
けっこう人が集まって、喜ばれたんです。
「あ、これは手応えあるぞ」と思って、
そこからみなさんの声も聞きながら
メニューを増やしていった感じですね。
──
じゃあ、徐々にいろんなイベントが。
松本
そうですね。
たとえば落語家さん、漫才師さん、
地元のタレントさんに来てもらったり。
ものまねショー、マジックショー、
音楽コンサートとかの鑑賞ものだったり。
体操教室とか料理教室、畑づくりなどの
ワークショップ形式のものもあったり。
キッチンカーの派遣や、夏まつり用のキットを
配るようなこともやりました。
嘉門
そういうのはもう、
日本エージェンシーのみなさんが
本当にあれこれ動いてくださって。
中﨑
ぼくらも日々学ばせてもらいながら、手探り状態で
イベントをひとつひとつ増やしていったんです。

(つづきます)

2026-07-08-WED

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