2年前の年末、ほぼ日の学校を立ち上げるにあたり、
私たちは「ごくごくのむ古典」という
記念イベントを行いました。
そのときに講演をお願いしたのが
作家・橋本治さんでした。
「古典ってめんどくさいんですよ、ほんとーに」
そう言いながらも、言葉とは裏腹に
楽しそうに古典とたわむれる橋本さんの姿から
私たちはどれほど多くを学んだことでしょう。

シェイクスピア講座にも登壇いただき、
日本の演劇界とシェイクスピアについて
深く、楽しく、軽やかに語っていただきました。
もっともっと、たくさんのことを
教えていただきたかった……

そんな気持ちから、
ほぼ日の学校では、来年、
シェイクスピア、歌舞伎ゼミ、万葉集、
ダーウィンにつづく新講座として、
「橋本治をリシャッフルする」を開講します。
橋本治さんはどのような目で
人と社会を見つめつづけたのか。
橋本治さんが私たちに遺してくれたものは何か。
その仕事を通して考えてみたいと思います。
(講座について詳しくは、
11月27日ごろお知らせする予定です)

そして、この講座のプレイベントとして、
江戸東京博物館で開かれる
「大浮世絵展――歌麿、写楽、北斎、
広重、国芳 夢の競演」にあわせて、
11月30日(土)午後、
気鋭の美術ライター・橋本麻里さんと
ほぼ日の学校長・河野通和の
トークショーを開催します。

葛飾北斎の「冨嶽三十六景」を
「天っ晴れなもの」と評し、
歌川国芳の「宮本武蔵の鯨退治」は
「タイトルを書くだけで興奮する」と書いた
橋本治さんは、浮世絵をどう愛でて、
どんな風に楽しんだのか。
橋本麻里さんの解説を聞いて、
秋の一日、浮世絵に親しんでみませんか?
その前にまず、浮世絵「そもそもの話」を
橋本麻里さんに、
今回の大浮世絵展の見どころを
江戸東京博物館学芸員の小山周子さんに
うかがってきました。

>橋本麻里さんのプロフィール

橋本麻里(はしもとまり)

日本美術を主な領域とするライター、エディター。
公益財団法人永青文庫副館長。
新聞・雑誌等の連載・寄稿多数。
著書に『美術でたどる日本の歴史』全3巻
(汐文社)、
『京都で日本美術をみる[京都国立博物館]』
(集英社クリエイティブ)、
『変わり兜 戦国のCOOL DESIGN』
(新潮社)、
共著に『SHUNGART』、
『原寸美術館 HOKUSAI 100!』
(共に小学館)、
編著に『日本美術全集』全20巻
(小学館)ほか。
国際基督教大学卒業。

>小山周子さんのプロフィール

小山周子(こやましゅうこ)

東京都江戸東京博物館学芸員。
専門は浮世絵・近代版画。
担当展覧会は、
「よみがえる浮世絵―うるわしき大正新版画」展
(2009)、
「明治のこころ―モースが見た庶民の暮らし」展
(2013)ほか。
総合研究大学院大学修了。

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第1回 橋本麻里さんに聞く「橋本治さんを興奮させた浮世絵」

──
今でこそ「アート」ですけれど、
浮世絵って、元は庶民の娯楽ですよね?
橋本
そうです。同時に、今で言う「メディア」でした。
絵としてももちろん楽しみましたが、
芸能情報やファッション情報、
あるいはスポーツ情報などを伝えるものとして、
庶民が気軽に手に入れたものです。
──
どうして「浮世絵」と呼ばれたのですか?
橋本
戦国時代は戦乱の世ですから、
たくさんの人が死んで、死んで、
死んでいく時代です。
その中から豊臣秀吉、徳川家康が登場して
戦乱の時代が終結し、泰平の時代が始まる。
すると「憂き世」がウキウキの浮き、
浮ついたの意味もありますが、
「浮き世」になります。
そんな平和な日常の風景や暮らしを
描いたものを「浮世絵」と呼びました。
その始まりは、「憂き世」の末期に遡ります。
それまで日本の絵師たちが手本にしてきた
見たこともない中国の風景ではなく、
日本の都、京都をテ―マに
日本人が描いた絵を「洛中洛外図」と呼びます。
やがて公家から武家、庶民までがさまざまに
繰り広げる都市の生活のひとコマずつを
抜き出して描くようになります。
なかでも好まれたのが悪所、遊郭でした。
遊女たちはまず群像で、次にひときわ魅力的な
一人を抜き出して描かれるようになります。
これが「美人画」のはじまりで、
当初は肉筆(手描き)で描かれました。
肉筆の1点ものは高額ですが、
美しいもの、魅力的なものを身近に置きたい人は
平和な世の中で増えていきます。
たくさんの人が欲しがるようになると
木版によって浮世絵が量産されるようになる。
とはいえ、最初は墨一色のモノクロでした。
――
モノクロでしたか。

橋本
はい。間もなく墨と赤の2色までは色が増えました。
多色刷りにするには、版をずらさないように、
色を重ねないといけませんが、それは難しかった。
やがて、出版・印刷業界で今も使う
「トンボ」が発明されます。
これは「見当」と呼ばれていました。
板と紙をあわせる目印で、
「見当をつける」の見当です。
墨、赤、黄、緑、水色……と、
複数の色をずらすことなく、
きれいに刷れるようになったのです。
これが「錦絵」。私たちが目にする浮世絵ですね。
美人画だけでなく、当時の人々にとって
ヒ―ロ―である力士や役者など、
さまざまな絵が描かれるようになりました。
今にたとえるなら、
『VOGUE』で最新のモ―ドに溜息をついたり、
『Number』でスポ―ツ選手の
かっこいい写真を見たり、背景の物語を知ったり、
『東京walker』でタウン情報を得たりするのと
同じ感覚で、江戸の町に生きる人々は
浮世絵を買い求めたのです。

喜多川歌麿「武蔵野」 大判錦絵3枚続 寛政10~11年(1798~9)頃 ボストン美術館蔵 Photograph © 2019 Museum of Fine Arts, Boston 展示期間:2019 年 11 月 19 日~ 12 月 15 日(東京会場) 喜多川歌麿「武蔵野」 大判錦絵3枚続 寛政10~11年(1798~9)頃
ボストン美術館蔵 Photograph © 2019 Museum of Fine Arts, Boston
展示期間:2019 年 11 月 19 日~ 12 月 15 日(東京会場)

──
芸術というより、
親しみやすい、気軽なものだったのですね。
橋本
そうです。
床の間に飾るのではなく、
カレンダ―のように壁に貼ったり、
ブロマイドのように眺めたり、
歌舞伎の興行内容を知るための情報誌であったり、
暮らしの中で楽しむものでした。
切り抜いて扇子やうちわに仕立てるといった
楽しみ方もあったようです。
江戸時代後期には江戸の人口が
100万を超えたとする推計もあります。
これは世界的にみても有数の規模。
その人口の多数を占めたのが、
参勤交代で全国から集まる武士たちです。
街道筋の風景や富士山を描いた浮世絵は、
こうした人々の「お土産」需要に
応えるものでもありました。

──
あー、なるほど。
「冨嶽三十六景」や「東海道五拾三次」には、
そういう背景があったんですね。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 凱風快晴」 横大判錦絵 天保2~4年(1831~33)頃 東京都江戸東京博物館蔵 展示期間:2019 年 12 月 17 日~ 2020年1 月 19 日(東京会場) 葛飾北斎「冨嶽三十六景 凱風快晴」 横大判錦絵 天保2~4年(1831~33)頃
東京都江戸東京博物館蔵
展示期間:2019 年 12 月 17 日~ 2020年1 月 19 日(東京会場)

──
トークでは、
橋本治さんが浮世絵をどう見ていたかを
語っていただくわけですが、
橋本麻里さんご自身は、
浮世絵のどんなところを楽しまれますか?

橋本
ちょっとマニアックかもしれませんが、
「印刷物」好きにはたまらないポイントがあるんです。
たとえば歌舞伎役者や遊女などの顔を
大きく描いた大首絵(おおくびえ)というジャンル。
東洲斎写楽は、その絵に背景を描きませんでした。
代わりに鉱物の雲母(うんも)を使った
キラキラと輝く「黒雲母(くろきら)」で
フラットに塗りつぶした。
まるでアニメーションのキャラクターのようですよね。
──
浮世絵がキラキラしてるんですか?

東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」 大判錦絵 寛政6年(1794)5月 シカゴ美術館蔵 Photograpy Ⓒ The Art Institution of Chicago / Image source: Art Resource, NY 展示期間:2019 年 12 月 17 日~ 2020年1 月 19 日(東京会場) 東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」 大判錦絵 寛政6年(1794)5月
シカゴ美術館蔵
Photograpy Ⓒ The Art Institution of Chicago / Image source: Art Resource, NY
展示期間:2019 年 12 月 17 日~ 2020年1 月 19 日(東京会場)

橋本
そう。キラキラなんです。
スーパーフラットなクロームブラック。
その「黒雲母」の美しさ。
一方、喜多川歌麿の美人画では、
「紅雲母(べにきら)」に変わります。
──
へええ、キラキラの背景。
黒雲母、紅雲母……。
考えたこともありませんでした。
次に見るときは、
ぜったい背景に注目してみますね。
橋本
他に、市販されたものと違って
好事家たちが金に糸目をつけずに作らせた
「同人誌」のような印刷物もありました。
豪華印刷の浮世絵には、「空押し」といって、
今でいうエンボスの技術を使って
雪の質感を出したり、着物の柄を出したり
人物そのものを浮き彫りのように
しているものもあります。
こうしたものを見るのは楽しいですよ。
それにやっぱり、浮世絵を見る楽しみは、
江戸の人々のリアルな暮らしをのぞく、
リアリティのおもしろさです。
ファッションや風俗、流行、お祭りや
花火見物など、江戸のリアルをみつけてください。
──
これまでとはまったく違った目で
見ることができそうです。
ありがとうございました。

(次回は、江戸東京博物館の小山さんが登場です。)

2019-10-24-THU

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  • ほぼ日の学校スペシャル
    新講座「橋本治をリシャッフルする」プレイベント
    「大浮世絵展」開催記念
    浮世絵ひらがなトーク
    橋本麻里✕河野通和

    チケットは完売いたしました。
    ありがとうございました。

    ※チケット販売はイープラスのサイトに移ります。

    日時:
    2019年11月30日(土)
    13時30分開場 14時開演
    15時30分終演予定)
    江戸東京博物館 大ホール
    〒130-0015 墨田区横網1-4-1
    江戸東京博物館内)

    出演:
    橋本麻里さん(美術ライター)
    河野通和(ほぼ日の学校長)

    チケット:
    全席自由 2800円(税抜)

    ※チケットには、以下3点が含まれます。

    1.江戸東京博物館で開催中の
    大浮世絵展――歌麿、写楽、
    北斎、広重、国芳 夢の競演」の入場券。
    トークショーの予習、
    復習にご利用くださいね。

    2.オリジナルステッカーをプレゼント

    3.ほぼ日の学校オンライン・クラス
    一ヶ月体験クーポンプレゼント

  • トップバナー浮世絵:歌川国芳
    「宮本武蔵の鯨退治」
    弘化4年(1847)、大判錦絵 3 枚続、
    展示期間: 2019 年 11 月 19 日~ 12 月 15 日
    (東京会場)

     

    イラスト:大高郁子