外出自粛暮らしが2ヵ月を過ぎ、
非日常と日常の境目が
あいまいになりつつあるようにも思える毎日。
でも、そんなときだからこそ、
あの人ならきっと「新しい思考・生活様式」を
身につけているにちがいない。そう思える方々がいます。
こんなときだからこそ、
さまざまな方法で知力体力を養っているであろう
ほぼ日の学校の講師の方々に聞いてみました。
新たに手にいれた生活様式は何ですか、と。
もちろん、何があろうと「変わらない」と
おっしゃる方もいるでしょう。
その場合は、状況がどうあれ揺るがないことに
深い意味があると思うのです。
いくつかの質問の中から、お好きなものを
選んで回答いただきました。

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第12回 「ZOOMのひととき」の歌 俵万智さん(歌人)

「歌を詠むことで、違う時間の流れを
もつことができる。
心が揺れたときに、立ち止まって言葉を探す。
すなわちそれは、人生を丁寧に味わうことであり、
丁寧に生きることに他ならない」
1年ちょっと前、ほぼ日の学校「万葉集講座」
第6回の講師を務めてくださった俵万智さんは、
授業をこう締めくくりました。
まさに「心が揺れた」この数週間、
俵さんはどのような暮らしのなかで
どんな歌を詠まれたのでしょう。
同じ景色を前にしているはずなのに、
「歌人の眼はそこを捉えるのか!」と、
驚かれるのではないかと思います。

●野菜を食べながら考えた

この2カ月ほどは、週に一度スーパーに行く以外は、
ほとんど宮崎の自宅で過ごしている。
ゴミ出しのおかげで、
かろうじて曜日の感覚がキープされている感じだ。

4月のはじめ、大分で農業をしている
佐藤茂行さんを訪ねたのが、最後の出張だった。
彼は、昔ながらの草木堆肥を使って農業を営んでいる。
この堆肥を作るだけでも、
むちゃくちゃ手間がかかるのだが、そのうえ露地栽培、
そのうえ除草剤とかいっさい使わない。
江戸時代の農法で、ヨーロッパの
オーガニックの手本になっているという。
畑のそこかしこに、
蝶をはじめとする虫たちが生き生きと群れていた。

麦の話が印象に残った。
小麦アレルギーの子どもが、こんなに増えているのは、
小麦のほうに原因があるのではないかと
佐藤さんは考えた。
品種改良し、化学肥料を用いることで、
人間は高グルテンの小麦を作り出した。
その不自然さが原因ではないかと。
そこで、昔ながらの品種を蘇らせ、
草木堆肥で育てた小麦で、お菓子を作ってみた。
アレルギーを持つ子どもに、
保護者の了解を得て食べてもらったところ、
8人中8人、大丈夫だったそうだ。

人間は、さまざまな形で自然と向き合い、
手なづけてもきた。でも、ちょっとやり過ぎて
しっぺ返しを食うことがある。
佐藤さんの育てた、
驚くほどおいしい野菜を食べながら、
考えさせられるひとときだった。

時間だけはあるので、
気になりつつ読めていなかった本にも手が伸びる。
『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド)は、
この時期だからこそ、いっそう興味深く読めた一冊だ。
そもそも人間が動物を家畜化したことから、
天然痘、麻疹、インフルエンザなどが発生したのか。
これもある意味、自然からのしっぺ返しかもしれない。
病原菌が人類の歴史に与えた影響を
ふむふむと読みつつ、その歴史の先端に、
今自分たちがいることを実感した。

●新しい日常から生まれる歌

出張がなくなったぶん、
リモート会議が増えたのも大きな変化だ。
これまでは書面回答ですませていた賞の選考会や、
なかなか出席できなかった
東京での歌会などがオンラインになった。
おかげで、むしろ以前より参加できている。
これは、地方に住む者にとっては、ありがたい。
コロナ後にも残ってほしいと思うことの一つである。

短歌は日常から生まれる。
こんなに非日常な事態が続くと
どうなるかと思っていたが、
それがまた新しい日常になってくる。
ZOOMでのひとときは、こんな一首になった。

トランプの絵札のように集まって我ら画面に密を楽しむ

プロフィール

1987年の歌集『サラダ記念日』で翌年、第32回現代歌人協会賞を受賞。96年より読売歌壇の選者を務める。歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で若山牧水賞を受賞。エッセイに『あなたと読む恋の歌百首』『かーかん、はあい 子どもと本と私』『ありがとうのかんづめ』などがある。最新刊は『牧水の恋』。

(つづく)

2020-06-02-TUE

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