外出自粛暮らしが2ヵ月を過ぎ、
非日常と日常の境目が
あいまいになりつつあるようにも思える毎日。
でも、そんなときだからこそ、
あの人ならきっと「新しい思考・生活様式」を
身につけているにちがいない。そう思える方々がいます。
こんなときだからこそ、
さまざまな方法で知力体力を養っているであろう
ほぼ日の学校の講師の方々に聞いてみました。
新たに手にいれた生活様式は何ですか、と。
もちろん、何があろうと「変わらない」と
おっしゃる方もいるでしょう。
その場合は、状況がどうあれ揺るがないことに
深い意味があると思うのです。
いくつかの質問の中から、お好きなものを
選んで回答いただきました。

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第1回 根の国への旅 酒井順子さん(エッセイスト)

『負け犬の遠吠え』地震と独身』『男尊女子』……
けっして声を荒げることなく、
そっと静かに、ユーモアをまじえて、でも鋭く、
時代とそこに生きる私たちの姿を切り取ってきた
エッセイストの酒井順子さん。
「橋本治をリシャッフルする」の講師でもあります。
こんなときに、どんなことを考えて
何をしていらっしゃるのか、おうかがいしました。
というのも、この連載をはじめる
きっかけのひとつになったのが、
酒井さんの「コロナの術中にはまっています」
という近況報告のひとことだったから。
改めて、「新しき生活様式」をうかがってみたところ、
返ってきたのは、こんなエッセイでした。

●雑草達のおかげ

ぬか床を作ってみたり縄跳びを始めてみたり
ドーナツを揚げてみたりと、
一通りの「在宅あるある」を体験している私ですが、
中でも私の在宅ライフの柱となっている行為が
「草むしり」です。

例年、春の早いうちは頑張って庭の草むしりをしている私。
しかし次第に雑草が伸びるスピードに追いつかなくなり、
数日放置してしまうともうお手上げになって
業者さんにお願いする、というパターンを
繰り返していました。しかしこの春は
「家にいろ」ということで、
いつもより草むしりに時間を割くことができるように。

ドクダミ、スギナ、ハコベ、シダ、カタバミ‥‥。
抜いて抜いて抜きまくっていると、
気持ちがすっきりしてきます。
蟻さん達がせっせと土を掘って巣作りをしている様も、
眺め出すとやめられず、ほとんど熊谷守一の世界。
目の前の草や蟻に集中していると、
ウイルスやら日々の雑事やらの心配を、
頭から追い出すことができるのです。

雑草はなるべく根こそぎ抜きたいものですが、
根があっさり抜ける草と、そうでない草があります。
セイタカアワダチソウなどは、
スポッと抜けてくれて可愛いもの。
対してドクダミは、厄介です。
「ドクダミの根は地獄まで続いている」
という言葉があるほど、彼奴らの根は、
地中深くまで伸びている。だからこそ、
根が上手に抜けた時の爽快感は格別なのでした。

さらに厄介なのは、つる性の植物です。
何かにからみつく気まんまんで触手を伸ばす様は、
エイリアンのようで怖い。
中でもヤブガラシの生命力は、目を見張るものがあります。
薮を枯らしてしまうほど繁茂することから
この名前を持つのですが、別名は「貧乏カズラ」。
庭の手入れが行き届かない貧乏な家に生える、
ということで耳も胸も痛くなるネーミングなのであり、
是非とも根絶したいではありませんか。
このヤブガラシ、新芽はモヤシのように繊細で、
抜こうとするとすぐにプチッと切れてしまうのです。
しかし細い芽を少し掘ると、
すぐに禍々しいまでに太い木の枝のような根に繋がり、
美女に誘われたらバックにふてぶてしい女衒がいた、
という感じ。縦横無尽に広がるその根は、
少しでも残すと確実に新たな芽を出すので、
根絶は難しいということなのです。


(写真:ヤブガラシ)

それでも諦めずに根の発掘を続ける自分は、
もしかすると考古学に向いていたのではないか、
などと思いつつ作業を進めていると、
地面の下には地上とは別の世界が
広がっていることを実感します。
人の目に見えないところで草木は自由に根を伸ばし、
虫は寝床を作っているわけで、
まさに「根の国」がそこには広がっている。
人は「この草、邪魔」などと自分の都合で
植物の取捨選択を行なうけれど、
そんなことは表面的な作業でしかないのだなぁ。

……などと思いつつ
掘ったり抜いたりするのが楽しいあまり、
仕事をしていても「草むしりがしたい」と
ワナワナしてくる昨今。
元々、単純作業が好きな私は、
草むしり依存となっているのかもしれません。
庭で過ごす時間がどんどん伸びて、
まるでヤブガラシのように
仕事の時間を侵食してきたではありませんか。
嗚呼、根の国の魔力‥‥。


(写真:ヤブガラシとどくだみ)

しかしこの春、私が心を平安に保つことができたのは、
雑草達のおかげなのでしょう。
「ドクダミの根っこがスポット抜けた」という
小さな快感で一日幸せに過ごせることを、
草は教えてくれるのでした。

そろそろ蚊も出てきた昨今。
防虫ネットを被って養蜂家スタイルとなり、
腰や手に湿布を貼りつつ雑草と向かい合えば、
作業後のトマトジュースの甘酒割り
(これもコロナ後にはまった)が、
たまらなく美味しいのでした。

プロフィール

エッセイスト。立教大学社会学部卒業。高校在学中に雑誌連載を持始め、大学卒業後に3年間の会社員生活を経て現職。『枕草子REMIX』『徒然草REMIX』『負け犬の遠吠え』『地震と独身』『鉄道旅へ行ってきます』『男尊女子』『百年の女』『家族終了』など著書多数。河出書房新社『日本文学全集』では、「枕草子」現代語訳を担当した。

(つづく)

2020-05-22-FRI

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