家で過ごすことが増えたいま、
充電のために時間をつかいたいと
思っていらっしゃる方が
増えているのではないかと思います。
そんなときのオススメはもちろん、
ほぼ日の学校 オンライン・クラスですが、
それ以外にも読書や映画鑑賞の
幅を広げてみたいとお考えの方は
少なくないと思います。
本の虫である学校長が読んでいる本は
「ほぼ日の学校長だより」
いつもご覧いただいている通りですが、
学校長の他にも、学校チームには
本好き・映画好きが集まっています。

オンライン・クラスの補助線になるような本、
まだ講座にはなっていないけれど、
一度は読みたい、読み返したい古典名作、
お子様といっしょに楽しみたい映画や絵本、
気分転換に読みたいエンターテインメントなど
さまざまな作品をご紹介していきたいと思っています。
「なんかおもしろいものないかなー」と思ったときの
参考にしていただけたら幸いです。
学校チームのメンバーが
それぞれオススメの作品を
不定期に更新していきます。
どうぞよろしくおつきあいください。

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no.40 

『男尊女子』


酒井順子

あなたの中の「男尊女子」と
あなたをころがした「男尊女子」 


『男尊女子』酒井順子 
集英社文庫 590円

「膝を打ちすぎて骨が砕けそうになりながら
読みすすめる」——解説で作家・山内マリコさんが
書くとおり、共感の嵐が吹き荒れる本です。
私は本書を読む間、何度も吹き出して、
息子に「おかあさん、気持ち悪いよ」と言われました。
でも、可笑しいんです。
笑わずに読むのは本当に難しいと思います。

男尊女子——酒井さんは、
「女は男を立てるもの。女は男を助けるもの」という
感覚を持ち、そこに生き甲斐を感じる〝女子〟を
「男尊女子」と名付け(ネーミングが秀逸!)、
これをキーワードに日本の男女の機微を
鋭くえぐっていきます。

いきなり冒頭で、酒井さんは
「男尊女卑の話題が好きです」と宣言します。
「男尊女卑が好き」なわけではありません。
その「話題が」好きなのです。なぜか?
それはいまや男尊女卑発言や行為が、
年配者にしかできない
「滅びゆく伝統芸能」のようなものだから。

でも、男尊女卑や女性差別が、
絶滅寸前かといえば、そんなことはありません。
Me, too! 運動が盛り上がったように、
問題はいまもそこに厳然とあります。
女性差別心のかなりの部分は、
目に見えない水面下に「隠れた」と
酒井さんは指摘します。
そして、女性を下に見る心を隠し持っているのは
男性ばかりではない。意識的であれ無意識的であれ、
そういう意識を持つ女性が世の中には存在する、と。
それを「私の中の『小さな女子マネ』」と
称するのも、酒井さんらしい表現です。

『負け犬の遠吠え』もそうでしたが、
酒井さんは自分を安全地帯に逃すことなく、
自分を含めた社会を冷徹な目で観察します。
その観察が、鋭いなかにユーモアを湛えているので
笑い出さずにいられないのです。
たとえば、ニュートラ。

40代後半より上の人にしか
わからないかもしれませんが、
かつてコンサバ系女性雑誌が推奨した神戸発祥の
「きれいめ」ファッションがありました。
ニューなトラディションで「ニュートラ」。
アイビーほどかっちりしておらず、
ヒッピーのようにズルズルしていない、清潔で
安心感のある「日本史上最強のモテファッション」。
「男性に結婚を考えさせる服」だったわけです。
それに対し、『an・an』が提示したのは、
フランスの女子高生リセエンヌ風ファッション。
男性の目を意識するよりも、
自分が好きなものを工夫して着るのがリセ風
という「位置づけ」でした。
この二つのファッション(というか、人生観)を
紹介したあと、この章をこう締めくくります。

「ニュートラというファッション自体は
既に消えましたが、『きれいな専業主婦になって
夫を支えるのが妻の王道』と考える
ニュートラ思想の人は、消えるどころか
増加傾向にあります。彼女たちは今も
『男女平等とかって、そんなに一生懸命に
ならなくったって……』と思っているのです。
彼女たちと我とを分ける線。それが引かれたのが、
1974年だったような気がしてなりません。
ニュートラというリトマス試験紙によって
日本の女性は二つに分断されたのであり、
その時に引かれた『ニュートラ線』に漂う緊張感は、
今もなお消えていないのです」

笑わずに読めるでしょうか?
おもしろいところに付箋をはっていったら
私の本はヒラヒラのフリルがついたように
なってしまいました。

こんな風に、笑いをちりばめた本ではありますが、
酒井さんの社会評はきわめて鋭く、
背景にはまったく笑い話ではない現実があります。
『負け犬』にしても『男尊女子』にしても、
酒井さんの皮肉を理解せず、
言葉を誤用する哀しいおじさんも
少なからずいるようですが、きちんと読めば、
「男尊女卑」を実感として知らない
若い男女への期待など、
酒井さんがこの本に込めた思いが
ずしりと伝わってくるはずです。

ちなみに「男尊女子」は、
本当の顔を隠すお面のようにも使われます。
そのお面に「やられちゃったな」と
後悔する男性にとっても発見の多い一冊です。

(おわります。)

2020-06-11-THU

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