家で過ごすことが増えたいま、
充電のために時間をつかいたいと
思っていらっしゃる方が
増えているのではないかと思います。
そんなときのオススメはもちろん、
ほぼ日の学校 オンライン・クラスですが、
それ以外にも読書や映画鑑賞の
幅を広げてみたいとお考えの方は
少なくないと思います。
本の虫である学校長が読んでいる本は
「ほぼ日の学校長だより」
いつもご覧いただいている通りですが、
学校長の他にも、学校チームには
本好き・映画好きが集まっています。

オンライン・クラスの補助線になるような本、
まだ講座にはなっていないけれど、
一度は読みたい、読み返したい古典名作、
お子様といっしょに楽しみたい映画や絵本、
気分転換に読みたいエンターテインメントなど
さまざまな作品をご紹介していきたいと思っています。
「なんかおもしろいものないかなー」と思ったときの
参考にしていただけたら幸いです。
学校チームのメンバーが
それぞれオススメの作品を
不定期に更新していきます。
どうぞよろしくおつきあいください。

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no.28

『ほのぼのお徒歩日記』


宮部みゆき

平成から令和へ、
時代を超えてつづく
歴史の散歩道。


『ほのぼのお徒歩日記』
宮部みゆき
新潮文庫 693円

遠くに出かけられなくても、
のんびりと散歩、小旅行のように
たのしめる本を何か……と考えて、
宮部みゆきさんの、この本を思い出しました。

現代を舞台としたミステリーとならび
江戸を舞台とする時代小説も多く手がける宮部さんが、
江戸ゆかりの場所を、ほぼ歩いてたどる
旅行エッセイです。

「お徒歩」と書いて、「おかち」と読みます。
前口上のくだりで宮部さんが辞書を引くと、
「徒歩(とほ)の意の雅語的表現」
との説明が出てきます。

「江戸の距離や時間の感覚」がいまいちピンとこない、
という宮部さん。あるとき思い立って、
当時の人びとが感じていたはずの時間や距離を体感しようと
古地図片手に歩いてたところ、思いの外たのしかった。
その体験がきっかけになって、
平成6年(1994年)から平成9年(1997年)にかけて
年に2回行われ、雑誌に掲載された内容が
もともとは『平成お徒歩日記』として出版されていました。
うれしいことに昨年末、令和の新企画がひとつ
番外編として追加され、名前も『ほのぼのお徒歩日記』と
改められた、新装完全版になっています。

第1回の企画として、宮部さんが提案したのは
「吉良邸で討ち入りを終えた赤穂浪士が
回向院から泉岳寺までひきあげたルート」めぐり。

<「それは面白いかもしれませんね」
と江木さん(引用者註:出版社編集)。
「誰もやったことないですよ、きっと」
やるわけないんですよ、意味ないもの。
古地図の読める方には必要のないことなんです。
でも、わたしには嬉しい話。>

炎天下にえんえんと歩くことになった第1回にはじまり、
暑さ寒さにあえぎ、道に難儀し、ハプニングに恵まれながら
「お徒歩」はつづいていきます。

赤穂浪士のひきあげルートの次は、
時代劇の「市中引き廻しの上、打首獄門」
というフレーズでおなじみの
「市中引き回し」のコースをたどり、
鈴ヶ森、小塚原のふたつの刑場をハシゴ。
その次は、箱根の旧街道をたどる関所破りルートでした。

箱根湯本から、地図を片手に、人にも聞きながら
一里塚の碑をさがし、旧東海道の石畳へ。
デコボコし苔むした石畳を苦労しながら進み、
文字通り丸木の橋をこわごわ渡って、
たどり着いた畑宿の土産物屋で一服。
お店の人に、箱根まで歩くと
どのくらいかかるかと尋ねたところ、

<「ここから? 箱根まで? 今から?」
お店のおかみさんは目を見張りました。
「国道を歩くんですか。それとも旧道を?」
「できるだけ旧道を行きたいんですが」
「そりゃ無理ですよ。夜になっちゃうよ」
「でも、歩くために来たもんでして」
「それなら、一時間か二時間、旧道を歩いて、
またここへ引き返してきたらどうですか。
それで、タクシーを呼んで箱根まで登れば。
全部を歩くのは、無茶ですよ」
しかし、もともと常識はずれのことをするのが
お徒歩隊なのだ。>

ここまで読み返して、
あれ? こんな無駄なことをやるのは酔狂なこと、
と言いながら旧街道を箱根まで歩いた人の話を、
いつだか聞いたことがある気が……
と記憶を手繰ったところ、

ほぼ日の学校「万葉集講座」第8回の、
永田和宏さんのお話でした。

この回は、永田さんの手引で、和歌を即興で読みつぐ
「歌仙」をたのしんだのですが、その冒頭で、
「歌仙」の魅力について永田さんはこう語られます。

<歌仙は3人いればやれます。
まず素晴らしいのは、金がかからない。
とても濃密な時間が持てる。
そして、人が良く分かります。
この人はこんな世界を持ってるのか、
こんな言葉にこんなふうに反応するのか、
というのはとても新鮮で、
普通の日常会話ではちょっと出会えないような
人と人との出会いがあると思う。

やらんと損だと思います。
1日かかりますから、
ホント時間の無駄です。
でもこのムダをどう考えるか。
それはすごく大事なこと。
私はいま休日に、旧東海道を歩いています。
友人が日本橋から、私は三条大橋から。

忙しい合間を縫ってやっとできた空いた時間に歩いている。
歩いているとなんでこんなアホな事してるのかと思う。
でも、やってると快感なんです。
田園、山道、旧街道はふしぎなあったかさ、趣がある。
そんな、ひとつひとつが大きな発見で、
たのしみながら歩いている。
友人は、箱根を越えました。

無駄な時間を無駄と思うか思わないか効率で言えば、無駄。
でも文化は無駄なところにしか育たない。
歌仙をしても、儲かりません。
それでも、その時間を持つという余裕が
大事ではないでしょうか。>

去年、教室で聞いた際には、激務の合間を縫って
遊びごころあふれるチャレンジをされている永田さんを
かっこいいなあ、歌人はやっぱりやることが違うなあ、と
思っていたのですが、不要不急のことをたのしむことが
むずかしくなっている今、あらためて聞くと、
ぐっと胸にせまる言葉です。

そして、さらりと語られたこの道中が、
そんなにハードなものだということを、
わたしは全然分かっていませんでした。

さて『ほのぼのお徒歩日記』に話を戻しますと、
箱根の関所破りルートのあとは、
在りし日の江戸城に思いを馳せ、
流人の島・八丈島にわたり、
本所深川の七不思議をめぐり、
善光寺参りとお伊勢参り。
そして、25年の時を経た令和の番外編、
『半七捕物帳』の「津の国屋」ゆかりの地めぐり、
とつづきます。

もともとが『平成お徒歩日記』だったこともあり、
今読み返すと、はしばしに書かれた時事ネタに
時間の流れを感じるのですが、それもまたおもしろいです。

江戸が中心なので、東京が多く出てきますが、
丁寧に書かれた地図や註記、軽妙な会話の合間に
みごとに織り込まれる解説で、
東京の地理をよく知らなくても十分にたのしめます。

歩きながら江戸の人びとに想いを馳せる
これぞ宮部みゆき、という心理描写や、
グルメリポート、つい読みたくなる関連本の紹介、と
おたのしみがいっぱいつまった一冊です。

お天気もいいし、出かけたいのになあ、という日の
読書の旅にいかがでしょうか。

(つづく)

2020-05-26-TUE

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