ベルギーの映画監督バス・ドゥヴォスさん。
この2月から、
彼の2本の作品が日本で公開されます。
ベルリン国際映画祭で、
この映画を「まちがって見て」感銘を受け、
買い付けてきた映画配給人で
友人の有田浩介さんに通訳してもらって、
ZOOMで、3人で、
とりとめもなくおしゃべりしました。
縁もゆかりもないベルギーの街や森に、
どうしてあれほど
「親しみ」を感じたのかが、知りたくて。
担当は「ほぼ日」奥野です。

>バス・ドゥヴォス監督のプロフィール

バス・ドゥヴォス(Bas Devos)

1983年生まれ。ベルギー・ズーアーセル出身。長編第1作『Violet』が2014年ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門で審査員大賞を受賞。続く長編第2作『Hellhole』も2019年の同映画祭パノラマ部門に選出されると、カンヌ国際映画祭監督週間では長編3作目『ゴースト・トロピック』が正式出品となる。最新作『Here』は2023年のベルリン国際映画祭エンカウンターズ部門の最優秀作品賞と国際映画批評家連盟賞(FIPRESCI賞)の2冠に輝く。

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第1回 映画とは招き入れるもの。

──
バス監督の2つの作品を見て、
自分自身が問われている気がしたんです。
つまり、自分は
画面のなかの何に目を引かれているのか、
あるいは日々の生活で、
どんなことを気にしているのかってことが、
何となく、わかったというか。
有田
どういうこと?
──
たとえば『Ghost Tropic』では、
終電のなくなっちゃった移民の女の人が、
夜の街を歩いて家に帰るよね。
気づいたら、自分はずっとうっすら、
「あの人寒そうだな、
はやくあったかくしてほしいな」
みたいなことを、思っていたんです。
有田
うん。
──
そこで思い出したんだけど、
けっこうはやくに亡くなった自分の父が、
いつもぼくら子どもに対して
「寒くないか。何か着ろ」って言っていて。
自分も誰かが寒いっていうことに対して、
何かむやみに気になるのは、
そのせいもあるのかなあ‥‥とか。
有田
なるほど。バスに伝えるね。
──
同じバス監督の映画を見て、
ヨーロッパの移民の置かれた状況などに
思いを寄せる人も当然いると思う。
つまり、そういう意味で、
自分が何に興味を持っているのか‥‥が、
露わになったっていうか。
バス
お父さんの思い出を共有してくれて、
ありがとう。
わたしの映画を見た感想と
お父さんの記憶がつながったことは
すばらしいことだと思います。
なぜなら、
映画って、
スクリーンに映されるものじゃなく、
見てくれた人の心のなかに
入っていくものだと思っているので。
──
あ、まさしくそういう作品でした。
『Ghost Tropic』では
寒い夜の街を歩いた感じがしたし、
『Here』では
あの苔の森で佇んだ感じがしたし。
いま2回目を見ている途中ですが、
映画の中の風景に対して、
すでに懐かしい感覚があるんです。
不思議なんですけど。
バス
そう感じてもらえるのは、うれしいです。
わたしは、見ている人たちを
過剰な感情で押しまくっていく
ブルドーザーのような映画ではなく、
物語のなかへ招き入れて、
何かに触れてもらえる映画を
つくりたいなあって、
つねづね思っているので。
でも、なぜノスタルジーを感じたのか、
どういう懐かしさを覚えたのか、
そこが、個人的には興味深いですね。
──
人間って、過去に
いちどでも行ったことのある場所を
再訪したとき、
「懐かしさを感じることができる」、
そういう「能力」があると思うんです。
だから、まさに「招かれた」のかな。
自分は実際、ベルギーの夜の街を
凍えながら歩いた経験はないんですが、
バス監督の映画に「招かれて」、
そこで何かにふれたことで、
懐かしさを、感じたのかもしれない。
バス
人間の「懐かしさの感覚」って、
ときにミステリアスで、
理解しきれないことだらけだけれど、
でも、わたしたち人間って、
会ったことのない人や
行ったことのない場所に
接続(connect)することもできる。
そして、そのうえで、
接続した「人」や「場所」に対して
親密な感情を抱くことができる。
そういう感情のメカニズムって、
人間特有のものだと思っています。
──
はい。親密。
バス
とくに自然や環境と接続して
親密になりたい‥‥という気持ちが、
つねに自分の中心にあるんです。
ここ20年とか25年くらいで、
わたしたち人間は理解したんですよね。
自分たちが、地球のてっぺんに
君臨する存在じゃないんだってことに。
──
なるほど。
バス
決してそうじゃなく、
わたしたちは地球という全体の一部で、
自然や環境と接続している、
その中で共生してるんだってことが、
フィルムメーカーとしての
わたしの考えの中心には、あるんです。
──
環境問題に、関心が?
バス
関心のあるなしじゃなくて、
避けては通れない問題だと思います。
コンゴの大気汚染の問題というのは、
ダイレクトに、
ベルギーに住んでいる自分たちの
吸う空気の問題でもあるわけですし。
で、わたしはそのことを、
フィクションとして可視化したいと、
ずっと考えているんです。
──
フィクションで。
ドキュメンタリーじゃなくて。
たとえばいまって、
ドローンに4Kのカメラを搭載して、
大自然を録れば、
ものすごいドキュメンタリー映像を
つくることもできますよね。
バス
はい。でも、わたしはそこに、
自然との「ディスコネクション」を
どうしても感じてしまう。
──
鑑賞すべき対象としての、大自然観。
なんとなくわかる気がします。
映像が素晴らしければ素晴らしいほど、
客体として見えてしまうかも。
バス
「地球や自然との一体感」という感覚は、
なかなか
ドキュメンタリーでは表現できないと、
わたしは思っています。
でも、フィクションなら、やれます。
自然のなかで
わたしたち人間はどうあるべきか。
そのような視点で、
親密さを、
コネクトを、描くことができるから。

『ゴースト・トロピック』©︎Quetzalcoatl, 10.80 films, Minds Meet production 『ゴースト・トロピック』©︎Quetzalcoatl, 10.80 films, Minds Meet production

(つづきます)

2024-01-30-TUE

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  • 最終列車で乗り過ごしてしまい、
    夜のブリュッセルを家まで歩いて帰る
    移民の掃除婦(『Ghost Tropic』)。
    ルーマニア出身の建設労働者と
    アジア系のコケの女性研究者が交わす、
    森の中の交流(『Here』)。
    どちらの作品も静かで美しく、
    身のまわりの何気ない一瞬一瞬が、
    本当は、
    奇跡みたいに成り立っているんだ‥‥
    ということを感じる作品です。
    なぜか自分自身を省みる機会に溢れた
    物語世界だなと思いました。
    2024年2月2日より、
    Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほか
    全国ロードショー。

    なお、以下の日程で、バス監督と
    『Here』主演のリヨ・ゴンさんによる
    上映後トークが決定したそうです。
    場所は、東京と那覇。
    詳細は公式サイトでチェックを。

    2月2日(金)3日(土)6日(火)
    Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下
    (各日18:55からの『Here』上映後)

    2月4日(日)桜坂劇場(那覇)
    (16時20分からの『Here』上映後)