暮らしの中の小休止のように、
夢中になって没入できる編みものの時間。
ぎゅっと集中して、気がつけば
手の中にうつくしい作品のかけらが
生まれていることを発見すると、
満たされた気持ちになります。
編む理由も、編みたいものも、
編む場所も、人それぞれ。
編むことに夢中になった人たちの、
愛おしい時間とその暮らしぶりをお届けします。

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前編 カウチンジャケットが編みたくて 藤井崇宏さん

 
ほぼ日が書籍づくりで長らくお世話になっている
藤井崇宏(ふじい・たかひろ)さん。
複雑な装丁の『うれしいセーター』
『I PLAY KNIT.』なども手掛けてくださった
印刷会社の、たいへん頼れる営業さんです。

 
ニッター歴は、約2年半。
短い期間のあいだに、たくさんの作品を編まれていて、
めきめきと腕を上げています。
しかし、その背景には山あり谷あり、
冒険のような物語がありました。
「編みものをはじめたきっかけは
『Miknits TO GO』の出版をきっかけに
担当の山川さんに強くおすすめされたからです。
実は元々、オリジナル柄のカウチンジャケットを
自分で編みたいと思っていました。
でも、いきなりカウチンを編むのは無謀なので、
まずは小物から修練を積むことにしました。
『Miknits TO GO』
編み針がセットになっているので、
万が一挫折しても
『道具も買ってしまったのに‥‥』という
罪悪感が少ないかなと。
それで思い切って
編みものの世界に飛び込めました。」

 
編むことを目標にしていた藤井さん。
しかし、いきなり本家に挑戦するのではなく、
まずは編みものの基礎を学ぶために
目薬ポーチを編みました。
「正直‥‥最初は、まったく楽しさがわからなかったです。
僕はすごくきつく編んでしまうので、
目が針から抜けないくらいになってしまって。
ほぼ日の編みもの好きのスタッフさんに
『それなら、思い切ってゆるゆるに編んでみては?』と
アドバイスしていただき、
出来上がったのがこのポーチです。」

 
「編みものがはじめて『楽しい!』と思えたのは
このポーチの仕上げのときです。
袋状にするために、両端をとじるのですが
糸を通す、『渡り糸』の位置が分かったときは
爽快感がありましたね。」
その後、2目ゴム編みのシンプルなマフラーを編み、
いざ、目標のハニカムキャップへ。

 
この時は手がゆるくなってしまい、
糸が足りなくなってしまったそう。
てっぺんにグレーの差し色が入っているのも、
チャームポイントになりました。

 
「僕、棒針が好きなんです。
帽子などを輪っかで編むときに
4本の針を組み合わせて編んでいく形がいいなと。
1本外しては足し、外しては足し、と
繰り返していく感じが非常にうつくしい。
しかも、
最初は四角形の針に糸が引っかかっているだけなのに
しばらく編み進めてふっと見ると、輪っか状の
帽子らしい形ができている。 
『輪に編むためにはどうしたらいいんだろう』と
誰かが考えた、思慮の結晶だと思うんですよね。」

 
藤井さんは、作品を編むたびに
驚きや学びがあると語ります。
次に編んだ『うれしいセーター』のKenにも
悲喜こもごもの思い出があるそうです。
「小物を編んで、自信がついてきたので
そろそろ夢のカウチンを編もうと思ったのですが、
僕は『編み込み柄』をやったことがない。
ならばまずは無地のカウチンを編んでみようと
『Ken』を選びました。
この作品は、肩をはいだ瞬間に、
ラグランスリーブのデザインが浮かび上がって
バラバラだったパーツが立体にまとまるんです。
素人が編んでもデザインの一部になる工夫がされていて、
驚きましたねえ。
まだ編んでいないひとには体験してほしいです。」

 
「でも、これは反省の詰まった1着でもあるんです。
やっぱり、ほどく勇気を持たないとダメですね。
途中で『なんだか小さいかも』と感じていたんです。
でも見て見ぬふりをして、編み図どおりに編んでいったら、
案の定、僕が全然着られないサイズ感に仕上がりました。
妻へのプレゼントにしたのですが、
あんなに頑張って編んだのに‥‥と、
シュンとしてしまいました。
このとき、ゲージをあわせることの大切さに気づき、
以来、作品を編み始める前には
必ずスワッチを編むようにしています。
Kenは、いつか自分サイズでもう一度作りたいですねえ。」
その後、「次こそは自分が着られるものを」と
自分用のニットジャケットを編み上げた藤井さん。
カウチンへの自信を取り戻します。

 
いよいよ夢のカウチンへ、と思いきや
ふたたび壁が立ちはだかります。
「『編み込み柄』は糸を2本持って編みますが、
どうしても糸が絡まってしまう。大変です。
であればアメリカ式で右手の人さし指に1本、
フランス式で左手のほうにもう1本、
それぞれに糸をかければよいと考えました。
しかし僕は、アメリカ式でしか編んだことがない。
なので、フランス式の編み方を習得すべく、
また目薬ポーチに戻って、練習することにしました。
フランス式は、裏目が難しいですねえ。
理論はわかるのですが、全然糸が針にひっかからなくて
1週間くらい編めなかったですよ。
練習を重ねてポーチが編み上がったときは
これでやーっとカウチンが編める!と胸が高鳴りました。」
つまずいたときには冷静に解決策を考え、
後戻りもいとわない藤井さん。
修行者のように、最善の作品のための道を模索します。

 
「カウチンに到達するまで、ほんとうに大変でした。
編む作品を考えるのは、カウチンありきでしたねえ。
もちろん、1作1作楽しんでいましたが、
どれもカウチンを編むために積み重ねた習作です。
先に本と糸を全部買っておき
『次はこれを編むぞ、必要な技術を得るぞ』と気合を入れて
編んでいきましたね。」

(いざ、夢のカウチンにチャレンジ。
さらにその先、ぐんぐんのびてゆく
藤井さんの編みもの道を、引き続きお聞きします)

写真・川村恵理

2023-02-15-WED

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