暮らしの中の小休止のように、
夢中になって没入できる編みものの時間。
ぎゅっと集中して、気がつけば
手の中にうつくしい作品のかけらが
生まれていることを発見すると、
満たされた気持ちになります。
編む理由も、編みたいものも、
編む場所も、人それぞれ。
編むことに夢中になった人たちの、
愛おしい時間とその暮らしぶりをお届けします。

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前編 美しく仕上げたい。 l’ombre et la lumiere 山室瑠衣さん

 
大きな窓から光が差し込み、
外には都内とは思えないほど
自然豊かな景色が広がる気持ちのいいお部屋。
ここは、ウェディングドレスのブランド
「l’ombre et la lumiere(ロンブル エ ラ ルミエール)」
を主宰する山室瑠衣さんのアトリエ兼ご自宅です。

 
山室さんが手がけるのは、
繊細なビーズやスパンコールなどの
オートクチュール刺繍が
あしらわれた美しいウェディングドレス。
大切な1日を記憶する、宝石のような一着です。

 
モダンなインテリアや雑貨と
ヴィンテージマンションの雰囲気は、
ドレスの世界観と共鳴し、
すみずみまで山室さんの美意識を感じます。

 
お仕事で洋服づくりに関わる山室さんが、
プライベートで
編みものを始めたのは約1年前。
インスタグラムには素敵な作品が並びます。
ご自身にぴったり似合う、
モダンでスマートなニットのできばえから、
編み始めて1年とは思えません。

 
「母がニッターで、
子どもの頃から編みものをする姿を見てきました。
母のデザインするニットはモダンで年中着ていましたが、
一般的な手編みのニットには牧歌的なイメージがあり
とてもかわいいけれど、
わたしのスタイルには合わないと思って、
まったく興味がわかなかったんです。

 
ある時、着てみたい作品を見つけて、
母に編んでもらおうと思いました。
その作品にあう毛糸をネットで探していたら、
編み図がたくさん出てきて。
そこで、世界にはこんなにたくさん
素敵なデザインのニットがあることを知り、
瞬間的に『着たい!』と思ったことが
編みものを始めたきっかけです。
ほしいものがあまりにあり過ぎて、
母の手だけでは足りなかったんです(笑)」。

 
最初の1、2ヶ月は苦戦しながらも
独学で編みものを習得し、
この1年で大物を15着近く編んだそう。

 
「たぶん、集中することが得意なんだと思います。
最初は棒針の持ちかたさえ知らなかったのですが、
この1年、ものすごく集中して、
編みものについて勉強しました。
あと、仕事として刺繍もしているので、
手芸慣れしていることも
編みものに向いている理由だと思います。

 
編む時間をきっちり決めているのも、
長く続けるコツかもしれません。
お仕事が終わり、夕食を食べたあと。
夜の8、9時くらいから
寝るまでの4時間が編みものタイムです。
それを、去年の12月から毎日、
ほぼ休むことなく続けています。
主人や周りからも、
『ちょっとおかしい』と
よく言われています(笑)」。

 
初めての作品から、
自分でパターンを引いたという山室さん。
「いま思えば無謀な試みですが、
いきなり最初に、自分でパターンを引いて、
セーターを編みました。
ゲージ計算機のようなものをネットで見つけて、
似たようなパターンを参考に、
数字の割り出しは母に教えてもらいながら。
そこで編みかたのコツが少しわかったので、
英文パターンにも挑戦するようになりました」。

 
ほどくことにも躊躇なく、
ストイックにやり直してしまうという山室さん。
それは、刺繍を仕事にすることから派生した、
「徹底した美意識」からくるものだと言います。

 
「長く日常で着るために美しく仕上げたい、という気持ちが、
ひと一倍強いのだと思います。
初めての作品は失敗ばかりで、
納得がいかない部分も多く、
何回もほどいては、やり直しました。
それでも今みると、その最初のセーターは
とても着れたものではないですが」。

 
作品を並べてみると、
山室さんの“好き”が浮かび上がってくるよう。
「絶対にほしいものだけ編む」のが、
山室さんが大切にされていることだと話します。

 
「初心者は小物から入るのがいい、と聞きますが、
帽子やマフラーはあまり着ないので、
着ないものを編んでいたら
続かないなと思ったんです。
なので、絶対にほしいものだけを編もう、
と決めていました。
海外のデザインが好きで、デンマークの
アン・ベンツエルさん(Anne Ventzel)の作品は
『ぜんぶ編みたい』と思うほど好みでした。
1週間、毎日同じところを編んではほどくを
繰り返すスランプに陥ることもありましたが、
アンさんは丁寧な解説を
YouTubeで挙げてくれているんですね。
そのおかげで、
彼女の作品をいくつも編みました」。

 
夏に着たいと思って編んだのは、
プチニット(Petite Knit)のもの。
「もともとウール編みでしたが、
コットンリネンで編みました。
綿麻で編むのはけっこう大変で、
目数も多いので、修行でしたね。

witre design のサマーニットはコットン100%で、夏に大活躍。 witre design のサマーニットはコットン100%で、夏に大活躍。

 
一度、スランプに陥ると抜け出せなくなるので、
気分転換にほかのものを編むように。
一つの作品に集中しないと、と
思っていたところがあったのですが、
癒しも必要なんだなと思いました(笑)。
並行で作品を編めるようになり、
作品のジャンルが広がっていった気がします」。

 
あまり糸を活用したクッション、
父や母へのプレゼント。
丈や袖の長さを変えて、
じぶんにぴったりの
オートクチュールのような編みもの作品が
次々と生まれています。

 
「編みたいものが大渋滞している」と
楽しそうに話す山室さん。
ニットの世界の広大さに、
感銘を受けているそうです。

 
「ニットは歴史があり、
新しい技術や編みかたが今もなお
開発されていますよね。
インターネットによって海外のパターンも
探しやすくなり、その新旧入り交じる
柔軟な感じが素晴らしいですよね。

 
わたしは基本英文パターンで編むので、
ラベリー(ravelry)やイサガー(isager)から
パターンを見つけたり、
海外の糸屋さんのインスタグラムから
作家さんの名前を知って、
そこから編みたいものを見つけることも。
徹底的に調べて、迷いなく買う。
しまう場所をどうしよう、という問題がありますが、
とりあえず今は着たいものを編んでいるので
楽しい気持ちが勝っています」。

(次回は編みもの道具をご紹介。)

写真・川村恵理

2022-11-24-THU

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