特集50/80 鈴木幹雄 50年前の写真が写真集になるころ撮った人は陶芸家になっていた

現在は陶芸家として活躍する鈴木幹雄さんが、
写真家として活動していた50年前、
国立療養所沖縄愛楽園で
ハンセン病の回復者・患者の写真を撮りました。
50年後の今年2025年、
それらの写真が一冊の写真集となりました。
ハンセン病への差別や偏見がまだまだ強く、
療養所の人たちやその暮らしを
真正面から撮ることのできなかった時代に、
鈴木さんの写真には、
人とその暮らしが、ありのままに写っています。
どうして、そんなことができたのか。
沖縄愛楽園交流会館の学芸員・辻央さん、
赤々舎・姫野希美さんと一緒に、
鈴木さんの話を聞きに行ってきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

※文中「癩（らい）」という言葉が出てくる箇所がありますが、「癩（らい）」はハンセン病を指す古い言葉で、病気だけでなく差別や偏見を含む言葉のため、現在は使用されていません。1950年代にアメリカのハンセン病療養所の在園者が、有効な治療薬の発見によって治る時代にふさわしい病名に変更したいと病原菌の発見者、アルマウェル・ハンセンの名をとって病名の変更を提唱しました。現在、感染症の名前としても「ハンセン病」が正式名称です。

──: 愛楽園の入所者さんに、
「癩（らい）撮りに来たんでしょう」
と言われて‥‥。

鈴木: 写真が撮りたいのに撮れてないって、
そのようすを見ていたんですね。

──: あの兄さん、撮りたいのに‥‥と。

鈴木: それで
「撮りなさい、これが癩（らい）よ」
って。

──: その方の、指の欠損した手を出して。
つまり、この写真ですね。

鈴木: そしたら、別の人も、
「ぼくも撮ってくれ」って言うわけ。; それで、ふたりを撮らせてもらった。
それ以降、何となく自分の中で、
「撮っていいのかも」
って思えるようになってきたんです。

──: 若き写真家が
ついに勇気を振り絞って‥‥でなく、
入所者さんのほうから
「撮りに来たんでしょ、撮りなさい」
と扉を開けてくれた。

鈴木: そう。それからあとは
何気ないお話をしたり、食事したり、
お酒を飲んだりするうちに、
だんだん、みなさん、
カメラを意識しない‥‥っていうか、
そんなふうになってくれたんです。; だからぼくも、
撮りますとか断りを入れるでもなく、
おしゃべりをしながら、
自然に正面から‥‥っていう感じで、
撮りはじめたんです。

──: おお。

鈴木: そうなると、もうみなさんの方から
「わたしも写真を撮ってくれ」
「わたしも撮ってくれ」って。
「写真代あげるから」
なんて言われたりしたこともあって。

──: 撮ってほしかった人もたくさんいた。

鈴木: 写真代で煙草をワンカートンねとか、
いろいろいただいちゃったり。

──: そのときの写真も、
今回の写真集に入っているんですか。

鈴木: 入ってます。

──: ちなみに、沖縄愛楽園へ来てから
いちばんはじめに
園の人を撮った写真って‥‥？

鈴木: たぶん、花壇で鍬を持ってる写真、
じゃないかなと思います。

──: 愛楽園に滞在していたあいだ中って、
どこで寝泊まりしていたんですか。

鈴木: もう、食堂の脇とか、いろいろです。
最後のほうは、
官舎の建物の中の空いている場所に
寝かせてもらってました。

──: ごはんは、どうしてたんですか。

鈴木: 園長先生が検食をするための御膳を
朝昼晩、
ほとんど、ぼくがいただいてました。

──: あー、なるほど。

鈴木: それに在園者さんと親しくなったら
「食べに来なさい」って、
みんなが、誘ってくれるんですよね。; そうするとね、
もう、一緒にお酒を飲んだり（笑）。

──: 鈴木さんは好かれるからなあ（笑）。; すれ違いの見ず知らずの人にも
ごはん食べていけと言われるほどの
すごい実力の持ち主ですもんね。

鈴木: 夜なんかもうあちこちから誘われて、
飲んで歌ってって感じでした。

──: どれくらいの期間いたんですか。
愛楽園には。

鈴木: しばらく滞在して那覇に帰って‥‥
というのを
６回くらい繰り返してたんですが、
期間としては、
1973年の12月の17日から、
75年のはじめくらいの、約１年間。; １回の滞在は、長くて十数日です。
あんまり長くいると、
園の職員の方から
いつまでいるんだって言われたり。

──: そのあと、愛楽園に訪問したりは？

鈴木: 1976年12月に、
愛楽園のみんなとのお別れに来て、
写真を配ったりしました。; あちこちからお餞別をもらってね。
その訪問が最後になりました。
ずっと年賀状を
やりとりしていた人たちもいて
だいぶ続いたんですけど、
それも、
いつしか途絶えてしまいましたね。

──: なるほど。

鈴木: 愛楽園の中の「ザベリオ教会」の
天久佐信さんという方が、
「写真展をやったらどうか」と
提案してくれて、
園の中でやらせてもらって。
そのときつくった写真のパネルを
園に残して辞去したんです。; それから何十年もの月日が過ぎて、
いまの愛楽園の学芸員の
辻央（つじ・あきら）さんたちが
園の証言集をつくるために
倉庫でさがしものをしていたら、
その写真パネルが出てきたんです。

──: おお、それが、
今回のプロジェクトにつながるんだ。

鈴木: でも、「鈴木幹雄」という名前は
書いてあるんだけど
それが誰なのか、皆目わからない。

──: だってもう、そのときには
「陶芸家」だったわけですものね。; 写真家じゃなくて。

鈴木: 北会津で焼き物をやっていたときかな、
突然、電話がかかってきて
「愛楽園で写真を撮ってました？」
って聞かれて、
「はい、撮ってました」ということで。

──: 愛楽園に置いてきた写真から、
鈴木さんご本人にまで、たどりついた。; その証言集の発行が、約20年前。
そこにまず、
鈴木さんの写真が使われたわけですね。

鈴木: そうです。その証言集ができたときに、
久しぶりに愛楽園へ行ったのかな。; それから、さらに20年のときが経ち、
辻さんが勤めている
沖縄愛楽園交流会館の設立10周年と、
ぼくが写真を撮った1975年から
50年目という節目がくるから、
そのタイミングで
「写真集を出しましょう」となって。

──: それが今年、2025年。
鈴木さんが写真を撮ってから、50年。; 半世紀後に写真集になるなんて、
どうですか、思ってませんですよね。

鈴木: まさか‥‥って感じです。; 自分には写真集なんかできっこない、
そう、ずーっと思っていたから。

004
無らい運動と沖縄愛楽園の誕生

なぜ、隔離政策が始められたのか。それは、1907年に制定されたハンセン病患者の隔離法が、日露戦争勝利によって「世界の列強」入りを果たしたと自負する日本の「文明国」たる姿を示すためのものだったからです。当時ハンセン病は「植民地の病気、野蛮な国の病気」と見なされており「文明国にあってはならない病である」とされました。つまりハンセン病の患者たちは、純粋に医学的根拠というより「国の体面や国威を保つため」に、目に見えない場所へと押しやられていたのです。

1930年代になると、日本は戦時体制へと突入していきます。そこでは「健康な国民を育てる」というスローガンのもと、隔離政策がさらに強化されていきました。当初は「浮浪患者を隔離する」という目的だったものが、次第に「浮浪か否か」や「排出している菌の多寡」にかかわらず「すべての患者を隔離する体制」へと変わっていく。しかも「入所の規定」はあるのに「退所の規定」はない。つまり「一度入ったら出られない」。療養所への入所は、事実上の終生隔離を意味していたのです。

こうした方針を推し進めたのが、国と民間による「無らい県運動」。自らの県にハンセン病の患者がいないことを競い合い、患者を療養所に送り込むという運動です。結果として、患者本人だけでなく、患者の家族までもが地域にいられなくなる状況を生み出しました。そのような時代背景のなかで、1938年、沖縄愛楽園も設立されたのです。

2025-06-27-FRI

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「50/80 ヴェトナム戦争と太平洋戦争の記憶」
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