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その4.歳で賃貸でくらすということについて。
子どもの頃、秘密基地を作るって、素敵なことでしたよね。
僕は2段ベッドだったから、
常に上に兄貴がいるみたいな感覚って、
いまだになんとなく覚えてて。
上と下でケンカしたり、
「いま、兄貴寝てるから、俺は何してもいいんだ」って。
毛布を引っ掛けると完全に個室になるから、
自分の好きな漫画を置いて
延長コードでライトをひっぱってきて、
まさしく秘密基地みたいにしてみたり。
武井さんもそんなタイプじゃないですか?
秘密基地を住まいにしているような感覚。
そうですね。
一昨年の3月に十何年ぶりに引っ越したんですけど、
やっとこういう部屋がいいって決めて、探したんですよ。
判断基準は?
キッチンです。
料理好きだからだ!
前のキッチンは、部屋の隅が三角形で
そのいちばん奥にガス台があって‥‥
使いにくい。
体斜めにして、フライパンを‥‥。
いや、そらまた変な‥‥。
ただ、大きな公園に面した
すばらしい立地だったんです。
もうほんとにいい場所で。
ただ、建物が老朽化してて斜めになってたのと、
なにしろキッチンが使いにくかった。
当然、人が呼べなかった。
だから、使い勝手のいいキッチンと、
人が呼べる広さがほしいということを
優先順位のいちばん上に置きました。
ガランとした箱でいいから、そういうのが欲しい。
で、キッチンで探したいって不動産屋に伝えて、
散々探してもらったんです。
それでわかったのは、
いわゆる賃貸用として作ったマンションじゃダメ。
設備が安普請なんです。
で、見つかったのが、大家さんが
自分の息子夫婦が住むように中古マンションを買って、
使いやすいように改築した物件でした。
息子夫婦は手狭になって出たので、
そのまま貸しているという古い物件でしたが、
キッチンが幅3.3mぐらいあるんですよ。
食洗機ついてて、オーブンついてて。
うわっ、広っ!
普通2mちょっとです。
シンクで水浴びできそうでしたよ(笑)。
で、「ここだ!」と思って。
だから、他の条件、例えば窓からの風景は良くない。
もう、目の前で電線がこんがらがってる。
でもそのキッチンで決めました。
それだと思うんです。家づくりって。
欲張りであれもこれもは、
たぶん相当限られた富裕層でない限りは、無理なんですよ。
ここに、ルーフバルコニーがあったら最高だな、
とは思いますよ。でも、無理。
そうそう。ルーフバルコニーがいいんだったら、
もうユニットバスで我慢して、
キッチンはもう壁にちょこってついてる程度で、
あとはもう基本的にコンビニとレストランで行って、と。
そういう人は、ルーフバルコニーで
友だち呼んでバーベキューが
年に何回かできればそれが一番大事なんだと。
そうそう。
あるいは逆に、俺はもう温泉みたいな風呂に入ることが
いちばん大事だ、という人もいるでしょう。
フィンランド人の森やサウナと一緒ですよね。
どこに優先順位を置くか。
武井さんの、男の一人暮らしのキッチンっていうのは
すごく珍しいパターンだと思うんです。
だから、そんな物件、ほとんど無いはずなんですよ。
たまたま合致した。
賃貸物件というのは、そういうニーズに対して、
いま供給されているものは、
なかなか合わないっていうことが
現実的にあると思うんですよね。
そう、そもそも賃貸の物件って
そんなにバリエーションがないですよね。
結局もう、駅からの距離と、家賃、広さ。
その三つを軸にして選ぶしかないですよね。
ダメなら引っ越せばいいや、ぐらいに思って
決めないと。
そう、どっかに引っ越せばいいやっていうのは、
持ち家だとできない。
ここに住むって決めたら最低10年とか、
ローンが30年であれば30年はここで、
っていう決意があるわけで。
で、賃貸はダメになったら動こうと。
それが、45歳で引越してみて思ったんですけど、
自分は会社員ではあるけれども、
保証人をつけるのが大変だったんです。
一人っ子で、親が老齢というのは。
あっ、そうなんですよね。そうそう!
父、元気で仕事もしている。
なのに、保証人としてはダメ。年齢でダメ。
いまは保証会社というものがあるんで、
保証会社にお金払って半分持ってもらって、
父と連名にして借りることができました。
ひどいなあ。
いろいろからくりがあるんです。
100%保証会社を使う場合もある。
「保証人不要」っていう物件はそうですよね。
その場合は敷金礼金のほかに
保証会社に支払うお金が必要になるわけです。
じゃ、60になって引っ越せるのかな?
そう! だから、
こりゃ先々かんたんには引っ越せないぞと思ったんですよ。
親がもっと高齢になったり、
例えばいま会社員ですけど、
フリーランスになった途端に難しいですよね。
かといって、経営者はまたダメですよ。
僕は会社の決算書を3期分出しました。
会社の借金の返済計画表であるとか。
直前の決算が赤字だったら、まずアウトです。
おそらく30代の会社員のほうがローンはおりやすい。
そういう意味で、
「家を建てるなら会社員で、若いうちに」
というふうに、日本の社会って作ってあるんだ、
って思いました。
いろんな仕組みが。持ち家政策につながってるんだなと。
そうだと思いますよ。
新幹線乗ったりすると、結構郊外に行っても
建て売り住宅がものすごい多いでしょう。
これ、誰がこんなことしたんだろう(笑)って思う。
買えや、買えやっていうふうに見えるんです。
僕は海外から友だちが来ると、
まず山手線を一周しろって言うんです。
東京を一番理解するのには
山手線の先頭に立って一周するのがいいぞと。
一時間で済むから、とにかくそれを一周しなさい、と。
で、次に、六本木ヒルズに登りなさい。
高いところから街を見て、水平に一周する。
で、もっと時間があれば、
“のぞみ”じゃなくて“ひかり”か“こだま”で、
東京から新大阪まで行きなさいと。
極力F席を取ってね。
窓際ですね。
進行方向右側だと富士山も見えるし、
ずーっと見れば、日本の風景が分かる。
当然東京から品川は都市ど真ん中ですよね。
ビルの間を抜けて行って。
で、品川と新横浜を過ぎたら、
武井さんが言ったようなちっちゃい家がね、
いっぱい建ってるのがわかる。
新横浜を離れて何分も経っても、
まだ結構ちっちゃい家が
いーっぱい丘の上まで‥‥。
ありますよね。
あの密集度っていうのはなかなか類を見ない
家のつくり方なんです。
ほんとにあれ、住まわれてんのかなと思うぐらい。
でもきっと住んでるいるし、
そこはひとりひとりにとっては大事なホームであって、
帰る場所なんですよね。
そうなんですよ。帰る場所。
夜になれば灯かりがつく場所なんです。
そこを否定するつもりはない。
けれども、ふと疑問に思うんですよね。
都市型の生活において、武井さんの料理であったり、
いろんな価値観が多様化してるなかで、
これからの家づくりっていうのはどうあるのかなぁ、
っていうのはすごく、建築家としては、
どうやってそこに供給できるかを考えてしまう。
そのニーズに対してどれだけアンテナを張っていられるか。
(つづきます)
2013-02-08-FRI
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