第1回 モノが市場を変えていく
糸井 ぼくは現在、中小企業の社長をしていますけど、
自分がたよりにしているのは
「コスト」という考え方なんです。
「コスト」という概念がわかったタイミングで、
ぼくの考え方は大きく変わったんですね。
三宅 それは、いつごろですか?
糸井 「ほぼ日」をはじめてからです。
それ以前のぼくは、とにかく、
お金の話には近づかないようにしていました。

毎年、1年に1回だけ税理士さんに会って、
「税金をいくら払うので、
 こことここにサインをください」
と教えてもらって、
「頑張ります」とサインする。
自分の会社のお金について考えるのは
その短い15分くらいの時間だけだったんです。

「お金の話をぼくにしないでください。
 それを聞いてしまうと、
 ぼくはお金のために頑張りたくなっちゃうから。
 もし、お金のために頑張りはじめたら
 ぼくが大切だと考えている何かが
 失われちゃうような気がするんです。
 だから、お金のことを
 ぼくに考えさせないでください」
‥‥それが、当時のぼくの考えだったんです。
三宅 はい、はい。
糸井 だけど、「ほぼ日」をはじめたら、
お金について、ちゃんと向き合わないわけには
いかなくなったんですね。

それで、特に何かきっかけがあったという
記憶はないんですけど、
あるとき「コスト」という概念が
自分のなかですっと理解できたんです。
そのとき、
いままでの自分の間違いもよくわかったし、
それぞれのプロジェクトがダメだったときの
原因も、よくわかりました。
三宅 それは具体的には、
どのような気づきだったんでしょうか。
糸井 当たり前のことに聞こえそうですけど、
そのとき、
「コストをかけることが、いかに大事か」
ということが、
ものすごくよくわかったんです。

結局、それまでの
やってうまくいかなかったプロジェクトは
必要なぶんのコストをかけていなかったから
失敗していたことがわかったんです。
利益のことは考えていても、
コストについては充分に考えられていなかったし、
かけてもいなかった。
三宅 「コスト」についての理解が
ぐっと深まったというか。
糸井 そうなんです。
どんなものでもコストがあって、
利益がありますよね。
簡単なことのようですけど、
ちゃんと必要なコストの額を把握して、
それだけのコストをかける必要があるんです。

また、どうして人が失敗を恐れるかと言えば、
失敗したときに
どれだけのコストを支払う必要があるか、
わかってないからです。
「損したらいくら」というのがわかってない。
損する金額がわかっていれば、
それで賭けるか、やめておくか判断すればいいんです。
三宅 そうですね。
糸井 また、コストの感覚がないと、
本当は必要なコストまで、不利益だと感じたりもする。
それで必要なはずのものを減らしてしまって
失敗するようなことだって起きる。

お金についてのそれまで曖昧に考えていた部分について
ぼくはぜんぶそのときに
「必要なコスト」という言葉で整理できたんです。

三宅 どうせかかるコストならば、
それをちゃんと生かす使い方をしようと。
糸井 そうですね。
しかも、積極的にコストのことを
考えるようになったと思います。

「コスト」って、守りのときだけじゃなく
攻めのときにも役に立つ考え方ですから。
「この商品の魅力を伝わりやすくするために
 もっとコストをかけよう」とか。
三宅 ああー。
糸井 あと、ぼくにとって
「面白くないコスト」というのがあるんです。
たとえば、
「まったく頭を使わずに、
 ただ慣習的にかけられているコスト」とか。
そういうコストは、好きじゃないから
できるだけやめておくようにします。

また、逆の「面白いコスト」もあって、
こういうのは、わりと積極的にかけるんです。
たとえば、
「考えに考えたうえで
 チャレンジでかけてみるコスト」とか。
もし、コストをかけてみた結果
損をした‥‥というときでも、
面白いほうのコストなら勉強になるし、
月謝だと思って払うぞ、という気分なんです。
三宅 はい、はい。
糸井 ‥‥あと、またこれは別の話題ですけど、
お金にまつわることで
さいきんぼくが面白いなと思っているのが、
「お金のことをいったん脇に置いておいて
 すすんでいく仕事」なんですね。
三宅 お金のことを脇に置いて、すすんでいく仕事。
糸井 ええ。なにかというと、
ぼくらがいまやっている仕事のなかには
震災以降、東北との関わりのなかで
「いったん自分たちの儲けについては
 脇においてやっていこう」
とはじめたことが、ずいぶんあるんですね。

そういう仕事は、自分たちにお金を
儲けさせてくれるわけではないんです。
だけど「儲け」というかたちではないけれど
なにか自分たちにとって嬉しい
「価値」を生んでいるな、
と感じることがよくあるんです。
三宅 ああー、そうですか。
糸井 たとえば、東北にツリーハウスの森を作ろう、
というプロジェクトがあります。
また、気仙沼で立川志の輔さんの落語会を開いて、
「目黒のさんま祭り」に
さんまを送るお金の援助をしよう、
というプロジェクトがあります。

どちらもお金はかかっているし
お金のことを全く考えていないわけではないけど、
やっぱりお金は「目的」じゃなくて「手段」で、
「いったん脇に置いておこう」
みたいな存在なんです。
三宅 はい、はい。
糸井 そういうとき、たとえば
広告を作るような発想だったら、
まず、お金のことから考えはじめるんです。
だけど、いったんそれはやめました。
もっと有機的にというか、
面白いほうに、転がしていくといいますか。

そんなふうに、いったん
「儲けのことは後回し」にして、
自分たちが積極的にやりたかったり
「面白そう!」と思う方向に動かしていたら、
なんだか、いつのまにか
「手伝いたいです!」という熱意を持った人たちが
みんなどんどん集まってきてくれているんです。
「お金」じゃないんだけど、
明らかにみんなが、何かの「価値」を感じている。

なんだかその「お金のことはちょっと後回し」
と言ったときできるパワーって、
とても未来的な気がするんですよね。
これ、という中心はないんだけれども、
魅力的な何かがひろがっていく。
おいしいドーナツができていくみたいな
感じがあるんです。
三宅 ああー。
糸井 「YouTube」が出はじめたのときも、
おもしろいけど、どうやって儲けるんだろうって、
みんなが言いましたよね。
そしたら「Googleが買った」という
まったく想像もしてなかった答えになった。
そしていま、ぼくらは
「YouTube」をあてにして生きてますよね。
なんだか、その感じに通じる何か、
といいますか‥‥。
三宅 ぼくなりの言い方をすると
「マネー(お金)」と「バリュー(価値)」って
いつもぴったり重なるわけじゃなくて、
ちょっとずれているところがあるんですよね。
で、いまの糸井さんのお話って
そのちょっとずれている部分の、
「マネー」がなくて
「バリュー」だけがある場所の話だと思うんです。

「バリュー」なき「マネー」は
あまり魅力的じゃないし、
それはいずれどうせ
「マネー」自体もなくなっちゃうけど、
その逆の状態。

「マネー」なき「バリュー」だと、
おそらく「マネー」は
後からついてくると思うんです。
たとえば、それをきっかけに人脈が広がるとか、
将来儲かるアイデアに、つながっていくとか。
ほかにも、もっとよくわからないかたちで
お金になっていくことだってあると思います。
 
糸井 本当は人と人が交換したいのは、
「マネー」じゃなくて
「バリュー」のはずですよね。

きのうも一橋の大学院の人たちに
その、ぼくらがやっている
東北のプロジェクトの話をすると、
彼らも「手伝いたい」と言うわけですよ。
「そういうことを探してた!」って感じだったんです。

聞いてみると、
「何かを必死にやりたい気持ちはたっぷりあるし、
 やることが決まればすぐ動ける状態なんだけど、
 何をしたらいいかがわからなかったから、
 できなかったんです」と。
そして、すぐに、
「もし、仲間に入れてくれるんだったら
 喜んでやります」
って言ってくれたんです。

‥‥それ、また、「お金」じゃないですよね。
「お金」をとばしちゃってでも、
「価値」がほしいんです。
三宅 そのことを経済学で説明しやすい言い方に
かなり寄せてしまって無理やり言うと、
「心意気の商品化」ということなんだと思うんです。
みんな「心理的報酬」にお金を払ってるんですよね。
参加することによって、
体験して学べたり、満足を得られるようなことに
お金を払ってる。
糸井 おおよそは‥‥そうだと思います。
ただ、その言い方はたぶん、
経済学のほうに相当寄せられているので、
もうちょっと膨らみのある話として、
大事な部分を、より、落としてしまわないように
言いたいところはあるけれど‥‥
それはまだ、難しいかなあ。
三宅 そうですね、いまのは
かなり経済学のほうに寄せちゃいましたね。
糸井 ‥‥ただ、なんだかこの先、いつかはわからないけど、
いま言ったようなことも含めて、
「はたらく」ということについては
ものすごく面白い変化があるような気がするんです。
「はたらく」ことそのものだけに関わらず、
周りをとりまく文化自体を
がらっと変えるような、なにか。
三宅 ええ、ええ。
糸井 そのとき、就職活動でいま汲々としてる人たちが
どう変わるんだろう。
地方の老人化社会や、観光の成り立ちとか、
デザインの役割とか、ブランド論とか、
いろんなことがどう変わるんだろう‥‥
なんて思うんです。
三宅 そうですね。
この先、きっと、
どんどん変わっていきますよね。
糸井 ‥‥今日は本当に面白かったです。
ありがとうございました。
三宅 こちらこそ、本当にありがとうございました。
(三宅秀道さんとの対談はこれで終わりです。
 お読みくださいまして、ありがとうございました)
2013-09-24-TUE