「春の鎌倉でみちくさ」編  今回の先生/森昭彦さん プロフィールはこちら
名前その44 ゲンペイコギク

江ノ電の「極楽寺駅」から出発して、
裏山へと向かった今回のみちくさ。
ちいさな春の山をながめながら、
森さんが立ち止まりました。
「ここから先はもう、ちょっとした山になります。
 みちくさとは違ってきちゃいますよね」
そんなわけで、ここからまた駅方面へとUターン。
ふたりは由比ヶ浜へと進みます。

吉本 ここまでで、こんなにたくさん
みちくさがあるとは思わなかったです(笑)。
やっぱり探しながら歩くと、
どんどん見つけて、
そのたびに立ち止まってしまいますよね。
吉本 春だからいっぱい咲いてるし。
そうですね。
このままだと、海にたどりつけません(笑)。
吉本 うーん(笑)。
じゃあこれから先は、よっぽど気になった子だけ、
名前を教えてもらうようにします。
わかりました。
じゃあ、行きましょう。
  (来た道を戻り、
 ふたりは駅をこえて海へと向かいます)
もうちょっと行くと、
「成就院」というお寺があります。
吉本 アジサイの?
そうそう、まだ咲いていないんですが。
吉本 ‥‥あ、これ(立ち止まる)。
これ‥‥なんだろう?
聞いちゃおうかな、この子の名前。
どれですか?
吉本 これ、この子です。
ああー、はい。
吉本 かわいいなあ。
これは、もう花なんですか?
いえ、これから咲くところですね。
吉本 これから咲く。
‥‥ああ、下のほうにも。
ありますね。
吉本 よく見ると、たくさん。
ほら、このあたりに、
花が開いているのがありますよ。
吉本 あぁ‥‥。
これは、ゲンペイコギクといいます。
吉本 ゲンペイコギク。
「源平合戦」のゲンペイです。
吉本 えー、「源平合戦」。
今は白い花ですけど、
これがだんだん赤く、
ピンク色になってくるんです。
吉本 そうなんですか。
‥‥でも、どうして「源平合戦」なんですか?
ゲンペイコギクは、
たくさん集まって咲いているんですよ。
吉本 こんな感じでですか?
もっとたくさん、わーっと。
すると、白い花と赤い花が、
こう、入り乱れてくるんです。
その様子が、赤白の旗色のようだと。
吉本 なるほど、それで。
はい。
この近辺には、すごくたくさん生えてますね。
たぶん、鎌倉という土地だから
好まれているんじゃないかと。
吉本 そうか、そうか、そうだね。
このあたりの人が。
はい。
ほぼ野生化に近いですが、
園芸用としてもありますから。
エリゲロンという名前で売られています。
吉本 エリゲロン。
‥‥ゲンペイコギクのほうがいいですね。
はい。
ですからやはりこの土地でその名前が好まれて、
植えられたものもけっこう多いと思います。
吉本 鎌倉ですもんね。
「源平合戦」。
へえー、そうなんだぁ、なるほどねぇ。
ゲンペイコギク。
吉本 ゲンペイコギク、かわいいねえ。

鎌倉らしい、みちくさの名前が登場しました。
ゲンペイコギク。
これを機会に「源平合戦」についても、
ちょっと調べてみてはいかがでしょう。
もっと印象的に、
このみちくさをおぼえられるかもしれませんよ?

すこしずつ、海に近づいてきました。
次の「みちくさ」は、金曜日に。
「春の鎌倉でみちくさ」編は、
火曜日と金曜日の更新でお届けしています。

 
吉本由美さんの「ゲンペイコギク」
 

子供が初めて描く“お花”は、
黄色い花心が白い花びらに囲まれたキクの形が多いという。

ウチの近所の保育園にも先日まで、
そういう“お花”が壁にたくさん張り出されていた。
その園の玄関先の花壇には、
絵のモデルとなったらしい
ゆで卵の輪切りのような
黄色い丸を白く囲った小さな花がたくさん咲いていた。
本物と絵とが素敵なコラボレーションを見せ、
その建物ぜんたいが「しらぎくの園」といった風情で、
通りかかる人たちの目を和ませていた。

花は4月初めから咲き始め、
5月に入っても次から次に咲き続けていた。
「デージー」と大ざっぱに呼んでいたが
本当は誰だろうかと気になり園芸本で確かめたけれど、
ほんとのところはわからなかった。
デージーほどの背丈だが
デージーほどには花にふくらみがない。
ハマギクの花にいちばん似ている気がするが、
ハマギクの開花時期は9〜11月だから、やはり違う。

ほかの園芸書やいつもの『牧野植物大図鑑』を繙くも、
今ひとつはっきりしない。
似たようなものが多いだけで、
コレってものがない。
というか、
黄色い花心に白い花びら・・・という形の花が
いかに多く存在するかを改めて知ったのだった。

そうこうするうち鎌倉へ。
そして某所の石垣に、
未来に向かってにょっきり伸びている
「E.T」の目玉みたいな小さな丸いものを見つけたのだ。
ハッとした。
保育園の花の蕾に似ていたから。
もしかして?
ドキドキしながら森さんに訊くと、
ゲンペイコギクというお教えだった。
園芸書や『牧野植物大図鑑』にはなかった名である。
花も可憐でさらりとした雰囲気。
デージーのむっちり肌
(花びらを分厚く付けている様子)より
こちらのほうが保育園の花に近い。
それに名前もいいではないか、
ゲンペイコギク。

鎌倉から帰ってしばらくのちの6月初め、
確かめようと
ゲンペイコギクの写真を持って保育園の玄関先に行った。
すると、
なんたること、
何もない!
花壇が掘り返され、
そこにふかふかの黒い土がたっぷりと盛られ、
あれだけたくさん咲いていた花の痕跡が見事に消えていた。
根っこの端切れさえもない。
跡形もなく、というのはこのようなことか。
壁の“お花”の絵もなくなっていた。
呆気にとられ、
園の人に訊いたら、
6月から花壇も模様替えをするので
5月末に手入れしたという。
うう〜む、手入れかあ。
でもですねえ‥‥。
いくら模様替えとはいえ、
あんなに元気に咲き誇っていた花を
どういう肝を据えれば
いきなり引っこ抜けるものなのだろう。

ちょっと宮崎の口蹄疫殺処分問題を思い起こして
気が滅入った。
園芸に使う花は
枯れるまで待ってはもらえない運命なのか。

2010-06-08-TUE
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(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN