「春の鎌倉でみちくさ」編  今回の先生/森昭彦さん プロフィールはこちら
名前その43 ヒメオドリコソウ
水ぎわのヒメツルソバをながめたあと、
森さんと吉本さんは、
畑の横の、野菜が植えられていない場所を見つけました。
この季節には、そんなちょっとした場所にも
たくさんのみちくさが生い茂っています。
さて、吉本さんが気になったみちくさは‥‥?

吉本 いろんな子が、たくさん咲いてますねえ。
この季節はほんとうにみごとですよ。
吉本 あ、これ、これは何でしたっけ?
はい、かわいいですよね。
これはとてもよく見かける子です。

吉本 うーーーーん(笑)。
なんだっけ?
みちくさの名前で、一度おぼえた子かも?
あ、そうなんですか?
吉本 おぼえたような気がするんだけど‥‥。
思い出せない。
吉本 すごい寒いときとか、
これから花が咲くぞっていうときにしか
みちくさをしてないから、
一度教えてもらっていたとしても‥‥。

だいぶ姿がちがいますよね。
吉本 そう、そうなんです。
いわゆる全盛期を見ていないんですよ。
じゃあ、ちょっと難しいかもしれません。
吉本 ‥‥なんていう名前なんですか?
この子は、
ヒメオドリコソウといいます。

吉本 ‥‥ヒメオドリコソウ。
それ、みちくさの名前で、やってない(笑)。
まったくやってなかった。
なにとまちがえたんだろう?
よく見かけますから。
吉本 そうかあー、
すっかり、すでに出会った子だと思ってました。
そうですか。
じゃあ、よかったですよね、
あらためておぼえることができて。
吉本 はい。
あー、たしかに、この段差が、
ドレスをいっぱい着けているようで、
踊り子さんみたいです。
こんにちわ、こんにちわって、
四方八方に言ってるみたいで、
愛らしいですよねー。

吉本 かわいいかわいい。
たくさんいると、なおさらかわいいです。
踊り子さんがたくさんいるみたい。
これは、ぜひおぼえてください。
ヒメオドリコソウ。
吉本 ヒメオドリコソウ、ヒメオドリコソウ‥‥。
シソ科の植物です。
吉本 ほんとだ、シソっぽい。
うん、大丈夫、もう忘れません。
‥‥でもどうして、
知ってるつもりでいたんだろう(笑)。

「踊り子」ということばを頭に浮かべながら
このみちくさをながめると‥‥。
ね? ヒメオドリコソウという名前が
とても印象的に記憶されませんか?
たしかにとてもよく見かけるみちくさです。
しっかりと、おぼえておきましょう。

次の「みちくさ」は、火曜日に。
「春の鎌倉でみちくさ」編は、
火曜日と金曜日の更新でお届けしています。

 
吉本由美さんの「ヒメオドリコソウ」
 

ヒメツルソバ同様に、
オドリコソウより小さいから
ヒメオドリコソウであるそうな。

オドリコソウのほうは
どこから来たのか以前
1本だけ外庭に生えていたことがあるので知っている。
ぐんぐん伸びて葉を茂らせ、
シソかしらと思っているうち蕾がついた。
それが変わったつき方で、
茎のまわりを小さな蕾いくつかでぐるっと取り巻くのだ。
シソと思い花穂を考えていたので
意外なスタイルに「へえー」って感じ。
いったい誰だろう?
でも、まだ、牧野センセーにお訊きするには早過ぎる。

蕾は徐々にふくらんで、
ある日、ランの花のような形に開いた。
つまり上下に大きく裂けて、
上の部分が帽子状になっているのだ。
ここで『牧野植物大図鑑』を繙き、
それがシソともランとも何ら関係のない植物と知る。
帽子のような部分を編笠に見たて、
それがぐるっと並んでいるのを笠をつけて踊る人々に見立て
オドリコソウという名がついていた。
そういわれると、
なるほど、なるほど、
うつむき加減に並んだ花たちに
「風の盆恋歌」で有名な
越中おわら祭で踊る女の人たちの雰囲気あり。
淡いピンク色の花びらも、
踊る女の人たちの上気した耳たぶみたいで、
色香があった。

残念ながらヒメオドリコソウに
そういう魅力は備わっていない。
森さんから名を聞いても、
ウチの外庭に生えていたものと
親戚筋と直ぐには思い浮かばなかった。
しかしこっちにはこっちの魅力ってものがある。
小さくて見落としがちだが、
今日みたいにたくさんで咲いていると立ち止まり
「やあ、やあ、やあ、可愛いねえ」と口に出る。
葉が幾重にも重なっているのが
鶏やエリマキトカゲを思わせ愉快だし。
カメラを向けると全員こっちにカメラ目線だし。
今にもコーラスが始まりそうな気もしてくるし。
何かぺちゃくちゃと楽しく騒いでいる少女たちのよう。
花自体に踊り子の雰囲気はないが、
重なり合った葉を振るわせて踊り出しそうな雰囲気が、
あるにはある。

2010-06-04-FRI
次へ 最新のページへ 次へ
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN