オカ
ぼくはいま吉本興業のアドバイザーも
務めさせていただいていて、
アメリカのコメディを
日本に持ってこようとしています。
そして「笑い」にも日本とアメリカで
ずいぶん違いがあるんです。
たとえば、アメリカでは絶対
(叩き)ツッコミはないんです。
糸井
あ、そうなんだ。
オカ
「なんでやねん(バーン!)」が、
虐待になっちゃうから。
糸井
はあー。
オカ
あと、もうひとつ理由があると思います。
日本ではツッコミが笑いの合図になって
みんな同じタイミングで笑いますけど、
アメリカの劇場ではそれぞれが
自分のタイミングで笑うんです。
「何がおもしろいかはそれぞれ違う」という
感覚があるから、みんな自由に笑う。
そしてさまざまな「笑い」自体が、
そういう発想の作られ方をしています。
糸井
日本人の「笑い」の見方って、
たぶん「のぞき見」なんですよね。
おもしろいシチュエーションを
お客はこっそりのぞいている、という。
だから基本的に観客側は
「自分のすがたは見られてない」が前提。
だから日本でもし
お客さん側をライトで照らしたら、
たぶんやりにくくなるし、
観客に呼びかけるスタンダップコメディも、
あんまりない。
日本人は自分を消して観客席にいるんです。
オカ
その「のぞき見」スタイルは、
みなさんが空気を読んで、
周りに迷惑がかからないように
してるということですか?
それとも、シャイということですか?
糸井
いや、たぶん「参加」したくないんです。
その場に対して
「参加」という責任を持つのが嫌で。
オカ
なるほど。
そこも、その感覚なんですね。
糸井
TwitterとかFacebookでも
読むだけがいい、という人が
わりといるじゃないですか。
海外でそういう人が多いのか少ないのかは
わからないけど、
日本でそういう姿勢が選ばれがちなのは
「のぞき見」スタンスだから、
という気がするんです。
発言すると「参加」になるから。
個人を出すのが嫌なんです。
オカ
ひとつ思い出したことがあって、
ぼくは映画のプロデュースもしているんですが、
先日、日本で役者さんたちの
オーディションをしたんです。
それで不思議に感じたのが、
日本の女優さんたちがオーディションで
個性を出そうとしないことなんです。
アメリカの監督からすると
「やる気ないんだな」と思われるほどです。
ぼくはオーディションって
いかに個性を出すかという場だと思うんですが、
きっと考え方がぜんぜん違うんだなと気づかされました。
「日本の監督の場合は自分色に染めたいから
逆にオーディションで
個性を尊重しない方が良い」
とうかがったのですが、
その違いが、すごく不思議でした。
糸井
どう考えればいいんでしょうね。
日本の場合は、役者も事務所も
個性じゃなく
「素材を買う」みたいな発想なのかな。
オカ
そうですね、ぼくは事務所の考え方に
問題もあると思うんですよ。
もちろん事務所にもよりますが、
タレントを「商品」としか捉えてないように
感じるときがあります。
それだと、タレントさんたちも
クライアントのニーズに合わせる事だけに集中し、
自身も自分を出すことに萎縮すると思いますね。
糸井
女優さんでも、
宮沢りえちゃんとか、小泉今日子さんとか、
絶対大丈夫な人はいるんですけどね。
そういった人は、どんな場でもなんとかするし、
どの場所にいてもおもしろい。
オカ
それは、場数をたくさん踏んでいるからでしょうか?
糸井
いや、本人の資質もあると思います。
自分を見せない人って、
いくら年とっても、そうですから。
オカ
そうですね‥‥でも、個性を見せない人たちは、
ぼくにはすごくもったいなく思えますね。
みなさんは、自分のありのままの個性に
自信を持てばいいと思うんです。
いつもぼくは「You are enough.」って言うんです。
自分でいいんですよ、その個性で。
あなたがいることがもう素晴らしいんですよ。
それ以上のものは必要ないし、
ほかの人にあわせることなんかないわけですから。
糸井
そうですね。
‥‥とはいえ、
話が変わっちゃうかもだけど、
ぼくは自分がリーダーだとして、
若い人たちに
「何でもいいから個性を自由に伸ばしなさい」
とかは言えないかも(笑)。
オカ
あ、そうですか?
糸井
たぶんそれは、つまんないから。
オカ
つまらないとは?
糸井
「自由に個性を出して」とか言うと、
みんながついつい
平凡なおもしろさに寄っていきがちなのが
ぼくは嫌なんです。
「変わったことをすれば個性だ」
と思いこんでる人、いるじゃないですか。
その平凡さが、変わってないことよりも困るんです。
いっしょに何かするにも、
そういう人は、最初にその誤解を
解かなきゃいけないから、めんどうでもあって。
オカ
なるほど、そういうことなんですね。
糸井
変わっているふりをしてる
平凡な人より、
「普通に見えるけど、ちょっと変だな」
という人に
「よし! そこを伸ばしていけ」
と言うほうが、おもしろく育つと思うんです。
オカ
それ、わかります。
やっぱり作られた個性じゃなくて、
見つけられた個性のほうが本物ですから。
自分で個性だと思ってるものは、
たぶん、その時点ですでに個性じゃないので。
作ったキャラというか。
糸井
そうなんですよね。
そこで思うんですけど、
たとえばアメリカの俳優たちは、
どう個性を育てているんだろう?
オカ
そうですね。
日本では型にはめるんでしょうけど、
アメリカだと型にはめな‥‥あ、
いや、でも、型にはまるなぁ。
糸井
あ、やっぱり?
一同
(笑)
オカ
はめようとはしますね。
糸井
1回、はめますよね。
オカ
マーケティングとしては、はめないとダメですね。
それで入り口ができるから。
いちど型ができると、またいろいろできるんですけど。
やっぱり人って「この人はこういう人だ」と
レッテルを貼れたほうが安心して、
興味を持ちやすくなる。
だから、まずは親近感を作るために型で見せていく。
最初はそうやって親しくなって、
あとからもっと本質的な魅力を見せていくというか。
糸井
マシ・オカさんも最初は、
自分の型を作ったんですか?
オカ
そうですね、作りましたね。
ぼくの場合は
「アジア系のコメディ俳優」という路線で。
この見た目だと、アメリカ人のお客さんからは
感情移入も同情もされないと思ったんです。
だから、コメディ。
それなら見た目は関係ないので。
糸井
素晴らしい、素晴らしい。
そしてきっとその型にたどりつくまでに
きっと苦労もされてますよね。
オカ
そうですね。
でも、小さい頃からほんとうにお笑いが好きで
日本のお笑いを見て育ったので、
コメディは自分のアイデンティティと
ちゃんとつながってたんです。
だから「コメディ俳優」に自分を詰め込んで、
いわゆる「自分の個性」を
そういう型で作りました。
いちど入ってからは、こんどはそれを消して、
また別の自分を出して。
‥‥という感じでやってきたんですけど。
(つづきます)
2016-7-14-THU