『VIVANT』や『半沢直樹』シリーズなど、
大ヒット作品に主演し、
いまや日本を代表する俳優のひとりとして
誰もが認める堺雅人さんは、
じつは20年以上前から
ほぼ日とつながりがあるんです。
糸井重里ともときどき会って、
濃く長いやりとりを交わす仲。
そんな堺さんと糸井が「生活のたのしみ展」のときに
開催されたトークショーでたっぷり語り合いました。
思えば、ふたりの公式な対談はほとんどはじめて。
堺雅人さん独特の役者論から学生時代の思い出まで、
思った通り、いえ、思った以上に
おもしろい時間になりました。
- 糸井
- 堺くんがお芝居の仲間を集めて
稽古をしているのを見学したとき、
ジャズの人たちに似てると思ったんですよ。
- 堺
- へぇぇ、そうですか。
- 糸井
- ジャズの人たちって、初対面だったとしても、
「じゃあ、Dで」とか言ってはじめて、
たのしく演奏したり、
感想言い合ったりするじゃないですか。
あれを演劇でやってるように見えた。
- 堺
- それでいうと、
タモリさんはジャズですよね。
- 糸井
- そうですね。
- 堺
- たぶん人生がジャズ。
だから、なにを言われても
なにかできますよね、あの方は。
あの姿を拝見すると、
自分はとてもできないなと思って。
- 糸井
- でも、堺くんも、そういうほうへ
近づこうとする意思がすごくあるじゃない?
- 堺
- 憧れてるのかもしれないです。
だから、タモリさんは全範囲だけど、
自分の場合はすごくフィールドを
狭くして、狭くして、
「ここなら似たことができる」っていうところで
やってるのかもしれないです。
- 糸井
- すっごく積極的にそれをやってように思える。
「これならできる」っていう、
自分の領域にたいして。
- 堺
- たとえば、「台詞を覚える」っていうのも
そうなんですけど、ぜんぶ覚えて、
無意識にできる状態になって現場に入るんですね。
- 糸井
- はい。
- 堺
- だから、台詞をいただいたら、
いただいた時間をできるだけぜんぶ使って、
ずっと染み込ませてるんです。
そうすると、現場で、
ちょっと違うものが発見できる、みたいな。
- 糸井
- そうかそうか。
やれるようになってから
あたらしいものが見えてくる。
- 堺
- はい。ぼくはそれでずっとやってきたので。
- 糸井
- 超長台詞とかあるじゃないですか。
平気なんですか?
- 堺
- 平気じゃないですけど、
いただいた時間をかけてぜんぶやります。
だから、お経だと思って。
- 糸井
- あーー、お経。
- 堺
- お坊さんがお経をずっと読むじゃないですか。
読経というのかな。
あの感じで、毎日、素読するんです。
- 糸井
- 素読。
- 堺
- 素読をずっと、頭から最後まで、
わぁーっとしゃべってる。
- 糸井
- 文字や表現を変えないわけですよね。
- 堺
- ぼくは変えないです。
お経を変えるお坊さんはいないな、と思って。
あと歌詞を変える歌手の方も
あんまりいないですよね。
- 糸井
- いないですね。
ときどき、本人が変えて歌ったりするくらいで。
- 堺
-
本人ならいいんですよ。
でも、それはぼくのことばじゃないから。
「違う人が書いたことばを、
ぼくのことばとしてしゃべる」
っていうのがぼくの役割なので。
お経を自分のことばでアレンジする
お坊さんはいないと思うんです。
だから、できれば、一字一句、
誤字脱字も含めて、そのままやる。
- 糸井
- 誤字脱字も。
- 堺
- はい。仮に誤字脱字があったら
「誤字脱字だな」と思いながら、
そのとおりにやりたい。
- 糸井
- いままでに台本や脚本に
ほんとうに誤字脱字はありましたか?
- 堺
- はっきり覚えてないですけど、あった気がします。
で、すみませんって、現場で直されて。
そうすると、ぼくも直します。
- 糸井
- ぼくは逆に、書く側の人間だったりするんだけど、
自分のこととして言えば、
そんなにきっちりとお経を書いてるつもりじゃない。
- 堺
- あぁーー。
- 糸井
- なんとなく出ちゃったものを、
そのまま書いて出すっていうのは、
書き手はわりと自由にやりますよね、
あとで直すにしても。
- 堺
- 書き手はいいんです。
教祖ですから。
- 糸井
- そうか(笑)。
- 堺
- 書き手はいいんですよ。
こっちは伝える側なので。
- 糸井
- 媒介だからね。
- 堺
-
そうなんです。
ぼく、祝詞(のりと)をあげる側なので。
神様はいいんですよ。
僕は祝詞をいただいている方なので、
それは神様の気まぐれも含めて、
そのまま変えずに伝えるのが役割です。
聖書が矛盾してるからここを変えた方がいいな、
っていうことはしないわけじゃないですか。
だから、その通りに、やる。
- 糸井
- 聖書にも誤字はあっただろうね。
- 堺
- 誤字はあってもいいし、
直すべきときにその立場の人が直せばいい。
- 糸井
- 「息継ぎ」はどうでしょう。
どっちのものでもないですね。
- 堺
- あーー、そうですね。
‥‥台本に、読点(「、」)はあるんですよ。
- 糸井
- 点も丸もある。
- 堺
- それは書く人が書いてますから。
- 糸井
-
ただ、書いてる人は、
句点(「。」)はともかく、
読点(「、」)はそこまではっきり考えてなくて、
なんなら違うところに打ちたい
っていうのもあるかもしれないし、
役者さんとしては、相手の台詞がこう来たら、
こっち側では点丸の位置変わるぞ、
くらいのことは、あり得るんじゃないでしょうか。
- 堺
- ‥‥点、丸は、再現性は低いです、ぼくは。
そこは、ちょっといま、反省。
- 糸井
- いやいやいや(笑)!
- 会場
- (笑)
- 堺
- なんなら、点と丸はちょっと意識して
崩してるところさえあります。
点で長く間をとって、丸があるのにつなげるとか。
- 糸井
- はいはい、シンコペーションみたいに。
- 堺
- そうです、そうです。
- 糸井
- あれかっこいいですよね。
- 堺
- ちょっと悦に入ります。
- 会場
- (笑)
- 堺
- 長ゼリ(長台詞)のときは、
うわーって行くのが好きだったりする。
点と丸をあえて無視して、
ちょっと脚本家の方を挑発してみたり。
- 糸井
- それはたのしいでしょうね。
- 堺
- たのしいけど、神様に仕える身としては、
本来、やっちゃいけないことだなぁと。
- 糸井
- まあ、まあ(笑)。
- 堺
- だから、点と丸を極めたら、
もう一段、違うお坊さんになれますね。
- 糸井
- そうかもしれないね。
(明日に続きます)
2026-09-03-THU
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