国語とからだの役者論 国語とからだの役者論
『VIVANT』や『半沢直樹』シリーズなど、
大ヒット作品に主演し、
いまや日本を代表する俳優のひとりとして
誰もが認める堺雅人さんは、
じつは20年以上前から
ほぼ日とつながりがあるんです。
糸井重里ともときどき会って、
濃く長いやりとりを交わす仲。

そんな堺さんと糸井が「生活のたのしみ展」のときに
開催されたトークショーでたっぷり語り合いました。
思えば、ふたりの公式な対談はほとんどはじめて。
堺雅人さん独特の役者論から学生時代の思い出まで、
思った通り、いえ、思った以上に
おもしろい時間になりました。
第1回 「聞く」には価値がある
糸井
堺くんとは、これまで、
ものすごくしゃべってるんだけど、
人がいるところでしゃべるというのは
はじめてじゃないだろうか?
そうかもしれないです。
はじめてかもしれないです。
写真
糸井
ですよね。
そもそも、堺くん自身も、
宣伝の取材とかは散々受けてるけど、
こういう対談とかは、あんまり。
やったことないかもしれないですね。
人様にしゃべりたいこともとくにないですし。
会場
(笑)
糸井
でも、ふたりでいると、
どうでもいいことは、いくらでもしゃべれる。
はい(笑)。
糸井
そういう堺くんですけど、
まず、個性として触れておきたいのは、
「下調べ」する人だとぼくは思ってるんです。
この「生活のたのしみ展」の会場にも、
すでに一回、初日に来てますよね。
そうです、そうです。
下調べってわけじゃないんですけど、
海苔を買いたくて。
会場
(笑)
糸井
はいはい、海大臣ですね。
海苔と、あと鰹節(田口商店)が
とってもおいしかったです。
それと、カレー(カレーの恩返しカレー)も。
糸井
ありがとうございます。
いつも生活のたのしみ展のときには、
大量にお買い物をしてくださって。
はい(笑)。
写真
糸井
ほんとうの「下調べ」でいうと、
『真田丸』をやるまえに
群馬の沼田に行ってたって話を聞いて。
ぼくは知識がないので、真田幸村の準備で、
どうして群馬に行くんだろうと思ってたんです。
真田って、
街道を押さえてる人たちだったんですよね。
あのころは重要な道を1本押さえてたら、
戦国大名として名乗りを上げられた時代だったんです。
沼田のあたりは、いい道だったんでしょうね。
糸井
だけど、かなり遠い場所ですよね。
そういうところへ、撮影のずいぶんまえ、
「これから真田幸村をやるんですよ」
っていう時期に行ってたと聞いて、
この人はおもしろいなと思って。
行きました。
いや、でも、たいてい無駄になるんです、
そういう準備って。
糸井
そうですか。でも、暑さ寒さの感覚だとか、
周りに見える景色だとか、
そういうことの実感というのは、
やっぱり現地に行ったらぜんぜん違いますよね。
写真
たしかに、身を委ねてみると
わかることって、ありますね。
でも、それは後から効いてくるというか、
最後の最後で出るスパイスのような気がして。
やっぱり準備しすぎると、
最初は、文字情報にしばられてしまうというか、
頭でっかちになってしまって。
糸井
ああ、なるでしょうね。
でも、最後には、そういった準備が、
ふわっとした情緒とか、
からだのものとして出てくるなぁって。
じつはぼく、そこがとっても苦手だったんです。
糸井
もともと、からだの部分が。
はい、役者として。
国語だけでぜんぶ済ませてたところがあるので。
糸井
言語が並んでいれば、理解できたと思ってたわけだ。
はい。
体育がそこに入るようになったのは、
本当に最近です。
糸井
あ、そうですか。でもぼくは、
堺くんがそういった、からだのことを
貪欲に取りに行ってる姿勢を知ってますよ。
この人はいつもそうなんだなと思ってた。
たとえば、時代劇をやるときに、
歩き方の練習なんかを
そうとう念入りにやってたじゃないですか。
そうですね、はい。
糸井
実際に、ふだんも下駄を履いて生活したりして。
あれは、当時の人の歩き方をしないと、
自分の中に役が入ってこないということですか。
写真
そもそもは、はじめて時代劇をやった時に、
あまりにも所作ができなすぎて、
日本舞踊を習いはじめたんです。
そしたら、日本舞踊のお師匠さんに、
「腰のもの(刀)がね、けっこう重いのよ。
実際に着けて歩いてごらんなさい」って言われて。
あと、草履の生活だったら、
「草履を履いてごらんなさい」って。
そういうアプローチがあるんだと思って、
いろいろ試してみたんです。
糸井
そういうことをするのは、うれしかったですか。
うれしかったです(笑)。
そういう発想がなかったので。
文献ばかり読んで、わかった気になっていた。
「腰のものが重い」っていうのも
やってみると実感できて。
二本差しって、そうとう重いんです。
5キロから、重いのは10キロぐらいある。
糸井
米袋ひとつ分ですね。
ですね(笑)。
だから明治維新のときに
大小(だいしょう)を差さなくなった人が
「バランスが悪い」って言って、
わざわざ重い矢立(やたて)を差して、
やっと歩けるようになったっていう話を聞いて。
それはなんていうんですかね、
文献には残らない、感覚の話なので、
そういうことを実感できるとすごくうれしかった。
糸井
じゃあ、以前はわりと、
文字情報だけを読んで取り入れて、
そうか、っていう感じだった。
頭が先でしたね。
旅行でも、まずガイドブックを見て、
最初にぜんぶ下調べをして、
それを追体験するように現地をたのしむ、
みたいな感じだったんですけど、
最近ようやくというか、文字を介さずに、
体だけで丸ごと体験する喜びを
味わっているというか。
糸井
ずっとそれをしている人だと思ってましたよ。
だって、演劇の人じゃないですか。
からだありき、でしょう。
そうなんですけど、ぼくはどうも
演劇を国語の延長で考えてたみたいです。
写真
糸井
えっ、舞台に立ってるけど、
本を読んでたってこと?
本を朗読してたんです。
糸井
朗読。
それも、けっこうハイカロリーで朗読するという。
だから、国語の延長でした。
糸井
ええー!
いま思えば。
だから、いまでも、文字で説明されると、
スーッと入ってくるんです。
糸井
はーーー、そうですか。
写真
(明日に続きます)
2026-09-01-TUE