ほぼ日刊イトイ新聞
縄文人の思い。~津南の佐藤雅一さんに訊く、縄文と今と未来がつながるところ~

新潟県津南町にある縄文文化の体験施設
「なじょもん」の佐藤雅一さんは、
縄文人の「思い」に、思いを馳せます。
彼らは、どんなことを考えて、
燃えるような火焔土器をつくっていたのか。
そこに込められた意味や思いに、
どうにか接近しようと、試みています。
縄文時代と現代は、つながっている。
それは未来にも、通じている。
佐藤さんの話を、たっぷりうかがいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。
全7回の連載として、お届けいたします。

佐藤雅一さんプロフィール

第2回
縄文人は、頭がいい。

──
佐藤さんは、ちょくちょく
「縄文人は頭がいい」って意味のことを
おっしゃいますけど、
そのあたり、もっと詳しく聞きたいです。
佐藤
それはつまり、
生きる力を持ってるってことだよね。
──
なるほど、当時の過酷な環境を。
佐藤
たとえば、厳冬期、このあたりには、
雪が3メートル、4メートル積もる。

そんなところに、
現代の人間も生きてるわけだけどさ。
──
ええ。
佐藤
俺らガキのころは除雪車なんかないし、
本物の豪雪となれば、
電線をまたいでる写真もあるくらいで。
──
ひゃー、そんな世界。
佐藤
で、そういう環境のもとで、
縄文人だって生きていたわけですよね。
──
ああ、なるほど。
佐藤
いろいろ調べたんだけど、
移住越冬なんかもしてなかったみたい。
──
風雪を防ぐ家も暖房もない時代に。
佐藤
縄文の人たちは、こういう環境のもとで、
生き抜く力を持っていたんです。

100日くらいあるんですよ、だいたいね。
雪の期間っていうのはね。
──
1年のうち3ヶ月くらいは雪ですか。
佐藤
そう、その100日間を生き抜くために、
このあたりのばあちゃんたちは、
5月の連休あたりになると、
山に入っていって、
ゼンマイなんかを採りはじめるわけ。

次の冬を越すための食料を、
雪が消えたら、すぐ集めはじめるの。
──
なんというか、昔は、
1年全体を使って生きてたんですね。
佐藤
このあたりの地域が多雪化したのは、
8千年くらい前に、
日本海に対馬暖流が流れ込んで以降。

それから‥‥とまでは言わないけど、
今もまだ、この地域の年寄りは、
雪が消えた瞬間に
山んなかへゼンマイを採りにいって、
採ってきたゼンマイをもんで、
むしろを敷いて、
乾燥させて保存食にしているんです。
──
今も、変わらず。
佐藤
たぶん、多雪化する前は、
せいぜい1メートル積もるくらいの、
乾燥した冬だったんです。
──
そうなんですか。じゃあ、そこから、
3メートル4メートルの豪雪地帯へ。
佐藤
つまり、縄文人は、
激変する環境に適応する力があった‥‥
現代の俺らのように、
便利な道具や科学技術がなくたって、
環境に適応する能力があったんです。
──
その意味で「頭がいい」んですね。
佐藤
縄文人という、
厳しい自然と共生していた人類から、
俺らは、学び得ることが、
まだまだ、たくさんあると思います。

何も、縄文社会に立ち戻って、
縄文人と同じ生活をしようだなんて、
そんなことを
言ってるわけじゃなくてね。
──
ええ、ええ。
佐藤
たとえば、俺らは、山へ入るときは、
白樺の木の皮を剥いで、
マッチと一緒に鞄に入れとくんです。
──
へえ、白樺。どうしてですか。
佐藤
どんな状況でも火を点けられるから。

白樺って、皮が油を持っているから、
火が点きやすいんです。
──
それを知っていると知らないとでは、
いざというとき、
ぜんぜんちがうことになりそうです。
佐藤
俺たち、今ね、
当時と同じような土器をつくって、
鮭を煮たり、
そこに熊の肉を入れたりして、
いろんなデータを取ってるんです。

どんな動植物を入れると、
どんな割合の脂肪窒素の煤がつく、
みたいな基礎データをね。
──
ええ。
佐藤
それを本物の縄文土器についた煤と
比較検討していくことで、
当時の人々が、
おおよそどんなものを煮ていたかが
わかってくる。
──
つまり、何を食べていたかが‥‥。
佐藤
わかる。するとね、鮭だけを煮ても、
なかなか当時のような煤はつかない。

試行錯誤しているうちに、
雰囲気や色、艶‥‥いろんな観点で、
栃の実を一緒に煮たときに
付着する炭化物が、
縄文土器につく煤に類似したんです。
──
栃の実。
おばあちゃんが、かじってたやつ。
佐藤
食べたことある?
──
栃の実ですか? ないです。
佐藤
食べられないよ、渋くて。
カロリーは高いんだけど、渋くてね。

でも、そこで縄文人は、
渋みを抜く技術をどうにか工夫して、
食料にしていたんです。
──
どうやって‥‥。
佐藤
灰で煮るの。
アルカリ成分で渋みを抜くんですよ。

で、その栃の実を食べる習俗が、
このへんの地域にも残ってるんです。
──
縄文人が知っていて
ぼくたち現代人が知らないことって、
山ほどあるんですね。
佐藤
あるある。

骨角器にしても、縄文時代の人々は、
こういう用途の道具であれば、
この動物のここの骨がいいんだって、
わかっていたはずです。
──
自然から学ぶ智慧ですね。
佐藤
でもね、1万年という時間のなかで、
縄文人たちは、
独自の文化をつくり上げてきたけど、
残念なことに、農耕社会の到来で、
その技術や智慧は継承されなかった。
──
いったん断絶してる、と。
佐藤
なんせ、8千年前の貝塚から、
マグロの痕跡が出てきてるわけです。

マグロってのはつまり、
外洋まで行かなきゃ捕れないわけで、
どうやったのか知らないけど、
行って、獲って、帰ってきてるわけ。
──
すごい。
佐藤
縄文の智慧と技術の、すごさですよ。
<つづきます>

2019-02-07-THU