![]() |
| 「あのくさこればい」の対談版。 (雑誌『編集会議』の連載対談まるごと版) |
第5回 失敗例も、じゅうぶん記事になる。
------------------------------------------- <鳥越さんのお見舞いに失敗した話。> (2000年3月21日) ご承知のとおり、っていうかー、 知らなくてもいいんだけれど、この原稿を書くのって、 二度目なんだよねー。 さっき書いたのは、すっごくおもしろかったのよ。 抱腹絶倒感謝感激ってかんじ? もう、あんなの二度と書けないね。 我が人生の最高傑作でしたね。 吐きそうなくらいよかった原稿が、消えちゃって、 落胆しながら、もう一度自分のあほさについて書く。 よーし、題して『あほくさ おればい』だ。 鳥越さんのメールに、病院の名前が書いてあったので、 いちどお見舞いに行きたいと思っていたのですよ。 絶対安静といっても、ひまな時間の使い方に悩んでいる というような病人だったら、とりあえずは、 「どうも」くらい声かけて、「じゃ」くらいの タイミングで帰ってくれば、大丈夫かなとか。 あるいは、面会できません、ってことでも、 その場で、メモかなんかちゃかちゃかっと書いてね、 「じゃ、これをお渡しください」とか言って、 風のように去っていくってのもアリだと思ったし。 鳥越さんのことだから、 大げさに「見舞いであります」ってのは よくないなぁとは考えたんですよ。 来いと言われていれば、どれか仕事すっとばして、 じゃかじゃんっと行くんですけれど、 お呼びでないかもしれないし、とにかく、 ふらっと軽い感じで行こうと思っていたのです。 ちょうど、20日の休日に時間が空けられるのも、 わかっていましたしね。 会えない時用のメモにする白い紙と、ボールペンと、 ぼくも愛用している「保温カップ」「魔法瓶」を、 ほぼ日永久紙ぶくろに入れてね。 あったかい日だし薄着にコート着て、一路、病院へ。 休日は、正面入り口でなくて、夜間用の入り口から、 受付を通って入ることになっているらしい。 受付といえば「嬢」なんだという先入観があるけれど、 ここには嬢でなくおじさんがいた。 病院というと、白衣とかのイメージがあるけれど、 ここの人の服装はどちらかというと、 警備のイメージだった。 怪しまれない中年をめざしているぼくは、 受付を素通りするのではなく、あえて、 積極的にその警備的服装の受付おじさんに語りかけた。 「あの、すみません。鳥越さんをお訪ねしたいんですが」 「ああ、はい。鳥越さんですね」 ぱらぱらぱら(踊っているのではない) 「えーっと、鳥越さん・・・いつ頃の入院ですか?」 「たしか、数日前ですが、正確には忘れました」 「あ、数日ってことです、か」 ぱらぱらぱら(名簿をめくっているのだ) 「おられませんねぇ」 「あ、そ、そうですか?」 鳥越さんは、考えてみればニュースキャスターだ。 看板背負ってる男一匹だ。 本名で入院なんかしてたら、悪気のあるマスコミとかに、 策略的な記事の取材をされて、 ろくでもない労力をつかってしまうかもしれない。 そういうことをあらかじめ防御するためには、 それなりの方法を講じてあるのかもしれない。 そう考えはじめた時に、受付おじさんが質問してきた。 「他の名前で入っておられるってことはありませんか?」 クイズなら、なんとか答えるべきだろうが、 この場合には思い当たらなければ、それで構わないはずだ。 『烏越(からすごえ)』さんとか、いちおうは 外した感じの解答は考えたのだが、呑み込んだ。 「ちょっと、わからないです」 もしかして、ぼく自身が、 悪意あるマスコミの人間のひとりとして この受付警備の人には認識されているかもしれない? そういうことも思ったけれど、すぐ自分でうち消した。 俺にはそれだけの迫力も格もない。 病棟に電話連絡してくれたりもしたけれど、 鳥越さんは発見できなかった。 「60歳の方なんです」と、ひとつだけヒントも出した。 「ああ、そうですか。鳥越さん・・・ねぇ」 そこから先は、もうめんどくさくなったので端折る。 だって、いちど書いたんだもん、そのへんのこと。 ぼくは、鳥越さんのメールに記されていた病院名が、 ここでよかったのかどうかさえ確信できなくなった。 こういうこともあろうかと、 いつもは持たない携帯電話を持ってきたのだが、 この電話の使い道はなかった。 ほんとうは、家に電話して、ヨメに 「メールの受信箱を開けて、鳥越さんで検索して、 病院名のあるメールを見つけてくれ」と、 頼むべきなのだが、 この時メールは、ファイルの移動中で、 開くことができない状態にあったのだ。 結局、方法はひとつだけだった。 「どうもありがとうございました。 また、出直して参ります」 俺は、人生出直し男だ。桂文楽以上のリサイクルマンだ。 ああ、なに言ってるのかわからないだろう、読者も。 自分にはわかっているんだけど、説明してられない。 なにせ、二度目の同じ様な原稿だ。 ぼくは、駐車場に戻った。 駐車だって30分以内だから100円。 安いもんじゃねぇか、女将。 もうちょっと鳥越さんのアイデンティティーについて、 知識があれば、もっとあの受付のおじさんとの 意見の交換にも深みが出たのかもしれないが、 よくよく考えてみたら、ぼくは、鳥越さんとは、 ぬあんと!一度しか会ってないのだった。 なんだかすっごくよく知っているような気になっていたが、 一度しか会ってないし、去年の暮れに初めて会うまでは まったく知らない人だったのだ。 男女の仲にあえてたとえれば、 ワンナイトラブだ、ジョンとメリーだ、行きずりのコイだ。 そういうことにいまさら気がつくと、 ほんとに驚くねぇ。 インターネットってものが社会を変えるって、 いつもみんなが軽く言ってるけれど、ホントだよ。 一度しか会ってないなんてことは、 どうでもいいんだもの。不思議なもんだ。 それが、お見舞いとか行っちゃって、 出直して参りますって・・・妙だよねぇ。 読者に元気そうなようすを伝えたくてね、ってったって、 読者とだって、一度も会ったことないっつーの。 親しさって、なに? 毎日顔を合わせていたって、 見舞いはおろか、祝言にも通夜にも 行きたくないって奴も、いるくらいなのになぁ。 というわけで、「はじめてのお使い」にも劣る、 与太郎のお見舞いのおそまつでございました。 ※ ※ ※ 見えるものより見えないもののほうが、 さわれるものより、さわれないもののほうが、 ちからは強いものなのじゃよ 「セフティ・マッチの金の言葉」より https://www.1101.com/torigoe/2000-03-21.html (「あのくさこればい・留守番版」より抜粋) ---------------------------------------------
|
2000-09-12-TUE
![]() 戻る |