MURAMATSU
クルマのことを
俺以外に誰に聞く?!

クルマのことならこいつに聞く。
ぼくには昔からそういう友だちがおりまして。
なんていうか、この「こいつ」のクルマの話は、
いちいち信じられるんですよ。
クルマ好きな読者に、この友だちを、
ちょっとお譲りしましょう。

ただ、この男、「ほぼ日」にはめずらしい
「強気」なタイプです。
「辛口という芸風」も、「毒舌という商品パッケージ」も、
ぼくは大嫌いですが、
「強気」は好きなんですよねぇ。

あ、名前も紹介しておきましょうね。
ムラマツというやつです。

【日本GP/10月31日(土)timed-practice】

その瞬間、シューマッハの眼が変わったのを見逃すほど、
オレはシロートじゃないのである。

予定どおり午後1時に開始された予選で、
まず最初に動いたのはハッキネンだった。
タイムは──1分37秒095。
ハッキネンの名前がこの数字とともに
モニタの最上段にランクされるのを確認したシューマッハは、
いくぶん薄目がちな視線をモニタ画面から外した。
もしこの時のシューマッハに
セリフの“吹き出し”を付けるならば、
フフンと鼻で笑って「やってくれるじゃねえか」
と冷たく呟く以外ありえないと断言するのは
見当外れに過ぎるだろうか。多少意訳を含んで解釈すれば
「ケッ、やっとマジになりやがった…」となるのだが、
話を進める前に当日、
午前中に行われたフリー走行のタイムを
参考までに眺めていただきたい。

《10月31日 フリー走行》
Pos No DriverTeamTireTimeLap Note
13M.シューマッハフェラーリGY1'38.42917
27 D.クルサードマクラーレンBS1'38.67327
38 M.ハッキネンマクラーレンBS1'38.75218
42 H-H.フレンツェンウィリアムズGY1'38.87425
51 J.ビルヌーブウィリアムズGY1'39.88321
610 R.シューマッハジョーダンGY1'40.00321
79 D.ヒルジョーダンGY1'40.14624
85 G.フィジケラベネトンBS1'40.26521
94 E.アーバインフェラーリGY1'40.55215
1011 O.パニスプロストBS1'40.85718
1114 J.アレジザウバーGY1'40.92522
126 A.ブルツベネトンBS1'41.00222
1321 高木虎之介ティレルGY1'41.10518
1418 R.バリチェロスチュワートBS1'41.17225
1515 J.ハーバートザウバーGY1'41.54325
1617 M.サロアロウズBS1'41.82322
1716 P.ディニスアロウズBS1'41.88913
1819 J.フェルスタッペンスチュワートBS1'41.92420
1912 J.トゥルーリプロストBS1'42.78625
2022 中野信治ミナルディBS1'43.01320
2123 E.トゥエロミナルディBS1'43.04826

昨日の結果とあわせて見れば、
ここまで決して突出したタイムの出し方はせず、
互いに牽制しあうように
走行スケジュールをこなしてきたフェラーリと
マクラーレン両陣営の様子が十分伺える。

画像

だが予選となれば、もはや“三味線を弾く”
必要も意味もない。
2位でもいいとか3位じゃダメだとかの
チャンピオンシップのポイントの
話題もここでは関係なく、
チームもドライバーも何がどうあれ、
とにかく相手より前のポジション──
もちろん最前列のポールポジション──
を奪うことに唯一絶対の価値を見出すのが
クオリファイなのである。
もちろん予選で勝負が決することはなく、
決定されるのは決勝レースでスタートする順番だけである。
しかし、予選で行なうタイムアタックに順番決め以外の要素が
含まれていることも確かなことで、
いわばレースには「予選」と「決勝」という種類の違う闘いが
あるのだと理解することは、
今回のチャンピオンシップの行方以上に重要なことなのだが、
そういうコトについてはいずれまた話をすることとして、だ。
いずれにせよ、ハッキネンは一切の我慢も妥協もせず、
自らの速さが如何ほどのものか、
シューマッハが午前中のフリー走行で記録したトップタイムを
1秒以上も上回って示してきたのである。
不気味な薄目に
「隠すモンを隠していたのはオマエだけじゃないんだぜ」
の意も込められていたことは、
シューマッハが“お返し”に放った第一打
──1分36秒769──
のラップタイムが雄弁に物語ることになった。

だが、予選におけるふたりの勝負は、
ハッキネンが2回目のアタックで
シューマッハのタイムを破ることができなかった時点で
決したとみるべきだろう。
ラップタイム更新のためにハッキネンが
マシンのメカニカルなセットアップに僅かながら
変更を加えはじめたのに対し、
シューマッハがメカニックに出したオーダーは
ウイング角の調整程度だったのだ。
ハッキネンは自身のタイムを更新することはできたが、
シューマッハのタイムをモニタ画面の最上段から動かすに
及ばず、予選の1時間を“支配下”で過ごす結果に終わった。 

ただ、タイムアップ間際に行った最後のフライングラップを、
デグナー2コめでダートに
飛び出すことなく走り切っていれば、
1分36秒293を上回った可能性は否定できないが、
ハッキネンのコースアウトを見て
中断したシューマッハのアタックラップにも
同じように可能性があり、
何より記録されなかったデータに
可能性を見出そうとするのは
無意味なことだ。

かくして最終戦・日本GPの予選は終了し、
ポールポジションはシューマッハが奪った。
フロントロウ2番手にハッキネン、
セカンドロウ3番手にはクルサードが、
そして4番手にアーバインが着けることになったのは
下の表をのとおりである。
グリッド的にはチャンピオンシップを争うふたりが
最前列に並び、
その後をチームメイトがフォローするカタチになった。

《10月31日 公式予選結果》
Pos No DriverTeamTire TimeLap
1 3 M.シューマッハフェラーリGY1'36.2938
2 8 M.ハッキネンマクラーレンBS1'36.47111
3 7 D.クルサードマクラーレンBS1'37.49610
4 4 E.アーバインフェラーリGY1'38.1978
5 2 H-H.フレンツェンウィリアムズGY1'38.27211
61 J.ビルヌーブウィリアムズGY1'38.44812
7 10 R.シューマッハジョーダンGY1'38.46112
8 9 D.ヒルジョーダンGY1'38.60312
9 6 A.ブルツベネトンBS1'38.95912
10 5 G.フィジケラベネトンBS1'39.08011
11 15 J.ハーバートザウバーGY1'39.23412
12 14 J.アレジザウバーGY1'39.44812
13 11 O.パニスプロストBS1'40.03712
14 12 J.トゥルーリプロストBS1'40.11112
1517 M.サロアロウズBS1'40.38712
1618 R.バリチェロスチュワートBS1'40.50212
1721 高木虎之介ティレルGY1'40.61911
1816 P.ディニスアロウズBS1'40.68712
1919 J.フェルスタッペンスチュワートBS1'40.94311
20 22 中野信治ミナルディBS1'41.31512
2123 E.トゥエロミナルディBS1'42.35812
--- 107% time --- 1'43.033
2220 R.ロセットティレルGY1'43.2599

しかし、やはりここで気になるのはアーバインである。
セカンドロウに着けるという
最低限のハードルは何とかクリアしたものの、
シューマッハとのタイム差には予想以上の開きがあると
いわざるを得ない。
情報によればマシンの調子に僅かながら
問題があることが発見され、
予定されていたタイムアタックをせずに予選を終了している。
単純なハードの問題であればいいのだが、
昨日の様子を見ても、
何やら最終戦・レースウィークの流れに
乗り切れないでいるように思えてならない。
付け加えるならば、
比較的何事も気にかけない性格のアーバインにしては珍しく、
予選前に深くコンセントレーションする姿が見られたという。

画像

さて、ごく普通の、シーズン半ばのグランプリであれば、
この予選結果から翌日の決勝レースを
多少は想像できるものなのだが、
この最終戦に限っては、
いくつかの予想のうちのひとつが断片的に現実化する程度で、
実際の展開は予測不能の領域で進行するに違いない。
それは、たとえば昨年の“チームプレイ”も
予測の外側の出来事だったように、だ。
少なくともフェラーリはその領域を徹底的に探って
活路を見出そうとするに違いない。
一方のマクラーレンは、
ただいつものグランプリのようにレースをするだろう。
ロン・デニスは「セナとプロスト」時代以来、
基本的な戦略はともかく、
アレコレ策を巡らせるのは善しとしない方針を
敢えて貫いているようだ。
今回の最終戦に際してもすでに下記のような
コメントを出している。

【ロン・デニス:チームオーダーについて】
「我々のチームには勝てる可能性を持ったドライバーが
2人いるのだから、
チームオーダーを出すことが正しいことだとは思っていない。
(仮にそのためにチャンピオンシップを
失うようなことがあっても)後悔はしない。
何故なら我々は1人の人間のためにチームを
運営しているのではないからだ」

また、シューマッハの繰り出してくるであろう戦略について、
このようにも言っている

【ロン・デニス】
「ミカは落ち着いて仕事をするだろう。
我々はミカが十分勝てる力を持っていることをわかっている。
ただ、我々が何かミスをすると、
必ずそこに“彼”が、それを利用しようと待ち構えている。
しかし与えられた機会で“彼”に何ができるのかは、
すでわかっている。
これまで我々のチーム・スタッフの誰も
そのことでパニックになることがなかったように、
今後もそれはあり得ない。
我々は興奮を醒ますことができるからである」

もちろんその言葉を額面どおりに
受け取るわけにいかないのは、
マクラーレンがシューマッハの戦略に反応して
自滅したレースがないわけではないからだ。

最後にフェラーリがこの1ヶ月間の間、
マシンの戦闘力を含めて多くの改良改善、
開発を行なってきたのはすでに述べたとおりだが、
それらの走行テストに並行して、
アーバインはかなり徹底的にスタートの
シュミレーションを繰り返していたことが
情報として伝わってきていることを報告しておこう。
それが単純に彼自身の練習だとしても、
新しいスタートに関わるメカニズムの
開発テストだったとしても、
その効果が発揮するされるとすれば、
十分に有効なポジションからアーバインが
レースを始めることだけは確かだということ、
そしてシューマッハ本人が、
最終戦にもつれ込んだタイトル争いが
ハッキネン有利とされていることについての
コメントを紹介しておこう。

【シューマッハ】
「確かに数字の上ではハッキネンが有利かもしれないが、
彼らは大きなプレッシャーも抱えているはずだ。
何故なら彼らは22ポイントものリードがゼロになるのを
自分たちの目で見てきたからだ。
ひょっとしたら、その意味では僕らの方が
心理的に有利かもしれない…」

1998-11-02-MON

【日本GP/10月30日(金)untimed-practice】

「チャンピオン決定戦!」で盛り上がる
F1第16戦・日本GP鈴鹿のレースウィークが
いよいよ始まったわけだが、それにしても、だ。
開幕戦オーストラリアGPでマクラーレン・メルセデスが
炸裂させた全車に周回遅れを喰らわせての
1-2フィニッシュ!に、今シーズンは
一強独走の退屈なレースが繰り返された挙句、
最終戦の日本GPなんかただの
消化試合になっちゃうんだろうなァ…と
ある種の“覚悟”さえしたのは、
彼らの速さがそれほど圧倒的だったからである。
事実、第6戦モナコGP終了時点で、
早くもシューマッハに22ポイントの大差をつけて
チャンピオンシップをリードしていたのは、
他ならぬハッキネンだったのだ。だったのだが、
僅か4ポイント差というややっこしい状況で
最終戦にもつれ込んだ今となっては、
もはや「そんなコト、あったっけ」である。

あったんだよ、それが。しかもだ。
最大22点も開いていたポイント差をジワジワと詰めて
迎えた第14戦イタリアGPで、
おいおいフェラーリが地元で1-2なんて
10年ぶりじゃなかったっけ!?
のオマケ付きでハッキネンと同点の
80ポイントに並び、チャンピオンシップを
振り出しに戻してみせるなんて芸当をやってのけたのだから、

感極まったティフォシの連中が
一生シューマッハさんについて行きますッと
誓ったのも無理はない。
余勢を駆るフェラーリは続く第15戦、
ルクセンブルグGPの予選でフロントロウを独占するが、
決勝ではハッキネンとマクラーレンが
アグレッシブなレース戦略を展開して優勝し、
90ポイントを獲得。
2位に甘んじたシューマッハは86ポイントで、
その差4ポイント。
かくして、チャンピオンシップの決着は
最終戦・日本GPに持ち越されたのである。

だが、その差以上にチャンピオンシップの行方が
ハッキネン優位に大きく傾いたことは、
たとえばルクセンブルグGPの結果を
イギリスのスポーツ新聞が次のように報道していることからも
伺えるだろう。

画像

『一番肝心なレースにおいて、ミカ・ハッキネンと
マクラーレン・メルセデスは持てる力すべてを結集し、
ほぼ完璧ともいえる勝利を演出することに成功した。
ハッキネンは67周を通して文句のない安定した走りをみせ、
シューマッハは単純にそれについていけなかった。
幾度もマクラーレンの不運の恩恵を得て
同ポイントのトップまでのし上がってきた
フェラーリだったが、
時計仕掛けのような正確さが求められたこのレースで、
マクラーレンはすべてを順調に運び、
最大限の力を発揮した。
ハッキネンはシューマッハに権威のあるところをみせつけ、
マクラーレン・メルセデスはフェラーリに
彼らがチャンピオンチームに相応しい素質と経験、
そして戦略も備えていることを明らかにした。
シューマッハの故郷に近いこのサーキットには
14万ものサポーターが詰めかけていたが、
レース後、彼の口元から笑みは消えたどころか、
カンシャクを起こしていたのだ。
『ハッキネンは“チャンピオン・ロード”に戻ってきた。
このレースでチャンピオンへの
足がかりをつけるだろうと思われていたのは、
むしろシューマッハの方だった。
しかし彼は、自分の裏庭である
ニュルブルグリングのレースであるにもかかわらず、
すべてにおいてハッキネンを上回ることができなかった。
レースを終えた彼の言葉には、
いつものような自信はなかった。
彼は自分の前に立ちはだかったライバルが、
初のチャンピオン獲得に賭けるガッツと
ファイティングスピリット、
そして固い決意で武装していることに
気づいたのだろうか。』

確かにルクセンブルグGPが
ハッキネンの圧勝であったことは、
シューマッハも次のように認めている。

【シューマッハ】
「もちろんガッカリしている。
単純に勝つための速さが足りなかったようだ。
我々のテクニカルパッケージが完璧ではなく、
ハードにプッシュすることができなかった。
今回、ミカはいいレースをしたと思う。
心から彼に称賛を贈りたい。
しかし4点差は日本GPで挽回不可能なギャップではなく、
しがってチャンピオンを諦めてはいない」

一方、ハッキネン、チームメイトのクルサード、
そしてマクラーレン代表のロン・デニスのコメントからも、
新聞ほどではないにせよ、
やはり、ひとつのレースを制した以上の
ニュアンスを感じとることができる。
この強気の理由は、単なる“勝者の強気”ではなく、
実は確固たる根拠に基づいている。

【ハッキネン】
「マシンはとにかく素晴らしかった。
スタート直後からハードにプッシュすることができたので、
ミハエルに先行された序盤戦もまったく不安はなかった。
ハードにドライブすること、
そして我々のストラテジーが
上手く遂行されることだけを願っていた。
もちろんストラテジーは完全だった。
ピットアウトしてミハエルの前に出てからは、
マシンを無事にフィニッシュさせることだけを考えた。
今日の結果は我々にアドバンテージをもたらし、
それがチームにとって大きなモチベーションとなった。
ここ数戦トラブルが続いたが、
我々がそれらの問題に対処していること、
そして我々が依然としてベストチームであるということを
このレースで証明できたと思う」

【クルサード】
「これでアドバンテージはこちら側にやってきた。
ミハエルの“ボディ・ランゲージ”を見るかぎり、
彼自身、タイトルを獲得できるとは思っていないようだ」

【ロン・デニス】
「今日のレースはおそらく我々のチーム創設以来、
最も重要なレースだったといえるだろう。
今日の結果で我々はドライバーズ・タイトル、
そしてコンストラクターズ・タイトルにも
非常に有利なポジションに立つことができた」

なぜ有利なポジションに立つことができたかと言えば、
最終戦・日本GPにおけるシューマッハの
「自力チャンピオン」の可能性が消えたからである。
F1ではレース毎に1位・10点、2位・6点、3位・4点、
以下6位までに3点、2点、1点が与えられ、
最高得点者がワールド・チャンピオンになるわけだが、
仮に同点の場合は優勝回数、
それも同じ場合は2位入賞回数によって
決められることになっている。
この規則によればシューマッハが
日本GPで優勝してもハッキネンは2位に入れば、
96点の獲得ポイント、
優勝回数も同点ながら2位入賞回数で1回上回り、
タイトルが決定する。カンタンに言えば、
日本GPにおいてハッキネンは
シューマッハに勝つ必要はない。
シューマッハの後ろでゴールすればいいのだ。

一方、シューマッハは3位以下では
チャンピオンにはなれない。
2位の場合はハッキネンが6位以下、
優勝しても自分とハッキネンのあいだに
「誰か」が2位になれなければタイトルは
奪えないという状況なのである。

この場合の誰かとは誰か──といえば、
それはチームメイトのアーバインしかいない。
つまりハッキネンがトラブルやアクシデントで
リタイアするといったイレギュラーなケース以外、
マシン性能的に6位以下になることが考えにくい以上、
現実的には「フェラーリの1-2フィニッシュ」が唯一、
チャンピオン獲得に残された可能性なのである。

ハッキネンVSシューマッハの一騎撃ちとなった
日本GP鈴鹿決戦、ではあるのだが、
チャンピオンシップの行方を大きく
左右するポジションにいるアーバインに
フェラーリ・サイドの期待が高まっていることは
言うまでもないだろう。
フェラーリのモンテツェモロ社長は
日本GPを前に次のように語っている。

【モンテツェモロ】
「日本GPに向けて大変慎重に準備を進めている。
今以上のことはできないくらいの努力をしているが、
どのような展開になろうと、何が起ころうと、
いかなる後悔もできない。
我々はチャンピオンシップを勝ち奪りたいのであって、
自分たちにできることはすべてやったということを
知りたいのではないからだ。
しかし、鈴鹿では運も重要な要素となるだろう。
何かが我々に起こるか、彼らに起こるかだ。
しかし最近は、不運に関する限り、
フェラーリは“報い”を受けていると強く感じている。
これについては、
自分たちに有利に事が運ぶように願うしかない。
だが、ドライバーの素晴らしいパフォーマンスには
期待している。
特にアーバインに期待している。
彼が去年、鈴鹿で素晴らしい仕事をしてくれたからこそ、
我々にワールドタイトルのチャンスが残ったのだ」

画像

去年の鈴鹿での素晴らしい仕事とは、
もちろんシューマッハと演じた
──これぞ、チームプレイ──
と呼ぶに相応しい
(そのぶん、スポーツマンシップ云々まで言及されたが)
シューマッハとの連携プレイのことであるのは
言うまでもない。
しかし、このレースでアーバインに要求されることが
ライバルを抑えることではなく、
シューマッハに続いて2位に入賞することだとすれば、
ドライバーに対する極めて“正当なオーダー”であるだけに、
ある意味では非常に厄介な
仕事ということにもなりそうなのは、
結果的に今回彼に問われるのが誰かを
邪魔するための技術ではなく、
レーシング・ドライバーとして速く走るために
必要な資質だからだと思うのは、
間違いなく考えすぎなのだが、
失敗の責任者を探し出して吊るし上げるのは
最近は影をひそめてはいるが)
フェラーリにおける偉大なる伝統のひとつでもあるのだ。

さて、ルクセンブルグGPから日本GPまで約1ヶ月の間、
マクラーレンもフェラーリも、
そして勝敗を大きく左右する部品のひとつを供給する
ブリヂストン、グッドイヤーの両タイヤ・メーカーも
膨大なテストをこなしてきたわけだが、
金曜日のフリー走行の結果を見るかぎり、
彼らの速さは予想したほど向上していないか、
ウイリアムズやジョーダンのマシン/ドライバーが
大いに健闘しているか、
もしくはチャンピオンシップを争っているチームとも
“三味線を弾いている”か…のようだ。

《10月31日(金)フリー走行 1回目》
 15/TR>
Pos NoDriver TeamTireTimeLap
1 8 M.ハッキネン マクラーレン BS 1'40.69311
23 M.シューマッハフェラーリGY1'40.7675
3 4 E.アーバイン フェラーリGY1'41.238 11
4 2 H-H.フレンツェンウィリアムズGY 1'41.93814
5 10 R.シューマッハジョーダンGY 1'42.16814
6 7 D.クルサード マクラーレンBS1'42.21212
7 9 D.ヒルジョーダンGY1'42.370
8 1 J.ビルヌーブウィリアムズGY 1'43.35312
9 5 G.フィジケラベネトンBS 1'43.5789
10 14 J.アレジザウバー GY1'43.837 12
11 15 J.ハーバートザウバーGY1'43.894 14
12 18 R.バリチェロスチュワートBS1'44.214 12
13 6 A.ブルツ ベネトン BS 1'44.27512
14 16 P.ディニスアロウズBS 1'45.025 14
15 17 M.サロアロウズ BS 1'45.13718
16 11 O.パニス プロストBS 1'45.177 12
17 12 J.トゥルーリプロストBS1'45.36120
18 22 中野信治 ミナルディBS1'45.464 12
19 19 J.フェルスタッペン スチュワートBS1'45.70212
20 20 R.ロセットティレルGY1'45.708 18
21 21 高木虎之介ティレル GY 1'45.916 11
22 23 E.トゥエロミナルディ BS1'47.769 11

予想どおりハッキネンとシューマッハが
40秒台で他を引き離してはいるものの、
この1ヶ月に彼らが行った開発テスト量と照らし合わせれば、
この程度のタイム差は平凡なタイムと言わざるをえないだろう。
しかし、それ以上に気になるのはアーバインと
クルサードのタイムが埋没していることだ。
真偽のほどはわからないが、
マクラーレンはかなり徹底して決勝レースを意識した
マシン・セッティングを確認しているようにも思える。

《10月31日(金)フリー走行 2回目》
Pos No DriverTeamTire TimeLap
1 3 M.シューマッハフェラーリGY1'39.82323
2 10 R.シューマッハジョーダンGY1'40.33634
3 2 H-H.フレンツェンウィリアムズGY1'40.38930
4 4 E.アーバインフェラーリGY1'40.61530
5 8 M.ハッキネンマクラーレンBS1'40.64428
6 7 D.クルサードマクラーレンBS1'40.84528
7 9 D.ヒルジョーダンGY1'41.09830
8 1 J.ビルヌーブウィリアムズGY1'41.25226
9 19 J.フェルスタッペンスチュワートBS1'42.19123
10 5 G.フィジケラベネトンBS1'42.22432
11 6 A.ブルツベネトンBS1'42.62833
12 21 高木虎之介ティレルGY1'42.83326
13 12 J.トゥルーリプロストBS1'43.12138
14 11 O.パニスプロストBS1'43.49325
15 17 M.サロアロウズBS1'43.63440
16 14J.アレジザウバーGY1'43.78825
17 18R.バリチェロスチュワートBS1'43.85420
18 15 J.ハーバートザウバーGY1'43.89422
19 16 P.ディニスアロウズBS1'44.46836
20 22 中野信治ミナルディBS1'44.63229
21 20 R.ロセットティレルGY1'45.05427
22 23 E.トゥエロミナルディBS1'46.39630

フェラーリもマクラーレンも、
かなり決勝レースを意識した走行をしているようだ。
シューマッハは平均して40秒台でラップを続け、
タイミングを見計らってクリアラップを走ってみたら
39秒台に入ってしまったという印象だ。

一方、ハッキネンとクルサードのマシンは
決勝レースのスタート時を想定したフルタンク仕様、
つまりガソリン満タンの
重い車体でラップを重ねているようだ。
ちなみにハッキネンは三味線を弾けるほど器用じゃないのは、
通常、予選のアウトラップはタイヤを温存する意味でも
最終コーナーの手前、
少なくともコース半周程度はペースを上げず、
タイヤのウォームアップ程度に止める
ドライビングをするものだが、
彼はピットアウトしてコーナーを1つ2つ抜ければ、
もう全開にしてしまうくらい
“我慢がきかない”ことからも明らかである。
マクラーレンのタイムはチームによって
コントロールされていると見るべきだろう。
タイムを出すのは明日の予選でと割り切って、
たんたんとメニューをこなした結果が
今日のハッキネンのタイムなのだろう。

画像

しかし、それにしても、
やはりアーバインの平凡なタイムは気になる。
いくらシューマッハ弟やフレンツェンが
日本のF3000出身で、鈴鹿に慣れているとはいえ、
アーバインも同様なのだ。
今回のレースに限っていえば、
アーバインのマシンはシューマッハと同等、
もしくはそれ以上のモノであっても不思議はなく、
だとすればコンマ8秒の差は
少々大きすぎるように思えるのだが…。

いずれにせよ、結局、両チームとも
本気を出さずに初日の走行を終えたわけだ。
まったく根拠のない予想だが、
おそらくポールポジションは37秒台前半で
争われるのではないだろうか。

ちなみに、両タイヤメーカーがサーキットに
散水車まで持ち込んでテストを繰り返して開発した
新しいウェットタイヤの出番は、
残念ながらこの週末はなさそうだ。
それにしても、
一般乗用車用タイヤの場合にはウェットの状態を
“作り出す”して開発テストを行うことは
珍しくもなんともないが、
専用設備でウェット状態を再現するテストコースではなく、
普通のサーキットに散水車で
水を撒いてレーシングタイヤを開発するなんて、
初めて聞いた。
普通はやらない。
自然に降る雨の量は実は非常に膨大なもので、
実際のウェット状態を再現しようとすればするほど、
膨大なカネもかかるからだ。
けれども今回のレースで
雨が降らなかった=ムダなことしたものだ
と考えるのは間違いである。
レーシング・テクノロジーが
一般市販品にフィードバックされるなんてェのは、
すでに昔のお話だ。
確かにまったく関係ないわけじゃないが、
現在の一般市販品技術は、
使用条件の厳しさの絶対値を除けば、
ありとあらゆる使用場面を想定しているだけに、
レーシング技術より遥かに高度なものが要求されることが
決して少なくない。
何より今回のウェット用レーシングタイヤの開発には、
少なからず市販タイヤの開発ノウハウが
使われたに違いないのは、
人工的にウェット状態を
作り出そうと考えたことからも伺える。
そもそもレーシングの技術とは、
タイヤに限らず、
レースで勝つという目的以外の効果効用を
求められるスジアイのものではなく、
ましてや一般民間人の役に立つか否かなんてことは
全然関係ない価値観の上に成り立っているものなのだ
ということぐらいは知っておきたいものだ。
そうでなくては今シーズンで世界の
レースを黎明期から支えてきた
ダンロップがモータースポーツ(2輪を除く)から
撤退するにあたって、
彼らが本当に失うものが何なのかを
理解することもできないのである。

1998-11-01-SUN

【98年F1日本GPとは何か】 

クラッシュしたマシンから降りたドライバーは泣いていた。
おいおいと大声で、人目もはばからず、ただ泣いていた。
オフィシャルに安全な場所に移動するように促され
ピットエリアに向かって歩き出しても、
まだ号泣は続いていた。

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ほんの数分前まで、
90年“F3世界一決定戦”マカオGPは
彼のものだった。
イギリスF3選手権で7勝を挙げて
チャンピオンを獲得し、
初代王者にアイルトン・セナを抱く
F1への登竜門・マカオGPに
乗り込んできた彼は、
東洋の公道レースに
戸惑う素振りも見せずに
類稀な才能を如何なく発揮し、
第1レグを見事にポール・トゥ・フィニッシュ。
続く第2レグではスタートで1台のマシンに先行を許すも
ピタリとその背後をマーク、たとえこのまま2位でレースを
終えることになったとしても、第1レグと第2レグの
合計タイムで総合順位が決まる規則によって
彼の優勝はほぼ間違いなかった。

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そして最終ラップに突入しようとするストレートの攻防戦で
前を走るドライバーの僅かなスキを見つけた彼は
追い抜きを決意する。
すでに出来上がってしまったドライバーならともかく、
これからF1に打って出ようとする活きのいいルーキーが、
ルールによる優勝より
誰にも文句を言わせない勝利を反射的に選んだことに
疑問を挟む余地はないだろう。
しかし結果的に彼の選択は、
あまりにも引き換えにするものが大き過ぎた。
高速コーナで前車に接触した彼は大スピンを演じ、
クラッシュしてしまったのである。
一方、クラッシュを免れたもうひとりのドライバーは、
リアウイングを失いながらもトップでチェッカーを受けて
逆転優勝を果たして一躍脚光を浴び、その勢いを駆って
日本で開催されたインターF3も連勝することになる。

クラッシュしたドライバーが
自分の判断を悔やんで泣いていたのか、
微妙なブロックラインで進路を阻んだ相手のドライバーに
文句のひとつも言いたくて泣いていたのか、あるいは
それら以外の何かの理由で泣いていたのかはわからない。
しかし彼は彼が失ったものが
必ずしもひとつのレースだけではないことを
知っているかのように泣くのを止めなかった。

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彼の名はミカ・ハッキネン、
そして逆転優勝で栄光を一身に集めたドライバーは
ミハエル・シューマッハ。
翌91年、彼らは揃ってF1デビューを果たすが、
シューマッハがジョーダンから
ベネトンに電撃移籍した後に
ワールドチャンピオンまで獲得する大躍進の一方には、
資金難に苦しむロータスからマクラーレンに移籍するも、
インディから鳴り物入りで加入した
マイケル・アンドレッティの陰に隠れる
“サード・ドライバー”としてシーズンを送るなど、
不遇の時代に耐えるハッキネンの姿があった。

98年、他を圧倒する速さのアドバンテージを持つ
マクラーレン・メルセデスを得たハッキネンと、
およそ考え得るあらゆる手段を以って対抗する
フェラーリのシューマッハが繰り広げる今シーズンの闘いに、
90年のマカオGPを重ね合わせることなど、
もちろん何の意味もない。
彼らは当時の彼らではなく、昔のレースにこだわり続けるほど
暇な世界に身を置いているわけでもないだろう。
しかしチャンピオン決定戦となった
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F1最終戦・日本GPでケリがつくのは
タイトルの行方だけでない───と思うのも、
観客に与えられた特権的自由である。
ハッキネンとマクラーレン・メルセデスは
その持てるポテンシャルをミスなく発揮することができれば、
自力優勝の可能性が消えたシューマッハの
付け入るスキはない、
というのが世間の一般的予想だが、
それが実際のレースにおいては
何の頼りにも保証にもならないことを知っているのは、
他でもないハッキネンであることは言うまでもない。

というわけで、
実際のレースに即した勝敗を決定する要因についての
検証をしてみようと思いつつ、次回に続いていくわけである。
たぶん。

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1998-10-29-THU

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