糸井重里のコラム
2026-08-31
ぼくのとても苦手なこと。

・「正しいかたち」というものが、あります。神社に参拝するときの、「二礼二拍手一拝」でしたっけ。どこで、どう二礼やら一拝やらするのだったか、いまでもちゃんと憶えていません。それは、お葬式のときの「お焼香」についても同じで。どっち向いてだれにお辞儀して、どうすればいいのか。何度もやってきたことなのですが、わかってません。どういうのが「正しいかたち」なのか、忘れてます。だれに叱られるわけでもないでしょうが、人並みに「正しいかたち」でやりたいとは願っています。でも、それをやれる自信がまったくないのです、いつも。お詣りにしても、お焼香にしても、祀られている神さまだとか仏さまだとか、亡くなった方への敬意が大事なのだとは思います。しかし「正しいかたち」が決まっている場面になると、もうぼくの心はここにあらずになってしまうのです。こういうの、このまま治ることもなく生き続けそうです。じぶんの葬式でも、なんかやらかしそうな気もします。

「正しいかたち」に近づけて生きようとすると、「皆さまはどうしてるか?」をうかがうことになります。「一般的にはどうなのか?」「相場はどのくらいか?」「恥ずかしくないやり方は?」みたいなことを調べて、それに合わせてじぶんを動かしていきますから、意思も自信も判断もなくなってるんですよね。

いま、世の中の人たちを見ていると、「正しいかたち」を軸にしてモノゴトを進めている人が、ものすごく多いんですよねー。そうなると「まちがいのないやり方」が最善になっちゃう。そして、ま、みんなが「二礼二拍手一拝」みたいなことで、なんとなく「できてます」みたいなことになりますよね。ほんとはなにが大事なんだっけを、取り戻しましょうよね。冠婚葬祭でじぶんを失ってるぼくと同じは、ダメです。

◆では質問no.027「あなたらしくいられる時間は?」。どんなときかな、どんな場面かな?想像してみましょう。よかったら、メールに書いて送ってくださいな。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。ぼくの「段取り」や「正しいかたち」への怖れはひどいです。

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