糸井重里のコラム
2026-07-17
おまえは、すでにちょっとよくなっている。

・ぼくは、お風呂に入っているときに、翌日の「ここ」になにを書こうか思いつくことが多い。もうちょっと正確に言うと、なにか書きたくなるような「ちょっとした考え」が、生まれてくることが多い。今日も、それだ、お風呂に入っているときに、「そういえば、お風呂に入っているときに、ちょっとした考えを思いつくことが多い、ということについて、もうちょっと考えて書こう」と考えはじめた。

これは、あれに似てるな、と思い出す。美容室で髪をカットされているときには、じぶんではただ座っているだけでなにもしてないのに、なにかを成し遂げたという充実感があるということ。髪が整えられて、ぼくは「ちょっとよくなってる」のだ。ぼく自身は、鏡の前に座っているだけだったけれど、「ちょっとよくなる」ための時間を過ごしていたのだ。

お風呂の場合は、バスタブにつかって「は〜」とかね、しみじみしているだけで、入浴という用事ができている。なにもしていないかのようだけど、やることはできている。ぼくは、ここでも「ちょっとよくなる」ための時間を、過ごしているのだから、あとはもうなにをするのも自由だ。前提として、もう、ちょっとよくなっているのだからね。この余裕が、いつもよりも頭をはたらかせてくれるのだ。いつもの「ちょっとよくなる」用事を兼ねた「考え」は、  やっぱりおもしろくなったりするものなのだ。

ぶらぶらと散歩しながらアイディアが浮かぶという人も、けっこうたくさんいるけれど、これも、まず「歩いて前に進んでいる」のだから、それ以上はなにをしていてもいいという余裕のおかげだ。前に進むというだけで、「生産的」に思えるからね。

さて、本日の原稿。もっともらしい終わり方にするならば、「難しいこと」は「易しいこと」を確保しながらがいいぞ。 ということにでもなるのだろうか。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。昨日から「お手玉」をはじめました。発見の多い遊びです。

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