裸のサルと、ハンドクリーム。
・いまさら遅いと言われるまでもなくいまさら、ハンドクリームというものを使いはじめたのだが、これはまことにいいものですなぁ。「どせいさん」のが発売されたことがきっかけだが、思えば、もともと手が乾いていたことには気づいていた。実際に使ってみて、いやぁ、よかったよかった。いままで、よくがまんして乾いていたものだ、手よ。
というあたりで、またまた、最近のわたしは、根源的なことを考えたくなる。人間だけだな、ハンドクリームをつかう動物は?おさるは、ハンドクリームを使わないし、そもそも、そういうものを開発しようとも思わない。なぜか? 彼らの手が毛におおわれているからである。だいたいのどうぶつは、うちの犬も、身体が毛だらけだ。「毛もの」っていうくらいだからな。それでも、人間も、ある程度は毛が残っていて。戦後、昭和30年代くらいまでの人間はもっと毛があった。男の手の甲だとか、腕だとか、脛だとか、胸だとか、もっと毛が目立っていたように思う。なんか知らないうちに、社会の総毛量が減ってないか。昭和の時代には、長嶋茂雄も、朝潮も、三島由紀夫も、胸毛があって、それが「男性的魅力」のように語られた。しだいしだいに、ずいぶんと月日が過ぎていって、身体のあらゆる場所から、毛がなくなっているのだ。性別とか問わず、頭の髪以外のあらゆる毛が、「処理」され「始末」されるようになっていた。「毛もの」と「人間」はちがうぞ、別物なのだと、まるで他の動物たちに見せつけているようではある。人間の毛にも、多少なりともの役割があったはずで、それを無くしてしまったから、保湿クリームを塗ったり、いろんな機能性下着を開発して補うことになった。ま、いいんだけどね。別に、文句を言いたいわけじゃない。
しかし、加速度的に「毛もの」グループから離脱して、ほんとにいいんだろうかね、人間の方々よ、と。ほんとに人間って、どうなっていきたいのかねぇ?ハンドクリームを塗った手で、原稿をタイピングしてる。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。便利と不便、効率と非効率、これを往復する豊かさがほしい。