糸井重里のコラム
2026-01-06
枯れた木を見ていた。

・冬になって、すっかり葉を落とした樹木もある。川の流れをそのまま縦にしたような姿で、光があたって影をつくっているのもきれいだ。地上に出ている枝のようすを、ひっくり返したようなかたちで、土の中に根が張り巡らされているのだろう。

その姿のことを、いまぼくは川にたとえたけれど、樹木は空に向かって水の流れる川でもあるらしい。寒くなって、葉がすっかり落ちた樹木は、水を吸い上げる量がとても少なくなっているという。夏の晴れた日などは、1日に200から500リットルが、根から吸い上げられ葉から「蒸散」していくと知った。植物はそこにじっとしているけれど、大量の水を吸い込み、動かしながら生きている。

人間の場合、いろんな説もあるようだけれど、1日に約2.5リットルの水が必要とされているらしい。もともと人間の身体の60%が水でできているし、生きていくためにひっきりなしに水が使われている。血液の80%が水分だというのは、イメージしやすい。しかも人間の血管をすべてつなげた長さは、9万〜10万キロで、これは地球を2周半だという。ああ、調べてたらさらに興味深くなっちゃうんだけど、血液が心臓から身体を一周して、心臓に戻ってくるまで、20秒から50秒しかかかってないんだってさ。

ぼくら人間は、歩く樹木だ。パスカルのまねして言えば、考える葦である。笑い、泣き、歌い、踊る川でもある。あ、思えば、いま足元で寝ている犬も、それほどは笑ったり泣いたりはしてないけど、ちょっと考える葦であり、吠えたり歩いたりする川だ。

「手のひらを太陽に」(やなせたかし)という詩の「ぼくらはみんな生きている」みたいなこと言ってるけど、ほんとに現在進行形の水の流れが、じぶんのなかにある。なんてことを水を飲みながら書いて、これからお風呂に。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。本日も、大いに飲み(水を)、回し、出して生きてください。

感想を送る
ほぼ日のTOPへもどる
「ほぼ日ケイタイ版」サービス縮小のお知らせ