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「ひびのこづえさんと、珠洲」
へのおたより。 少し前まで掲載していた連載 「ひびのこづえさんと、珠洲」に、気持ちのこもったメールをいただいたので、ちょっと長いですが、ご紹介させてください。 いろんな人が珠洲のことを想う、ひとつのきっかけになりますように。 ====== 夏と珠洲のイメージはつながっていて、『珠洲』と聞くと、防砂林を抜けてくる風や、日陰の涼しさを一緒に思い出します。 潮が引いた浜辺を、岩を渡って見附島まで歩けるか試したり、波の音を聞きながら買い出しに行ったり。 珠洲の飯田町に住んでいた伯母がつれあいをなくしてコロナ禍の間に引っ越してしまったので、 「おもしろいことやってるから、おいで」 と呼ばれて、奥能登国際芸術祭に遊びに行ったのが最後だったなぁ。 伯母さんが奢ってくれた黄金岩牡蠣、おいしかったなぁ。 なので、地震のニュースで映る、暗く寒そうな場所が珠洲だということに、ひどくショックを受けました。 呆然としたまま見ていると、あの屋根、あの鳥居、確かに知っている場所だとわかって。 隣の福井県に住んでいるので、すこし状況が落ち着いてから、両親の実家のある羽咋や祖母のふるさとの七尾には行く機会があったのですが、伯母のいなくなってしまった珠洲はあまりに遠くて、ずっと気にかかったままでした。 たまたま上京する日と日程があっていたので、ほぼ日でおこなわれたひびのこづえさんのワークショップにも参加させていただいたのですが、参加してよかったです。 手を動かしながらぽつぽつとお話をしたこと、そうやって編んだものが『珠洲』にある。 つながりはまだ切れてしまっていないと思えるよりどころを、わたしの手で作ったことで、夏の珠洲がわたしのところへ戻ってきた気がします。 変わってしまったことを思い知るのが怖くて、ずっと地震後の見附島の姿を見ることができませんでした。 でも、この連載でうっかり見てしまった地震後の見附島は確かに変わってしまったけれど、でも見慣れた見附島で、ちょっと肩の力が抜けました。 ロングドライブがしんどくなってきたお年頃で、往復の道のりを考えると悩ましいとこなのですが、きっとまた珠洲を訪ねたいと思います。 ありがとうございます。 (北の庄) ====== (北の庄さん、ありがとうございました!) 2025/09/02 12:42 |
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