HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN


		リンダ・グラットン×糸井重里

		寿命100年時代を
		どう生きる?

3

価値観も変わっていくはず。

糸井
これからのはたらきかたの話ですが、
すこし前に日本のおしゃれな雑誌が
「ポートランドの小商い」という特集をしていて、
とてもいいなと思ったんです。
いま、アメリカのポートランドに、
ちいさく始めて人気の出たドーナツ屋さんとか、
活版印刷工場だとか、ビール工房とか、
昔の商店主みたいに尊敬しあって仕事をする
小さなビジネスの人たちがいる。
そんな特集だったんです。
リンダ
よさそうですね。
糸井
そしてその特集は、小商いの魅力を
昔の雑誌が
「サーファーってかっこいいでしょ?」
と提案していたみたいに
「この文化、いいでしょ?」という感じで
伝えていたんです。
ぼくはその姿勢がとてもいいと思ったし、
そういう感覚に共感する人が増えてること自体も
おもしろいなと思って。
リンダ
はい、はい。興味深いです。
糸井
この先、みんなが世界一になる必要は
ないわけですよね。
そのときの「はたらく」は、
自分の一日を「今日はよかったな」と思えたり、
誰かに「いい時間だったな」と
感じてもらえたりすることが、
もっともっと重要になっていくと思うんです。
リンダ
そう、大切なのは
「時間の質(quality of time)」なんですよ。
糸井
まさにそのとおりで、
これからなにかを考える場合には
「気持ちのいい時間を過ごせた」とか
「他人にいい時間をプレゼントできた」などの価値を
基準に考えたほうがいいと思うんです。
その視点でとらえなおすと、
大きな利益を生んでいるわけではない
地域のおいしいパン屋さんの価値も、
ちゃんとカウントができますし。
リンダ
そのとおり。
糸井
もしかしたら古い人たちは
そういう価値観ではたらく人々を見て
「最近の人は夢がない」とか言うかもしれない。
けれど、いまを具体的に生きる若いパン屋さんや、
ちいさな手芸店の店主とかは、逆に
「夢がないのは前の時代のお金を中心にして
考えてた人じゃない?」
みたいに思うんじゃないかな。
リンダ
いまの話にプラスできたらと思ったのが、
「質の高い時間」を見いだすためには、
探索が必要なんです。
たとえば1本の大好きな映画を見つけるには、
たくさんの鑑賞が必要ですよね。
これからはそんなふうに、それぞれが探検をすすめ、
自分にとっての価値を見いだす必要がある。
そういった意味で、この本の中でわたしは
人生で新しい「エクスプローラー」というステージを
過ごす人が増えるんじゃないかと書いているんです。
糸井
それもまさにゴールではなく、
プロセスを重視していく必要がある、
という話ですね。
リンダ
そう、見えない価値をかたちづくるためには
プロセスこそが大切なんです。
糸井
なんだか恋愛の話みたいですね。
リンダ
(笑)。そうかもしれない。
糸井
あと、本の話と絡めて言えば、
みんなが100年生きる時代になると、
一人の人のなかでも、はたらきかたは変わりますよね。
リンダ
そうなんです、たとえば80歳で
20歳と同じはたらきかたはできませんから。
糸井
自分が歳をとったので、
実感としてとてもよくわかるのですが、
仮に「自分がメインプレイヤーとして働ける時間」を
おおよそ65までだと考え、
100年生きるとすると、残りは35年。
そのときは自分がプレイヤーになる以上に
「他のプレーヤーの支えになる」
「みんなのための場所を作る」といったことが
やりかたになると思うんです。
リンダ
そうでしょうね。
糸井
そうすると、もしかしたらさきほどの
「小商い」をするような若い人のバックに
年配者がいる、といったかたちも
あり得るかもしれない。
今後、経済的な部分に限らず、
若い人をさまざまにサポートする
80代とかの大小のエンジェルたちが
生まれていくかもしれない、と思いました。
リンダ
たしかにそうですね。
そういえば、わたしはインドについても
研究しているのですが、日本とインドはどちらも
70、80代の高齢者にとても理解があり、
感謝の気持ちがある国なんです。
その感覚は西洋にはない。
そういった国の高齢者は
100年生きる時代にどうなっていくのか。
それはとても興味深い話題で、
いま日本はとてもおもしろい立ち位置にいると思います。
糸井
いまの「日本は」というのは、
「自分は」と言われたような気もします(笑)。
リンダ
(笑)
糸井
ただ、ぼくが思うのは、
日本はたしかに高齢者を大事にする
文化ではあるんです。
ただ、それがいまは「体を大切に」など、
健康面ばかりを語られているんですね。
リンダ
つまり、生産的な話題ではなく。
糸井
そう。病気予防はこうしましょう、
病気になったらこうしましょう、
寝たきりになったらこうしましょう、
そういう内容ばかり語られているんです。
でも、いまは寿命100年時代じゃないから
「引退後」みたいな捉え方をされるけれど、
実際、高齢者たちは何かしたいんです。
そこを大事にしてもらえるようになれば、
高齢者はもっと社会の役に立てると思うんです。
リンダ
ほんとうにそうなんですよ。
わたしは今回、本にあわせて、
読者のかたが自分の「無形資産」を診断できる
英語のウェブサイトを作ったんですね。
そして、すでにさまざまな世代の方が
アクセスしてくれているのですが、
どの世代でも「生産的でありたい」と思う気持ちには
変わりがないんです。
そこには年齢による差がまったくなくて。
糸井
わかります。そうなんですよ。
リンダ
そして最後に、糸井さんの話から思い出したことを
もうひとつ伝えさせてください。
蟻のコロニーについて研究している、
世界的権威のロシア人の女性研究者がいるんです。
彼女によると、蟻というのは
絶対に単独行動をとらないはずなんですね。
だけど老いてくると、
ふだんは決して集団から離れないはずのアリが、
たった一匹でコロニーからとびだして、
探索に出かけることがあるそうです。
そして出かけた先でいいものを見つけたら
持ち帰って、
若い蟻たちに「あっちに行け」と言うみたいに
その知恵を授けるんですって。
糸井
わぁ(笑)。
その話はぼくも一匹の老いた蟻として、
とてもワクワクします。
リンダ
そうなんです。すてきな話ですよね。
糸井
今日はありがとうございました。
あっという間でしたが、
今回もとても面白かったです。
リンダ
こちらこそありがとうございました。
また、お会いしましょう。

(おしまいです)
2016-12-20-TUE

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前回の対談はこちら。

100年生きるわたしたちの価値観。リンダ・グラットン 糸井重里