──
ミンウェイさんの作品のなかで、
いちばん興味を引かれたのは《石の旅》でした。
ミンウェイ
Thank you.
──
これは、ニュージーランドの峡谷で拾ってきた、
氷河期の地殻変動によって
7000年間、磨き続けられてきた「石」と
「そのレプリカ」とが
ひとつのセットになっているもので、
この作品の購入者は
どちらかを
「いつか、捨てなければならない」そうですね。
ミンウェイ
はい。

《石の旅》
2012年
展示風景:「リー・ミンウェイとその関係展」森美術館
撮影:吉次史成
画像提供:森美術館

──
これ、「自分だったらどうするだろう?」
と考えたら、
がぜん、ドキドキしてきたんです。
ミンウェイ
どうしてですか?
──
峡谷で拾った石は、
7000年という、気が遠くなるほどの時間をかけて
磨かれてきた凄みがあるし、
何より、レプリカの元になった「本物」ですけど、
言ってみれば「ただの石」です。

そして、レプリカのほうは
「本物を模したフェイク、偽物」ではあるけれど、
ミンウェイさんの「作品」なわけで
「経済的な価値」は、
こっちのほうが、ありそうな気がして。
ミンウェイ
あはは、なるほど(笑)。
──
たぶんきっと、どっちが「本物」なのか、
わからなくなったんだと思います。
ミンウェイ
作品としては「石とそのレプリカ」なので
シンプルに見えますけど、
「時間」「価値」「本物」「所有すること」
‥‥などなど、
実は、非常に複雑な要素をはらんでいます。

だから、迷うのも当然です。
──
持っている人は、どうしてるんですか?
ミンウェイ
現在、全11セットあるうちの6セットが、
世界各地の
コレクターの手に渡っていますが
私の知る限り、
どちらかを捨てた人は、まだいません。
──
みんな、迷ってるんですか?
ミンウェイ
あるコレクターは、
会うたびに、ちがうことを言っています。

おっしゃったように、
「リー・ミンウェイがつくったんだから、
 レプリカのほうに価値ある」
と言う日もあれば、
「自然がここまで磨き上げた石のほうが、
 やっぱり価値が高い」
と言う日もあって。
──
でも、みんな「考え続けてる」んですね。
ミンウェイ
コレクターの心を映す「鏡」なんですよ。

揺れる心が、そのまま映っている。
そのようすを見るのが、すごくおもしろい。
──
いつまでに捨てなければならないという、
期限のようなものは、あるんですか?
ミンウェイ
それは、ないです。

だから、自分には決められそうもないから、
この「難問」については
子に引き継ぐと言っている人もいるくらい。
──
なんと。
ミンウェイ
思うんですが、どちらかに決めたとして、
それを手に取り、遠くに放り投げるというのは
ものすごく
エネルギーを必要とする行為でしょうね。
──
ゴミとか本当に不必要なものでない限り、
何かを「捨てる」って
けっこう、決心が要りますものね。

ちなみに、石とレプリカとでは
重さとか手触りに、ちがいはあるんですか?
ミンウェイ
ええ、レプリカのほうがよっぽど重いです。
ブロンズでできているので。

7000年の時を経た「本物の石」のほうが、
レプリカよりも、ずっと軽い。
──
そのあたりのことも
「判断を迷わせる要素」のひとつなのかも
しれないですね。
ミンウェイ
私もアーティストプルーフとして2セット、
自宅に所有しています。

どちらかを捨てなければならないのは
同じですから、
ずっといっしょだった本物の石とレプリカが、
いつか別れ別れになると思うと、
何だか‥‥すごく悲しくなりますね。
──
あ、そういう気持ちになるんですか。
ミンウェイ
「人間関係」を思い起こすんだと思います。
自分と、誰かとの関係をね。

だって、はかないものじゃないですか。
人と人との関係というのは。
──
《石の旅》にしても《ひろがる花園》にしても
ミンウェイさんのアートには
一定の「ルール」があって、
それが、
作品の独自性やおもしろさを決定づけていると
思うんですが、
反面、ふつう絵や彫刻を鑑賞するときには
ルールってありませんよね。
ミンウェイ
ええ、ありませんね。
──
その点については、どう思われますか。

つまり、ルールの存在が
所有者や参加者の自由を奪っている‥‥とも
言えば言えると思うんですが。
ミンウェイ
私が、なぜ「ルール」を設けるかというと、
ある種の緊張感、
テンションのかかった状態をつくりたいと
考えているからです。

コレクターのみなさんは
《石の旅》という作品を所有することで
あれこれ考えをめぐらせたり、
実際に、どちらかを捨てることを通じて
緊張感やチャレンジ、
自分の内面に起こるであろう「変化」などを
受け入れることになります。

そして、そうした全体こそが
《石の旅》を所有することの「楽しみ」に
つながっていると思います。
──
お聞きしていると、着眼点のひとつには
つねに楽しみとかおもしろさが、あるんですね。
ミンウェイ
私は作品をつくった人間ではありますが、
私自身が
何らかの答えを持っているわけじゃない。

所有するというかたちで
私の作品に参加してくれた人たち自身が
自ら考えて答えを見つけるほうが、
見ていておもしろいし、
その人だって、おもしろいと思います。
──
なるほど。
ミンウェイ
問いに対する答えは
自分自身で見つけなければならないという、
禅の「公案」に似ている気もします。
──
あの、《プロジェクト・ともに食す》って
《プロジェクト・ともに眠る》と並び、
ミンウェイさんの作品のなかでも
とりわけ変わっているような感じがします。

ミンウェイさんに興味のある人だとはいえ、
初対面の人と、ふたりきりで、
ごはんを食べながらいったい何を話すのか、
ちょっと想像がつかないんです。

《プロジェクト・ともに眠る》
2000/2014年
展示風景:「リー・ミンウェイとその関係展」森美術館
撮影:吉次史成
画像提供:森美術館

《プロジェクト・ともに食す》
1997/2014年
展示風景:「リー・ミンウェイとその関係展」森美術館
撮影:吉次史成
画像提供:森美術館

ミンウェイ
食事の仕方は、まあ、わかりますよね?(笑)

でも、ひとりで食べたり、
友だちと食べたり、家族と食べたりしても
赤の他人、
まったく見知らぬ人と一対一で食べるって
ほとんどないでしょう。
──
蕎麦屋の相席くらいでしょうか。
ミンウェイ
ええ(笑)、しかも目の前の初対面の人が
あなたのためだけに食事を用意する経験なんて、
まず「皆無」です。

さらに、そこには「金銭の授受」が発生しない。

そのようなシチュエーションのもとで
交わされる会話とは
家族や同僚や友人と食事をするときの会話とは
まったく別のものになります。
──
差し支えなければ、
印象的だった会話を教えていただけますか?
ミンウェイ
私はこれまで、300~400人くらいの人と
このプロジェクトをやってきましたが、
そうですね‥‥そう、
あれはホイットニー美術館でのできごとです。

ご年配の女性が、
このプロジェクトに参加してくれたんです。
──
はい。
ミンウェイ
はじめましての挨拶をし、食事がはじまると、
私たちの会話は終始、
たいへん「礼儀正しいもの」でありました。

デザートまでは、ね。
──
というと?
ミンウェイ
滞りなくデザートを済ませ、
それでは帰りましょうかという段になって、
私は、なんとなく、本能的に、
この人には
言いたいんだけど
言えてないことがあるなと感じました。

そこで「今日、何かあったんですか?」
と、聞いてみたんです。
──
ええ。
ミンウェイ
彼女は、驚いたような表情を見せたあと、
うつむいてしまいました。

数分後、ようやく顔を上げたときには
ぽろぽろと涙をこぼしていました。
そしてこう、打ち明けはじめたんです。

「実は今日、離婚届にサインをしてきました。
 長く連れ添った夫でした。
 ほんの3時間前、
 弁護士のところでサインをしてきたんです。
 別れた夫と弁護士の他に
 離婚のことを知っている人は
 今のところ、あなただけなんです」って。
──
なんと。
ミンウェイ
そしてそれから3時間、
彼女は、
夫について、自分の歩んできた人生について
えんえんと、語ってくれたんです。
──
すごい。
ミンウェイ
その間、私は、デザートを出し続けました。

それは、とても特別な会話でした。
私にとっても、おそらく、彼女にとっても。
<つづきます>
2014-11-14-FRI

ただいま、リー・ミンウェイさんによる
大規模な展覧会
「リー・ミンウェイとその関係展」が
2015年1月4日まで
六本木ヒルズの森美術館で開催中です。
《ひろがる花園》《石の旅》
《プロジェクト・手紙をつづる》
《プロジェクト・ともに食す》‥‥などなど、
記事に出てくる作品も展示されています。
興味を持たれたら、ぜひ足をお運びください。
それぞれの展示の前で、
「自分だったら、どうするだろう?」って
ちょっと考えてみることが、
作品をいっそう楽しむコツかなと思いました。
もちろん「参加」も、ぜひとも。
「見知らぬ誰かに、ガーベラをあげる」って
日本人には
けっこうハードルが高いかもしれませんが、
勇気を出して「参加」してみたら‥‥
何か「変化」が、起こるかもしれませんよ?

会期 2014年9月20日~2015年1月4日
会場 森美術館

©HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN