書くことの尽きない仲間たち 車で気仙沼まで行く。東京~福島~宮城 2018車 - ほぼ日刊イトイ新聞
田中泰延
2018.03.10

走りだそう。風景が変わるから。

「走りだそう。風景が変わるから。」
この言葉は、
「右足を出せ。次に左足を出せ。それが歩くということだ。」
とか
「空気を吸ったら、必ず吐け。呼吸とはそういうものだ。」
などと同じようにぼくの座右の銘である。
左右の目は1.5ある。今年49歳になるにしてはいいと思う。
歯もぜんぶいい。
いいところの話は以上である。

いざ、車を走らせてみると、
東京をなかなか出られない。
首都高が常磐道にたどりつくまで
ぐるぐるぐるぐるさせるルート設計になっているからである。
そのせいでさっき見えて視界から消えたスカイツリーと、
何度も対面することになる。

3人の男たちは、
「スカイツリーは3本あるのではないか。あれは第三スカイツリーではないか」
などという話をしている。
正確にはこういうばかなことをいうのは僕であって、
ナガタ隊員とコガ隊員は狭い車内でどうでもいい話を聞かされる役である。

車は福島へ抜け、浜通りの6号線、福島第一原子力発電所に近づいて行く。

6年前、何度も来たところだが、ぼくはショックを受けていた。

朽ち果てた回転寿司チェーン店。ガラスの割れた家電量販店。
草に覆われてしまったファストファッションの大規模店舗。

いや、6年前も同じように、ここからは誰もが退去していた。
だが、それらの大きな商店は真新しく、
いずれきっとここに人が戻ってくる、とぼくは考えていたのだ。

それがそのまま、朽ち果てている。

震災以後も何度もここを訪れているナガタ隊員は、
「いや、それでも復興の兆しの方を感じますよ。
人が戻って来ている地区がグラデーションに感じられる」
という。

朽ち果てていたのは、それ以来、なにも行動しないぼくの心だったのかも。
ぽそっと話すナガタ隊員を見てそう思った。
ナガタ隊員は基本的にぽそっとしか喋らないのだが。

さて、おなかがすきました。

しめっぽい自省をして、それをみなさんに読んでもらって満足するために
この旅に来たのではない。
これは「みちのくふとり旅」なのだ。

夜は相馬でいちばんおいしいと評判のお鮨やさん、
「江戸一」さんの暖簾をくぐる。

これがもう、おいしいおいしいおいしい。
ご主人が明るくてきさく。
「良い仕事してますねえ」と自画自賛しながら
相馬であがったヒラメや白魚をつぎつぎと出してくれる。
そして高くない。

合間に、箸休めですよ、と
一口食べたら号泣するような「なみだ巻き」こと
わさびたっぷりの巻き寿司を出されて
男3人、ぼろぼろ泣いてしまった。

我々が涙をこぼしているすきに、
ご主人はとつぜんなことを言った。

「甥っ子が漁師でね、
あの日、人を助けに漁船を出して、精一杯みんなを救助したんです。
でも自分はおおきな波に飲まれてね、助からなかった」

3月11日が近づいているのだ。
とつぜんではない。

「いま、その甥っ子の息子たちがね、漁師になって、
親父の後を継いで海に出たんですよ」

そう言ってご主人は
そのことを報道する新聞の切り抜きを見せてくださった。


ご主人は、ワサビ漬けになっているぼくたちの目の向こうで、
この話の最後にも満面の笑顔をみせてくださった。

それは、一人のにんげんが、
どう死んだかではなく、最後の最後までどう生きたかという
話をしたからだとおもう。


ぼくは、その瞬間のご主人の笑顔を写真におさめた。
「写真」ということばにまた少し、近づけた気がした。


相馬から飯舘村への、真っ暗な道を運転するナガタ隊員がぽそっと言った。
ナガタ隊員は基本的にぽそっとしか喋らないのだが、
そのときは明かりもまばらな飯舘村の夜にとけていくようなぽそっとさだった。

「3月11日は、ここでは数え切れない人、全員の命日なんですね」

コガ隊員とぼくは「なみだ巻き」 の味を思いだしていた。


目覚めると飯舘村も僕の原稿用紙も真っ白だった。
夜の間に、雪が降り積もっていたのだ。

僕はあわててA4の紙の上だけ除雪する。

全国のみなさんからぼくらの旅におたよりをいただいている。
福島県や宮城県のみなさんからは、ぜひ、ここにたちよってください、
と、ほぼ日やツイッターにメッセージが届けられる。

うれしいです。いっしょに旅しているみたいだ。

あんなに来たがっていたのにどうしても来れなかったモエガラ隊員、
パラリンピック開会式の模様を伝えるために
1日だけ東京に残ったカモ隊員、
そして気仙沼で合流するイトイ隊員からもメッセージが届く。

うれしいです。いっしょに旅しているみたいだ。

だが、
「同僚を隊員とか選手とか呼ぶサラリーマンはださい」
「同僚カタカナで書くサラリーマンはださい」
という記事を読んだので、この呼び方はこれで終了させる。

なんでも見ようと思う。
ひとつだけ、古賀さんがうれしげにもってきた
ほぼ日の「ひきだしポーチ」だけは見ないようにする。
ぼくも同じ色のが欲しかったのに売り切れ・再入荷待ちだったからだ。

まるでほぼ日の商品の宣伝のようだが違う。
注文である。苦情である。
はよ売ってください。

さあ、きょうもおいしいもの食べるぞ。
「みちのくふとり旅」は、
昨日の相馬から今日の飯舘村、今夜の女川へと続く。

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