書くことの尽きない仲間たち 車で気仙沼まで行く。東京~福島~宮城 2018車 - ほぼ日刊イトイ新聞
永田泰大
2018.03.09

あの日から続くこの旅では。

7年前、あの日、あのとき、
ぼくは会社にいた。自分の席だ。
憶えているのは「音」で、
ご、ご、ご、ご、ご‥‥という振動音が長く続いた。
たぶん、職場の木の床と机や棚が、
おかしなこすれ方をして音を立てていたのだと思う。

調べてみると、
2011年3月11日午後2時46分の
東京都港区の震度は「5弱」だ。

テレビをつけて、何が起こったのか知ろうとしながら、
思ったのはやはり家族のことだった。
家にかけた電話がたまたまつながったのは、
いろんなことがまだ混乱しきってなかったからだと思う。

電話口に出たのは当時小学1年生だった息子で、
泣きながら「時計が落ちて割れちゃった」と言った。
母親と妹は幼稚園にいて、彼はひとりで家にいた。
確認のために調べて、本当にいま知ったのだけれど、
息子のいた江東区は震度「5強」だった。
つまり、自分よりももっと強い揺れの中に彼はいた。

そんなことを7年経ってあらためて理解する。
そういえば、そのときマンションの高い階にいた息子が、
泣きながらひとりで階段を下りていたときに
怖い思いをしたということも、
その日から3年が過ぎてはじめて知った。
息子はその日に体験したことを、
思い出したくないからと言ってずっと語らなかったのだ。

揺れがおさまったあと、彼はひとりで部屋を出る。
玄関から出て、建物の1階に降りようとする。
そこに留まることが怖かったのだろう。
エレベーターは止まっている。
窓のないマンションの無機質な階段を、
おそらく彼は泣きながら降りた。
すると、階段の途中で、
おばあさんが話しかけてきたという。
おそらくはどこかの階に住んでいるおばあさんで、
その人は大人として、
泣きながらひとりで階段を降りる子どもに声をかけた。
ひとりだと不安だろうから、うちの部屋に来るかい、と。
7歳になったばかりの息子は混乱していて
その親切な行為をきちんと理解することができず、
むしろ「すごく怖いことの続き」として感じ取った。
それで、その日の怖かったことと一緒に封じ込めて、
3年の間、とくに語らなかった。

彼がそれをはじめて語ったのは小4のときで、
3月11日が近づいて思い出を互いにしゃべるなかで、
ふと、そういうことがあったと言った。
3年が過ぎて、ちょっとお兄さんになって、
閉じていた「あの日の怖いこと」の箱の中を
のぞいてみることができたのかもしれない。
その話を聞いてぼくはちょっと驚き、
あらためてそのときの彼の気持ちを
生々しく理解した。

時間が経って、忘れてしまうこともあるし、
新しく知ることもある。
東日本大震災に限らずそうなのかもしれないけれど、
「3月11日」というめもりが刻まれているせいで、
ぼくらは毎年そこに向き合う。
たぶん、遠ざかったこともあるし、
近づいたこともある。
覚えたこともあるだろうし、
もういいだろうと手放したものもあると思う。

個人的な事実としていえば、
東日本大震災がなければぼくはこの7年の間に、
こんなに東北を訪れていなかったと思う。
きっかけを得てはじめて訪れた場所、
出会ってなかった人たち、
はじまっていなかっただろう仕事、
そういったものがたくさんある。

もちろん、あの日、震災が起こらなくて、
そういった一切がない2018年が続いているほうが
いいに決まっている。
けれど、そういった注釈を
わざわざ添えなくてもいいくらいに、
あの日からはじまったいまは、
どうしようもない日常として溶けている。
揺るぎのない日常として、ここにある。

そこから続いている日々を、
3月11日という「めもりの日」に
ちょっとだけ立ち止まって確認したりしながら、
どんな人も今日まで進んできたのだと思う。
7年。それが長いのかどうか、よくわからないけれど。

そして、続く時間の延長線上に、今回の旅がある。
この数日間の旅のことだって、
過ぎていく時間の中にやがて埋没してしまうと思う。
けれども、こんなふうに記録する、
2018年のこの日のことを、ぼくは忘れずにいたい。

とりわけ、これからの数日の旅は、
ぼくだけでなく、信頼し、尊敬する仲間たちといっしょに、
過ぎていく時間や景色を書いていくことになる。
それは、どうあっても特別な記憶として残るだろう。
ぼくらは、何を見て、どう思って、どう表現するだろう。
こうしているいまもそれはほんとうにわからないことで、
わからないからこそ、
わからないことがはじまるということを、
いまは素直にたのしみにしています。

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