こういうやつが、いたんだよ。  赤坂英一さんとプロ野球の話を
 
第7回 みんなが前田を語りたがる。
糸井 いま、深く取材してみたい
プロ野球選手って誰ですか?
赤坂 うーん‥‥前田智徳。
糸井 おお(笑)。
いちおう、理由も訊きましょうか。
赤坂 なんていうんでしょう、
「オレはあいつを見たんだ」って
あとあと言えるようになる
選手だと思うんですよ、前田って。
糸井 なるほど、なるほど(笑)。
みんな、語りたがりますよね、前田を。
赤坂 ねぇ(笑)、不思議ですね。
糸井 これまでに取材したことは?
赤坂 一回だけありますが、
すごい経験でした(笑)。
インタビューするために待ってたら、
こう、アイシング用の装備で
ガンダムみたいになってる前田が
ガシャン、ガシャン、音をたてながら
部屋に入ってきて、座るやいなや、
「えーとぉ、なんでぼくは、
 ここにおるんですかね?」と。
糸井 (笑)
赤坂 いや、インタビューで、って言うと、
「え? インタビューって、
 誰がOKしたんですか。
 ほぅ、広報のオオタさんが?
 ええいうて? ふーん」
っていう感じで(笑)。
糸井 はじまったんだ(笑)。
赤坂 いや、おもしろかったですよ。
糸井 あの、そこだけ取りあげるのもなんですけど、
エピソードの多い人ですよね。
赤坂 巨人時代の川相と、
前田の話って知ってます?
ほら、東京ドームの。
糸井 いや、なんだろう。
赤坂 1992年、ドームでやった広島巨人戦で、
200勝した北別府が先発だったんです。
引退の2年前で、体力が落ちていた北別府は
毎試合5回ぐらいまでしか投げられない。



で、1対0で広島がリードしていた
5回裏のツーアウト、ランナーなし。
あとひとり抑えれば
勝ち投手の権利が生じる場面で、
巨人のバッターは川相。
そこでセンター前に
どん詰まりのフライを打つんです。
前田がバーッと走ってきて
ダイビングキャッチ。
ところが手前に落ちて、後ろにそらしちゃう。
そのあいだに川相が
ホームまで戻って来ちゃって同点。
北別府にとって貴重な勝ち星が消えるんです。
そのとき、ベンチに帰ってきた前田が号泣。
もう、延々、泣いてる(笑)。
糸井 ああ、ああ(笑)。
赤坂 で、インタビューのときに
その話を聞いたんですよ。
「あのときの前田選手の涙が
 巨人ファンには
 強烈に焼き付いたんですよ」って。
そしたら、なんて言ったと思います?
「ぼく、泣いてないです」って言うんですよ。
糸井 あははははは。
赤坂 「いや、でも‥‥」って食い下がっても、
「泣いてないです、悪いけど。
 申し訳ないですけど、
 泣いてないです」って。
その話はやめましょう、みたいに
話をごまかすわけじゃなくて、
「泣いてないです!」の一点張り。
いや、泣いてましたよ(笑)。
糸井 いいですねぇ(笑)。
赤坂 でね、これは川相に聞いたんですけど、
その試合のあと、広島巨人戦があるたびに、
前田が川相に挨拶するんですって。
それまではしなかったのに。
「川相さん、こんちは」って
顔を合わせるたびに言うらしいです。
糸井 それは、打ち解けたっていうこと?
赤坂 かと思ったら、そうじゃなくて、
親愛とは真逆の、
「おぼえてろよ」っていう
「こんちは!」なんですって。
こう、奥歯を噛みしめるような、
「‥‥川相さん、こんちは」。
糸井 (笑)
赤坂 それで、川相がセンター前に
ヒットを打ったりしますよね。
で、一塁を回って、ちょっとオーバーランして、
二塁をうかがってから一塁に戻るでしょ?
そのときに、前田が
隙あらば川相を刺そうとしてるんですって。
二塁に向かおうとすると、
ガッと投げようとする。
一塁に戻るときボールから目を切ると、
一塁に遠投しそうな素振りをする。
糸井 ははははははは。
赤坂 ベンチのみんながそれを見て、
「前田と川相がなんか妙な会話してるぞ」
とかっておもしろがったりして。
糸井 いいなぁ。
その話は、両方がそれっぽくていいですね。
目に浮かぶようだ(笑)。
赤坂 (笑)
糸井 なんていうか、わかるんですよね、
その気持ちの根っこのところは。
つまり、いろんな人間の中に
前田を薄めたものは入ってる。
赤坂 そうそうそうそう(笑)。
糸井 それを純度100パーセントで
持ってるのが前田なんですね。
赤坂 そう。だから、泣く時はバーッと泣いちゃう。
糸井 みんなが語りたがるわけですよね。
笑いながら、どこかで、
「わかるわー」って思ってるんですよ。



(つづきます)
2009-12-16-WED
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