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 『Once Upon A Long Ago』
 Paul McCartney

 
1987年(昭和62年)
(アルバム「All The Best!」収録)

聴いてみてと
言ってくれたことが
ただただ嬉しくて。
(コインローファー)

Tell me darling, what can it mean?


高2のクラス替えで一緒になった彼は、野球部でした。
言葉遣いも身なりも、野球部らしからぬ清潔感があるのに
それはか細い繊細さ、というようなものでもなく、
周りからどう見られているのかというようなことばかり
考えていた自分にはない、
普通の日なた感のようなものを放つ彼のことを、
気がつけば好きになっていました。

言葉を交わすようになったきっかけは、彼が入院した時、
クラスメートとお見舞いにいってからだったと思います。
退院後、ビートルズが好きだという彼が、
CDを貸してくれました。
「ビートルズは4人で、
 すでに他界した人もいて、
 これはソロで活動している
 ポールマッカートニーの‥‥」
丁寧に解説してくれるものの、
実は、そんなことはどうでもよく、
聴いてみてと言ってくれたことがただただ嬉しくて、
一番いいカセットテープを買いに走り、録音して、
寝ても覚めても聴いていたのがこの曲です。

「ここから先は絶対に悟られてはいけない、
 ここから向こうへは何があっても手を伸ばさない。」

そう固く心に決めて、
僕らは、受験勉強の渦の中へ突入します。

お互いに違う大学へ進み、
酒も飲めるようになった頃、
久々に帰省した彼と飲み明かしました。
「実はさあ、俺、男の人のことが好きなんじゃないか、
 って思うことがあるんだ。」
そんなことを口走る彼に、
僕は「俺だってそうだよ。」と言うこともできず、
高校時代の頑なで卑屈で
必死に何かを守っていた頃の自分に戻り、
おそらく、なんだかよくわけのわからない
リアクションをしたのでしょう。
その後、卒業、就職、と時間も進みました。
連絡先も分からないくらいに疎遠になって10年後、
実家の近くに出来た量販店で、ばったり彼に遭遇。

久しぶりじゃん! 今なにしてんの? 今度飲もうよ。

そんな言葉を交わし、近況報告。
「じゃあ。向こうでカミさん待ってるから。」
そういって踵を返した彼の背中をみながら、
僕の、長い初恋が終わったのでしょう。
区切り線が引かれたことに、少しだけホッとして
夕焼けに照らされながら
住んでいる町に戻ったことだけを覚えています。

同窓会で顔を会わすことがあっても、
今はもう、あの言葉の真意をたずねることはありません。
守るものがある人のことを、少しうらやましいと思いつつ
あの苦しさに比べたら、今ニコニコしていることぐらい
なにもなかったようにやってやる。

時々、シャッフル再生のiPodが、
不意打ちでこの曲を流す時以外は
なんだか大人になれているみたいです。
(コインローファー)

「聴いてみてと言ってくれたことがただただ嬉しくて」
という思い出が、いまもちゃんと残っているのが
すごく素敵なことだと思います。
「大人になれない自分」を
呼び起こしてしまうのかもしれないけれど、
きっとその感情は、いまとなっては、
安心して受け止められる、
甘い香りがするんじゃないかなあ。

どうにかなるかもしれないから、
告白しちゃえば、っていうのは、
やっぱり一般的な恋の話で、
こういう恋愛のなかでは、
「絶対に悟られてはいけない」ことが、
あるのですね。
あるんだろうけれど、そんななかでも、
(コインローファー)さんは
とてもつよい人だと思いました。

「あの苦しさに比べたら、
 今ニコニコしていることぐらい
 なにもなかったようにやってやる。」

こんなふうに、生きられるんだもの。

それにしても彼の言葉、ふしぎだ。
そのときはそういう気持ちだった、
というような、気まぐれな突風のようなものだったのかな。

とりわけ若いころの関係って、
「一方が一方を強く想っていること」が
きちんと告白したりしてなくても
なぜか、ぼんやりと、
作用してしまうものだと思うんです。
だから、武井さんの言う
「気まぐれな突風のようなもの」が
その場に、ふと、生じ得たんじゃないかな?

それにしても、このコンテンツに寄せられる
「同性への片思い」という分野の投稿には
名作が多いです。ほんとうに。

そして、
くちずさみ世代として印象に残ったのは、
「一番いいカセットテープ」というフレーズ。
クロームかな? メタルかな?
じぶんのなかでの
「とっておきのテープ」があるんですよね。
音質だったり、デザインだったり、
パッケージの高級感だったり。
あのころの「カセットテープ」という
メディアの「個人的な感じ」は、
経験したものでないとわからないだろうなぁ。

ポールマッカートニーのソロは
かなりたくさん聴いてるつもりでしたが、
この曲は知らなかった。
『フラワーズ・イン・ザ・ダート』が
出る前のシングルだったんですね。
オリジナルアルバムには未収録。
検索して、ダウンロード購入しました。
いやあ、便利な時代だ。
カセットテープの時代には考えられない。

「同性を愛する」というお話は、
どうしてもその「同性である」という部分に
強いバイアスがかかるものだと思います。
それはもう、仕方のない、単なる事実として。

ところがここでは、
この「恋歌くちずさみ委員会」のなかでは、
「同性である」へのバイアスがふっとはずれて、
ごく自然に「恋の話」として読み手に届く気がしています。
「あ、同性なんだね」くらいの理解と感想。
そう感じるのは、たぶん自分だけじゃないと思う。

なんでだろう? とちょっと考えて、
やっぱりたどりつくのは「事実だから」という答えでした。
それは物語のために用意されたものでは当然ないわけで、
投稿者は素直に思い出を記してくださっただけなんですよね。
演出ではなく、事実。
書いてくださる本人がいちばん伝えたがっていることは
「同性である」ではなくて「切ない思い」である、
という、これもまた純粋な事実。

「絶対に悟られてはいけない」ことでも、
ここではフラットに、ぺたっと貼りつけられています。
たくさんのみなさんの大切な思い出と仲良く並んで。
そういう場所になったこと、ぼくは誇りに思っています。
まあでもそれは、とりもなおさず、
投稿者のみなさんの功績なのですけれど。

永田さん、ぼくの「とっておきのカセットテープ」はね、
TDK MA-R、メタルだったよ!!

いま、やっとわかったんですけども、
好きな音楽を人に聴かす、という行為は
愛の告白とほぼ同じなんですね。
自分の好きなものを紹介し
相手に「わかってほしい」と思っている、
ということですもん。
(結局「わかる」ことはなくて
 「知る」「触れる」くらいのことなんでしょうけど)
ひゃあ、知らなかった。
野球部の彼も、投稿者さんのことを
好きだったのです。
だって、ポールのこの繊細な歌をなぜ好きなのかを
そんなにも説明してくれたんですからね。
そういった、何を説明しとんじゃろうかこいつは、
という経験は、
女性なら少なからずあると思います。
彼は、きっと大学に行ってからも
ずっと好きだったんじゃないかな。

でも、ここから向こうへは手は伸ばさない、と
決めた心は、とてもせつないと思います。
好きだという気持ちはどこにいけばいいんだろうと
思ってしまいます。
夕焼けに照らされて戻った道‥‥そうかぁ、そうかぁ。

まっすぐに好きになって、恋を失って、
それでも、逆恨みしたり相手を見下したりせず、
ニコニコしながら相手を大切に思っている。
そういう恋はすばらしい。
拍手を送りたいです。

事実の恋の思い出が、
教えてくれることって多いなぁ。
もうすぐ終わるのかもしれませんが、
このコーナーは、いいコーナーだったと思います。
でもまた土曜に、お目にかかりましょう!

2014-10-15-WED

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