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 『同じドアをくぐれたら』
 BUMP OF CHICKEN

 
2004年(平成16年)
 アルバム『ユグドラシル』収録

私にもみんなにも
優しい彼でした。
(今夜のごはんは何にしよう)

手に入れる為に捨てたんだ
揺らした天秤が掲げた方を
そんなに勇敢な選択だ
いつまでも迷う事は無い


高校生のとき、インターネットを通じて
出会ったひとがいました。
私は東京に住んでいて、彼は関西。
年は同じだけれど、
自分にはない部分をたくさん持っていて
頭がよくて、優しくて、話していても面白い。
魅力的に感じられた彼にどんどん惹かれていきました。

何度か直接会う機会を重ねて、
東京にきてくれたときに彼から告白されました。
もちろん返事はOK!!
自分が好きな人と、
同じ気持ちが通じ合うという経験は初めてで、
それが嬉しくて嬉しくて、
授業を受けながらも考えるのは彼のことばかり。
友達から「初々しくていいね」なんて
からかわれるのも、照れくさいけれど幸せで。
彼と電話をしたあとは耳がくすぐったくて、
寝るのがもったいないような、
そんな気持ちでいっぱいでした。

それなのに、彼には3ヶ月で別れを告げられました。
理由は「会えなくて寂しい」。

このひとは、何を言っているのだろう、と思いました。
最初から、離れた場所に暮らしている私たち。
そりゃ私も寂しいけれど、離れている前提で
付き合おうと言ったんじゃなかったの?
と思ったのです。

高校生の私には、距離を理由にされてしまうと
何も言えませんでした。
ただ、
「大学を関西方面にしよう。そうしたら、
 きっと彼と一緒にいられる」
と、今回の別れを前向きに捉えることにしました。
だって、嫌いになったとは言われなかったから。

しかし、真相は違ったのです。
彼はただ、ほかの子に浮気をして、
乗り換えただけでした。

それが発覚したのは、別れを告げられた、
たった1週間後。

私にだけ優しいのではなく、
誰にでも優しいひとだったんだ。
誰にでも、そういうことができちゃうひとだったんだ。
というのが、素直な気持ちだったように思います。

しばらくは辛くて連絡も取らなかったのですが、
いつからか彼との電話やメールのやりとりが、
復活するようになりました。

私は、そんなひどいことがあってもずっと好きなまま。
でも、彼の態度は曖昧で、
また付き合おうということにはならず、
ずるずると「友達以上、恋人未満」な関係を続けて
3年ほど経ちました。

その頃私はすでに大学生でしたが、
彼は希望の大学に入れず浪人を続けていて
それがようやくむくわれた春に、久しぶりに、
彼に会いにいきました。

きっとこれが、最後だなと思いながら。

彼が選んだ大学は、やはり地元の大学でした。
私が通う大学は、東京の大学でした。

このまま彼が大学に入れば、
また遠く離れる期間が延びます。
そして、彼は3年経ったその時点でも、
私ひとりを見つめているわけではないということも、
わかっていました。

優しくて、思いやりのある彼。
でも、その優しさは、
私一人に向けられているわけではない。

このままの付き合いを続けて、いつか振り向かせるか。
これを機会に、縁を切るか。

毎日毎日、泣きながら悩んでいた
私の背中を押してくれたのがこの曲でした。

手の中がカラの時だけしか
次のドアを開けられないのなら
私は、しがみついていた手を離そうと思ったのです。

ただ一人だけしか選べないなら
私を一番に思ってくれないのは、嫌だと思ったのです。

最後は泣きながらお互いの連絡先を消して、
別れを告げました。
もう2度と会うことは無いね、と。

ただ、別れてからしばらくは、
「新しいドア」を開ける勇気が出ませんでした。
忘れることや、「忘れた自分」に変わっていくことが
怖くて怖くて、忘れられないままでいようと
思っていたのです。
いつも電話していた時間になると、
彼の声を思い出したりして。

夜が辛くて、でも忘れたくなくて‥‥を
繰り返していたある日、突然
「もう、いっかな」と思えました。
あまりの突然さに自分で
「え、なんで!?」とびっくり。
どうしちゃったんだろう自分。本当に、もういいの?
とオロオロしながら、でも、
すごくスッキリした気持ちでした。

今考えれば、あれが本当に
「ドアをあけた瞬間」だったのだと思います。

あれから、9年が経ちました。

私は、ドアを開いた先で出会った
私を一番大切にしてくれる旦那さんと
幸せに暮らしています。

ちなみに‥‥彼は、今の旦那さんと付き合い始めたころに
「やっぱり忘れられない、
 お前が一番だってことにようやく気づいたんだ」
と改めて告白をしてきましたが、
きちんとお断りしました。
もう少し早くそれを言ってくれていれば
きっと違っただろうに、とは思いましたが
まったく惜しいとは思いませんでした。

あのとき、辛くて泣きじゃくっていた自分を
「よくがんばったね」と褒めてあげたいです。
「おかげで、今本当に幸せだよ」とも。

(今夜のごはんは何にしよう)

ふぁー、よかったー。よかったですね。
「もう、いっかな」と思えた瞬間があってよかった。
といいますか、ありますよ。
憑きものが落ちてケロっとなります。
なんなんだろうあれは。

でも、考えてみれば恋に落ちる瞬間だって
急激に「ひぇええ」と穴に引き込まれて
病気になってしまうかんじで、
理由なんてわからないですものね。

「いちばん」を自分ですぐに決められる
いまの旦那さんは、なんと心強い!

そうそう、いつの間にかなだらかに
ぼんやりと変わっていくように思えることのなかに
はっきりと「境目がある」ことって、
じつは、ありますよね。
あ、いまだ、っていう。

冬の空気が終わる瞬間とか、
とおりいっぺんの挨拶から打ち解ける瞬間とか。

忘れられないと思った恋が
「もう、いっかな」と思えた瞬間。
言い換えるとすこし大人になった
瞬間なのかもしれない。

最後にもう、完全に読者的な目線からいえば、
最初の男、そりゃないよ。
新しいドアが開けられてよかった。

「耳がくすぐったくて」って、いいなー!
そんなことも、あったっけなあ。
そういうときって、
全神経が耳に集中してるんですよね。
そして同じくらい「あったっけなあ」と思うのは
「ドアをあけた瞬間」です。
「ある日、突然『もう、いっかな』と思え」る。
そういうこと、あるよねえ!
もうほんとにじぶんがよくわからない。
なにか科学的な変化なんじゃないかとすら思えちゃう。
いや、恋だの愛だのに、かぎらずね。

最初の男は、「東京に彼女がほしかった」んでしょうね。
というか「東京に彼女がいる自分」がほしかったのかも。

(今夜のごはんは何にしよう)さんというお名前、
とてもいいですね。
いまのあたたかい幸せがおだやかに垣間みえます。

ある日突然の「もう、いっかな」については、
多くの読者さんが「そうそう、あるある」
と思っているのではないでしょうか。
あの境い目は、なんなんでしょうね。
ふっと、理由なく、らくになる感じ。

BUMP OF CHICKEN、
何枚かのCDがぼくのアイチューンズにも入っています。
この『ユグドラシル』も。
ボーカルの声がくせになる切なさですよね。
このコンテンツで、
若い人の音楽もいろいろ聴くようになりました。

さて、次はどんな恋歌でしょう?
良い週末を。

また水曜日にお会いしましょう!

2014-06-28-SAT

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