『ら・ら・ら』
 大黒摩季

 
1995年(平成7年)

「ありがとう」
にこっと笑った笑顔に
一瞬で恋に落ちました。
 (えんじのリボン)

今日と明日はあなたに逢えない


高校生の時、ひとつ上の先輩に恋をしていました。
同じ体育館で、違う部活だった彼。
一年の春にたまたま転がってきたボールを拾い、
投げ返した時「ありがとう」
にこっと笑った笑顔に一瞬で恋に落ちました。

その日から彼が卒業するまで、
一言も会話を交わすことはなくただみつめるだけの毎日。
それでも、幸せでした。

部活中、こっそり横目で彼の姿を確認する放課後。
電車の隣の車両から、友だちとキャーキャー言いながら
覗き見する彼の横顔。

席替えでは体育服姿で走る彼がみたく、
窓際を強く祈りました。

全校生徒参加の行事では常に先輩が見える位置をキープ。
勉強そっちのけで、毎日目で追っていた日々。

みんなが悲鳴をあげたつらいトレーニングも
先輩と同じ時間帯のメニューは
あっという間に過ぎたものです。

今思うと「見てるだけ」で
よくそれだけ熱中できたものです。
そんな私でもかなわないのが、土日。

土日は学校はお休み。
私が所属している部活もお休みでした。

毎週金曜日、
電車を降りていく先輩の後ろ姿を見つめながら
私の頭に流れのは当時流行っていたこのフレーズでした。

たった2日ですが、
当時の私にとっては、長い長い48時間。
月曜日にはまた通学路で見かける背中なのですが。

そんな中、阪神大震災。
今日と明日どころか、しばらく逢えない日々が続きました。
しかも、先輩の家は被害が大きかった地域。
はらはらしながら登校日を待っている私に
見かねた友だちが別の先輩を通じて、
無事を教えてくれました。

余震が続く中、またみつめる日々が始まり、
とうとう先輩が卒業する日。
もうこのまま逢えないならと、私は告白を決意。

帰り道、待ち伏せしていたのに、
けっきょく声がかけられず
先輩の家の前まで来てしまい、先輩は家の中へ。

仕方がないので、近くの公衆電話から生徒名簿で調べた
先輩の家へ電話。(当時は携帯などありませんでした)

呼び出して、家の前で告白しました。

やはり先輩は私の存在を知るはずもなく
でも優しく笑いながら聞いてくれました。
思わず私の口から出た言葉は
「思い出に握手してくださいっ」
優しく握ってくれました。

ここで終わるはずの思い出に続きができたのは数日後。
なんと先輩から私の家に電話があり、お付き合いがスタート。

初めてのデートはなぜかゴルフの打ちっぱなし。
想像以上に奇想天外な彼の趣味でしたが、
終始夢心地の私でした。

その後、何度かデートを重ねましたが、あれだけ憧れた恋は
二浪が決まった彼と、
大学進学が決まった私で終わりました。

毎回ドキドキふわふわで、
思ったことの半分以上も言えなかったお付き合い。

そんな私も結婚し、春には男の子のママになります。
大学で東京に出た私、同郷だった今の旦那と出会い
旦那の仕事の都合で久々、地元に帰って来ました。

今先輩がどこで何をしているのか、わかりませんが
あの日々を思い出すたび、
お腹の子もいつかステキな恋をするのかなと
お腹をなでる毎日です。

(えんじのリボン)

転がってきたボールを拾って、ひとめぼれ。
放課後の校庭を走る君を見る、村下孝蔵的ふるまい。
帰り道で待ちぶせる、石川ひとみ的アプローチ。
欠かせない小道具、公衆電話の登場。
ゴルフの打ちっぱなしで初デート?!
という意表外な事実が放つ不思議なリアリティ。
そして、
そんな私も結婚し‥‥で締められる穏やかなエンディング。
いやはや、これはもう、
「THE・恋歌くちずさみ委員会」と呼べるくらいの
投稿ではないでしょうか。
フルコースで入っている、気がしました。
いただいたメールの冒頭に「少し長いですが‥‥」
と記されていましたが、なんのなんの、
長さを気にせず最後まで引き込まれました。
投稿者の文章力の高さも当コンテンツの誇りです。

阪神淡路大震災は、1995年の1月17日。
「ら・ら・ら」のリリースを調べたら、
1995年2月20日でした。
そうですか、あの頃。
語られている物語が、さらに立体的に見えてきます。

1995年は大きな事件がいくつかあり、
いろんな人の無事を願った年でした。
自分にもちょっとした線のようなものが
引かれたあのときのことを思い返しながら
読ませていただきました。

まず、先輩。
その、罪な「ありがとう」。
これは逃れられません。
さらに、告白をやさしく聞いてくれた。
なんというジェントルぶりでしょう。
ここまではもう「憧れの先輩」として
百点満点でした。

しかし。憧れと現実は違うものですね。
告白を受けて電話がかかって来、
ゴルフの打ちっぱなしという流れ、
見つめ続けた先輩の虚像との闘い。
絵に描いたような若き恋。
ええ、ええ、私にも覚えがございます。
そこから育つか育たないかは
ご両人しだいでありますが、私はダメでした。

男女共にそうした経験を経て
自分と相手と恋と友情と人生の旅路が
まじりあったようなつきあいが
いつしかできるようになっていくのですね。

おなかのなかの人もまちがいなく
同じ道を歩むのでありましょう。
出産がんばってくださいね!

叶わぬならば、ずっと見ていよう。
そう思ったこと、あります。
もちろん熱視線ではなく、
ストーキング的な意味でもなく、
「ちゃんと見ているからさ!」
という、ちょびっと応援というか、
そのことが自分のはげみにもなるような、そんな視線。
どうしようもなく離れ離れになったあとは、
「ちゃんとおぼえているからさ!」
という言葉に変わったりもしましたけれど。

ほんとうに何気ない「ありがとう」のひと言が、
身も知らぬ女の子のなかで
恋をはぐくんでいたという事実は、
先輩のなかで、
たぶんいまでもうれしく思い出すような
出来事なんじゃないのかな。
(えんじのリボン)さんは、
そんな大きなプレゼントをしたんだと思います。

まさに、山下の言うとおり、
この「恋歌くちずさみ委員会」という
コンテンツを代表するような投稿だと思いました。
どうもありがとうございます。

それにつけても、
「ゴルフの打ちっ放し」の個性が光る。
いいなぁ。十代の恋のリアリティだなぁ。
いまごろ、その先輩も、
「それがさぁ、なにを考えたか、俺、
 ゴルフの打ちっ放しに誘っちゃってさ!」
みたいな感じで、ちゃんと受け止めて
自分のネタにしてるといいけど。

そういうことやっちゃうよなぁ、十代って。
いや、年齢のせいじゃなくて、
恋というものはそういう
ぎりぎりアウトみたいな恥ずかしさの
積み重ねなのかもしれない。

みなさまの思い出はいかがですか?
投稿、お待ちしております。
本とCDもどうぞよろしく。

 

2013-09-25-WED

最新のページへ
感想をおくる ツイートする ほぼ日ホームへ
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN