『Ticket To Ride』
 ビートルズ

 
1965年(昭和40年)

恋の終わらせ方も
知らなかったので、
3年くらい彼を好きでした 
   (ポール)

I think I'm gonna be sad
I think it's today, yeah
The girl that's driving me mad
Is going away

女子校エスカレーター育ちのわたしは、
恋の始め方も知りませんでした。
大学で初めてアルバイトした喫茶店で、
キッチンで働いていた彼に恋をしました。
でも、男の子に気軽に話しかけることなど、
できるはずもなく。

アルバイトにだいぶ慣れてきた頃、
年上のお姉さんに誘ってもらって
行った飲み会に、彼もいました。
それから同じメンバーで何度も飲みに行くのですが、
わたしは恥ずかしくて、お酒を飲まないと、
とても彼とまともに話せませんでした。
時には、そのお姉さんの家で飲んで
そのまま朝を迎えたこともありますが、
酔いに任せていい雰囲気になることもなく‥‥。
せめて、お酒の力で明るく楽しい自分を
演出することしかできず、
末には酔いつぶれて寝ていました。

彼はミュージシャンを夢見て上京し、
いつもギターを背負っていました。
わたしと出会った頃にはすでに限界を感じ、
故郷に帰る決心をしていたようでした。
暇な喫茶店で、FMから流れたこのビートルズの曲を
なにげなく口ずさんでいて、その綺麗な声色に、
わたしは、もうどうしようもなく、
好きだなぁと思いました。

ある日、いつものように
いつものメンバーで飲んでいたら、
「来年、帰るんだ」
ときっぱりと彼は言いました。
わたしは何も言えず、どうすることもできず、
その日も酔いつぶれました。
彼が帰る前日、いつも一緒で、
わたしの気持ちを薄々気づいていたお姉さんが
「あの子、あんたのこと好きだったよ。
 酔いつぶれて寝てるあんたを、
 他の男の子がちょっかい出さないように、
 いつも守ってたよ」と教えてくれました。
わたしは、泣きました。

翌日、彼を見送りに東京駅に行きました。
1月15日の成人式の日、東京は大雪で、
振袖の女の子達が大変そうだったのを覚えています。
新幹線が止まっちゃえばいいのに、とも思いましたが、
少し遅れた新幹線で彼は帰りました。
それ以来、東京には一度も来ません。
私は、恋の終わらせ方も知らなかったので、
それから3年くらい彼を好きでした。

今は、成人式は1月15日ではなくなりましたが、
雪が降るとその頃のことを思いだします。

不器用だったなぁ、わたし!

(ポール)

お互いがお互いを好きでも、
うまく恋が進まないどころか、
はじまりさえもしないことがある。
しかも、そのあと3年も
忘れられないほど強い思いなのに。

「恋の始め方も、
 終わらせ方も知らない」

そういえば、ちょっと昔の恋歌には、
そういうフレーズが多かったなぁと
しみじみ思い返しました。

昔の歌に出てくる、
ちょっと絵空事みたいな恋のフレーズは、
その時代に響いていた頃は、
いちいち現実的だったのかもしれませんね。

このレコードジャケット、いいなぁ。
とくにうしろでベースを構えてる
ポール・マッカートニーの感じが好きです。

はかない恋の話を聞くと
西条八十が歌詞を書いた
『蘇州夜曲』という歌を思います。
あの歌のふたりはもっと近づいているけど、
花の終わり、水の流れ、
止めることのできないものの前で
きらきらしたような夜をすごす恋。
思いやるだけで涙ぐむ私は変人ですね。

はじまりも終わりもよくわからない恋は
それだけ区切りもあいまいだから
強くあとに残るのかもしれません。

恋に始め方、終わらせ方かあ。
始まりは、いつの間にか、だけど、
たしかに「終わらせ下手」はあるかも。
ぼくも、そういうタイプかも。

でも、そう、スガノのいうように、
始まりも終わりもよくわからない恋は、
ある意味、長持ちします。
その関係が長持ちするというよりも、
人生にゆたかな彩りをあたえてくれる、
とても大事な思い出として、残る。
それが時に強く励ましてくれたり、
力になってくれることがある。
そういうもので、いいと思うのです。

「好きなら好きとはっきり言ってくれなきゃ、
 そんなのぜんぜんわかんないよー」
という話題でこの場が盛り上がることもありますが、
この方の場合は、お互いに不器用だった‥‥。
そうするとこんなふうに、はかない思い出として
ふんわりとゆたかに残るんですね。
しずかに降る雪のようにしんしんと、
つもる想いが文面を通じて伝わってきます。

「駅」という一文字は、すごいですね。
読む人それぞれの心にぱあっと物語が広がる、
そういうボタンのように思えます。

 駅。

ね? いろんなこと、思い出しませんか?

(ポール)さんの、
「新幹線が止まっちゃえばいいのに」
というフレーズ、かわいいです。
そのまま曲のタイトルになりそう。

はあ‥‥
話しても話して尽きない恋のお話。
ただいま「恋歌くちずさみ委員会」強化期間中!
あしたも更新ありますよー。
しかもこれがまた、名作。
どうぞお楽しみに!!

 

2013-05-20-MON

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