『9月の海はクラゲの海』
 ムーンライダーズ

 
1986年(昭和61年)
 アルバム
 「DON'T TRUST
  OVER THIRTY」に収録

そんなある日、
僕はハッと気が付きました。
       (トニー)

子供みたいに愛しても
大人みたいに許したい

彼女と出会ったのは東京の大学を卒業して
九州に戻った6年前の春でした。
あるレセプションで「○○中学の○○君だよね」
と話しかけてきたのが彼女でした。
彼女とは隣県の進学校の同級生で
クラスは違ったけれど、お互いの顔は知っていたので、
偶然の再会と言ったほうがいいのかも知れません。

東京でも恋はしたし、
それなりに好きになった女性はいました。
でも彼女が放つ引力は別次元のものでした。
彼女は僕が今まで出会った女性で間違いなく一番美しく、
たぶんこれからもそうです。
その日から僕の頭の中は、
彼女を中心にまわりはじめました。

6年間いろんなことがありました。
出会ったころは、彼女を自分のものにしたい気持ちと、
彼女に集まってくる男から何とか目をそらさせようと
必死でした。
何度もあきらめようとして、
あきらめられなくての繰り返し。
時間を共有するにつれ、二人の距離は近づきました。
いつしか彼女は僕をソウルメイトと呼び、
お互いの家の合鍵をもち、旅行に行き、
僕の告白に彼女は「嬉しい」と涙を流し、
今度は「他に好きな人ができた」と涙を流され、
今度こそ駄目だと思っていたら、
いつの間にかまた会うようになって、
手をつないだり、キスしたり、抱きしめあったり‥‥
あらゆる感情を、彼女のおかげで味わったと思います。

長い時間をかけてゆっくり育んだきた「カタチ」。
でも、お互いを甘やかすだけの
けじめのない関係と言われれば、それまでで‥‥
いつかの夜に、
酔っ払って僕のマンションに帰ってきた彼女が、
「あぁー私○○と結婚しても、
 こんな感じなんだろうなー」と言いながら
ベッドに倒れこんできたのを思いだします。

最近、彼女の体調不良や忙しくなったこともあって
会う回数は少なくなりました。
そして彼女がお酒をやめたというので、
たまに一緒にランチを食べにいくようになりました。

そんなある日、僕はハッと気が付きました。
彼女のお腹が少しずつ大きくなっていることに。

目の前が真っ暗になって、
血の気が引いていくのがわかりました。
その日どうやって家に帰りついたのか覚えていません。

(中略)

『君のこと何も知らないよ
 君のことすべて感じてる』ではじまるこの曲は
僕が生まれた頃の歌ですが、
今の僕の気持ちそのものです。
『Everything is nothing』
色彩豊かでリアルに思えた彼女との日々は、
次第に透明になって見えなくなりました。
いや、もともと何もなかったのです。
そして無意味な自分がただここに存在している‥‥
30の男が今更そんなことに気が付くなんて、
情けなくもあります。

僕の知らない誰かの赤ちゃんがお腹にいる彼女は、
今月いっぱいで近所から引っ越します。
家業をつぐために
隣県の実家に戻ることになったという嘘をついて。

彼女が本当のことを打ち明けない理由も
僕には分かります。

最後のランチの約束の日も、
僕は何も知らないふりをします。
この曲の歌詞みたいに、最後まで
『子供みたいに愛しても、大人みたいに許したい』から。

(トニー)

最初に申し上げておきますと
文中の

(中略)

は編集部で入れたものではありません。
(トニー)さんの投稿文そのままです。
もしかしたら(トニー)さんは、
この話をきちんと書くには
いまも思いが強すぎて、
これ以上書き進めていくと
とんでもなく長くなってしまうと
判断なさったのかもしれません。
そして、あえて

(中略)

とした、その部分に、
いったいどんな気持ちが封じ込められているのかを
想像しながら、ぼくの感想はやっぱり
「ええーっ!」
「そりゃないよーっ!」でした。
ほんと、そりゃないよー。彼女ぉー。
こんなのって、アリ???

最後まで「大人みたいに許したい」(トニー)さん。
ムーンライダーズがぴったりきます。
この曲が収録されたアルバム
「DON'T TRUST OVER THIRTY」は名盤で、
「DON'T TRUST ANYONE OVER 30」や
「ボクハナク」
「何だ? この、ユーウツは!!」
などの名曲がそろってます。

この歌、大好きなんです。
ムーンライダーズの歌のなかでも
いちばん好きかもしれない。
(トニー)さんも書いておられますが、
『君のこと何も知らないよ
 君のことすべて感じてる』
という言葉からはじまります。
『あまりにも君が気になって
 そのくせにいつも傷つける』
という歌詞もありますよねぇ。

恋するあいだは順風満帆とはいかなくて、
「結局、あの恋はなんだったんだ?!」
と呆然とすることもありましょう。

好きでいる人が
どれだけ相手のことを見ているか。
それは想像以上のものがあります。
そういう人には嘘はバレているから、
もしも嘘が通じている場合でも、
だまされてあげているだけなんだよねぇ。

ガラスみたいにつきさされて、
フィルムみたいに忘れないのに、
大人みたいに、許す。
ほんとうに歌詞がぴったりで
胸に迫ります。

おおきな恋は苦しい。
透明で何もなくなったように思えても、
無意味だなんて思いません。
たくさん、いろんなことが
彼女にとっても起こったのだと思います。

さぞや、驚いたことでしょう。
彼女のお腹が大きくなっていることに気づく‥‥。
圧倒的な衝撃だと思います。
(トニー)さんがまだ
気持ちを整理できていないことが
投稿の文面から伝わってきました。
最後のランチは淡々と終わったのでしょうか‥‥。

『子供みたいに愛しても、大人みたいに許したい』
ああ‥‥すばらしい歌詞。
一見、自分にもそれができそうな、やさしいフレーズ。
でもきっと、
なかなかそれはうまくはできないんですよね。
とくに「許す」ほうがむつかしそう。
『子供みたいに愛しても、大人みたいに許したい』
読み返すたびに、様々な想いや記憶が湧いてきます。

そしてそう、
(トニー)さんの恋は決して無意味ではなかったと、
勝手ながらぼくもそう思いました。
「彼女があらゆる感情を教えてくれた」
その事実だけでもすばらしい経験ではないでしょうか。

くっついたり、離れたり、
あきらめたり、寄り添ったり。

恋であるうちは、いえ、
ひとりとひとりの関係であるかぎりは、
他者からみてどんなに
不条理だろうと非常識だろうと
9月の海を漂うクラゲのように
「それも自分」と言うことができる。
ボクラの海がクラゲの海であるかぎりは。

けれども、子どもという、
自分たちとは別の命が生じてしまうと、
あきらかに全体の次元を違ってしまう。
それはもう、季節も、場所も、意味も、
まったく違う海の話。

その、大きな変化の境目のところ、
クラゲがクラゲでいられなくなる瞬間に、
彼女は嘘をつき、彼は嘘を追求しない。
別れ際に「Everything is nothing」と添える
その両者の「クラゲ的な振る舞い」が、
現実の恋愛の沙汰はさておき、
この投稿に展開する物語の
きれいなところかなとぼくは思いました。

この歌、もちろんぼくも大好きです。
「キャッチーなXTC」の遺伝子を
いちばん見事に活かした
日本の楽曲じゃないでしょうか。

それでは、また、次回にー。

2012-10-31-WED

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