『どんなときも。』
 槇原敬之

 
1991年(平成3年)

やっとこの歌詞の
意味が分かりました。
  (投稿者・Love)

そしていつか誰かを愛し
その人を守れる強さを
自分の力に変えて行けるように


11歳のときに聞いて以来、
20年間ずっと口ずさんできたこの歌。
いじめられていた時、
お母さんが家を出て行ってしまった時、
恋に恋しては破れ
「誰かを愛するなんてやってるよ!
 欲しいのは愛してくれる人だよ!」
と嘆いていた時も、
アメリカへ留学し心細さにおしつぶれそうな時も、
いつもこの歌を口ずさんでは乗り越えてきました。

アメリカ人の旦那さんと結婚し、
生まれ育った東京から遠くはなれたニューヨークで
二人のかわいい子どもに恵まれ、
やっとこの歌詞の意味が分かりました。
愛し守りたいと思えるものを持った時に強くなれるし、
今までのつらい経験は強くなるための
レッスンだったんだということ。

愛されたいと泣きながら
恋を探していた時には分からなかったこの部分が、
今では口ずさむたびに鳥肌が立ち、
胸がじーんと熱くなり、涙がにじんできます。
日本を出た時に好きな曲を詰め込んだ
テープに入っているこの曲。
口ずさみながら人生を歩める曲が
あるというのは幸せです。

(Love)

ああ、すごい投稿ですね、
恋、というよりは、人生の話。

力強い投稿のうしろで鳴り響く
『どんなときも。』が
甘いラブソングではなく、
凛とした強い「歌」としてある気がします。

「口ずさみながら人生を歩める曲が
 あるというのは幸せです。」

ほんとうに、そのとおりですね。

「守るべきもののある人は強い」
と、よく思います。
りりしく見えるし、
そんじょそこらのことじゃ折れないし、
もし折れても立ち上がるパワーがある。
そして自分の弱さをかえりみて
いかんいかんと思ったりするのです。

槇原敬之さんの楽曲は
恋や愛をえがきながら
人生の深淵に触れるようなところがあって、
彼のつむいだ言葉がせなかをぽんと押してくれる、
そういう瞬間がありますよね。
直面するひとつひとつの問題に
逃げずに立ち向かっていく。
泣いても、逃げない。
あまり熱心なリスナーではないんですが、
そんなふうに感じています。

ちなみに、口ずさみながら人生を歩める曲。
ぼくのそれは「真実一路のマーチ」です。
いい歌詞なんですよー。
これを槇原敬之さんに歌ってほしい。

重たいボールをばしーんと受けとめるように
この投稿を読みました。
コンパクトな文章の前半には、
予断を許さない人生の展開がぎゅっと詰まっていて。
でも、後半、
現在の(Love)さんがとても自由でおおらかで
明るい状況にあることを感じられて、
そこがすごくすてきです。

二本の足でぐいっと立ち、
下唇を噛みながら、
それでも真っ直ぐ前を見続ける
(Love)さんの様子が思い浮かびます。
このお母さんは、強いですよねー。
強くてかっこいい。

ナイスな投稿ってやっぱり、
そのまますばらしい歌詞になるんだと思いました。

ところで武井さん、
「真実一路のマーチ」を
槇原敬之さんに歌ってほしいって!
そんなのすばらしいに決まってるじゃないですか!
それはすごい、聴きたいなぁ。

糸井重里が、幼いころの娘さんに
「なぜ、勉強しなくてはいけないのか」
を問われ、
こう言ったことがあるそうです。

「友達を助けたいと思ったとき、
 そのちからがないといやじゃない?
 ずっと助けられてばかりでいい?」
(こまかいところがちがっていたらすみません)

これをそっくり盗み、
わたくし、自分の子どもにも
ときどき言いきかせております。

この歌の詞で、
「迷い探し続ける日々が 答えになること
 僕は知ってるから」
「落ちて行く夕陽に 焦る気持ちを
 溶かして行こう」
というところがあります。
こういう葛藤をいくつも越えて、
誰かの役に立ったり、
誰かと助けあったりする。
苦しみや寂しさ、焦りを味わった人の強さは
宝物のようにまわりに伝わるんだなぁと
感じることがあります。

口ずさみながら人生を歩める曲がある人は
そんなふうに受けとめる力、
いざとなったときに出る底力が
ある人なのかもしれない。
そういう曲があるって、ほんとうに素敵です!

ではまた、次の「恋歌」は土曜です。

 

2012-05-09-WED

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