『八月の濡れた砂』
 石川セリ

 
1972年(昭和47年)

何かが起こったかも
しれなかった夏を
思い出す。
  (投稿者・b)

あの夏の光と影はどこへ行ってしまったの
思い出さえも 残しはしない
私の夏は 明日もつづく

一浪の末、某大学の理学部に合格。
自分では結構優秀なつもりで天狗になっていたのだが、
同級生を見て「あぁ、オレってこの程度だったんだ」と落胆。
その反動で硬派な体育会系運動部に入部(笑)。

この部では夏の合宿費用を捻出するために
某デパートの名店街で
お中元セールのバイトをするのが恒例。

1年生の夏、配属された売り場の
となりの担当がKさん。

実はKさんは中学の先輩、
吹奏楽部でクラリネットを吹いていた。
母校の朝礼ではいつも吹奏楽部が前に出て
校歌の伴奏をした。
ポニーテール、きらきらした大きな瞳、
かわいいおでこ。
素敵な先輩だなぁ、と
見とれていた人だったので
私はすぐに気がついたが、
運動部だった自分と接点はなく
「Kさん、△△中学出身ですよね」と言ったら
「エーッ!なんで知っているの?」と驚かれた。

「私の後輩なの」と同僚の人たちに紹介して、
休憩時間に喫茶店に誘ってくれるようになった。
中学時代の先生の話、卒業後の話、音楽の話など
いつもKさんが話をして、
自分は聞いていたと思う。
あの大きな瞳で見つめられたら、もうドキドキ。
その笑顔を見られるだけで「幸せいっぱい」。

当時私はオートバイで
大学やアルバイトに通っていた。
ある日バイトが終わって帰り支度をしていると
「へぇー、バイクに乗ってるんだ」
とKさんが声をかけてきた。
「気持ちよさそう、今度乗せてね」

ドッキューン! 心臓バクバク。

アルバイト最終日前日、
ヘルメットを用意して帰りに声をかけた。
「エーッ!? 私スカートだよぉ」
と苦笑するKさん。
そこまで考えてなかった自分のアホさに
耳まで真っ赤!

でも
「よーし、じゃあ乗せてもらおうかな」
と言ってタンデムシートに
膝を揃えて横座りして
私の腰に手をまわした。
「怖いから、とばさないでね」

道行く人全員に注目されているような
緊張感の中、無事到着(大汗)。
「もう着いたの、早かったね。気持ちよかった!」
笑っているけど、明らかにホッとしている様子。

そして思いもかけない言葉が‥‥。

「○○君、合宿終わったら海に行こうか?」
「エッ」再び固まる自分。
「私が先輩なんだから、計画するよ。
 合宿がんばってきてね」

  素敵な夏になる予感‥‥‥‥

しかし、合宿で張り切りすぎた私は
大怪我をして病院へ運ばれた。

悔しくて情けなくて惨めで無念で。

そんなときにラジオの深夜放送から
流れてきたのがこの歌。
歌詞だけでなく
「八月の濡れた砂」というタイトル、
そして石川セリという歌手、
一度聴いたら忘れられないものになった。
(同名の映画主題歌ということを知り、
 後年「ぴあ」を片手に
 リバイバル上映している小さな映画館に
 一人で観に行った)

その翌年の夏、バイトでKさんに再会。
黒かった髪は栗色になり、
メンソールのタバコが似合う女性になっていた。
自分にはとても手の届かない「大人の女」に思えた。
オートバイで送ることも、
海に誘われることもなく夏は終わった。

そして3年の夏、彼女の姿はなかった。
「結婚して、いまは横浜に住んでいるみたいよ」
Kさんの同僚が教えてくれた。

今でも包装紙できれいに箱を包んだり、
十字に紐をかけて結ぶことができる。
「すごい! なんでそんなことできるんですか?」
と若い子に感心されたりすると、ちょっとうれしい。

そして、この歌と
「何かが起こったかもしれなかった夏」
を思い出す。


(b)

なんでそんなときに
張り切りすぎて大怪我を‥‥。
「情けなくて惨めで」のときに
聴いたのが、しかも、この歌。

いい。
いいです!

うまく紐をかけられるたびに思い出す
「何かが起こったかもしれなかった夏」。

いい!
いいです!!

いいですよねー、この話。

この「恋歌くちずさみ委員会」には
たくさんの投稿が寄せられてますけど、
なんか、この投稿は、これまでにない感じが
あるなあ、と思ったら、あれだ、
ちょっと「ヤンマガ」系なんだ、この思い出。

伝わる人には伝わるでしょう?
この、「ヤングマガジン」な感じ。

3年越しのバイトの話、
1年目で急接近して
大事なところでタイミングを逸したあと、
翌年、いなくなってるんじゃなくて、
とくになんでもない
2年目の話があるのが、いいですね。

「何かが起こったかもしれなかった夏」と
「何にも起こらなかった夏」は
おなじようでいてぜんぜんちがいますよね。
なにかにつけて前者的な考えのぼくは
ほんとにもー、と、ドキドキしながら
「やっぱり‥‥」と深いため息をついて
この話を読み終えました。
そう、こういう物語は、
こういうふうに終わるのです。

十代おわりから二十代はじめころに
「ちょっと年上」にクラッときちゃった、
という仲間、いましたよ。
(ぼくのことではありません。)
そういうやつって、ちょっと夢見がちに
「おまえらにはわかんねえよ」
みたいなこと言うんだ。
何言ってんだろうと思いつつ
ちょっとうらやましかった。

彼女のエピソードも最高。
再会したときに
「メンソールのタバコが似合う女性になっていた」
というところも、いいなあ。
結婚して住んだ場所が横浜らしいというのもいい!

いい!
この投稿はほんとうに、いい!

‥‥いい!
とだけ言って終わりたいくらい、いい!

男性からの投稿は、ややすくなめなのですが、
これは読みごたえたっぷりの名作でした。
男の子目線のまっすぐな投稿。
やはりいつもと雰囲気がちがいます。

「ヤンマガ的」って、なるほどー、
うまいこと言いますね。
かっこつけてる男の子が、
「ドッキューン! 心臓バクバク。」
そういう描写にキュンとなります。
いいわー。

どこかのおじさんが、
意外にきれいに包装紙で何かを包んでいたら、
そのおじさんは、
昔バイトで恋をした女性を
思い出しているところかもしれない‥‥。

というわけで、今回はこんなところで。
なんと、あしたもあります。

 

2012-05-02-WED

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