いつもくちびるに、季節の風とラブソングを。
こんにちは、恋歌くちずさみ委員会です。

あまずっぱい企画は、とっても好評!
たーくさんの、おたよりがとどいています。
みなさんの、
たいせつなたいせつな思い出の「恋歌」、
どんどん紹介していきますね。
なのでどしどし、おたより(メール)くださーい!

それから数年後、この歌が流行ったのです。
なぜだか、すぐYさんを思い出しました。
(投稿者・キリン)
『SOLITUDE』
 中森明菜

 1985年(昭和60年)
 

My恋歌ポイント

 少し憎んですぐ忘れてね
 誰よりも愛してる そう云い切れるわ

これは私の兄の恋人のお話です。
私の兄は当時19歳で、大学浪人でした。
その彼に8歳年上の彼女ができました。
兄妹仲がよかったので、
まだ中学生だった私は
3人でよくボーリングやドライブに出かけるほど、
彼女Yさんとはなかよくさせてもらいました。

Yさんはしっかり者で、
美人ですらりと背が高くて、
「なんでうちのお兄ちゃんがいいんだろう」
と、妹ながらに思っていました。
兄は兄で、大学に入ってただ4年間過ごすより
早く自立して大人になりたいと
しょっちゅう言うようになりました。
彼なりにYさんのことを
真剣に考えていたのだと思います。

入試間近の1月に、突然
就職活動のためにしばらく都会の友達の所へ行く、と
兄が言いだしたのも
Yさんの影響だったのかもしれません。
親の反対を押し切って、
「とりあえず1週間」という約束で
都会に行くことになりました。

兄に付き添った駅のホームで、
Yさんは明るく兄の世話をやき、
私と一緒に手を振って電車を見送りました。

ところが、電車が見えなくなった途端、
Yさんは急に号泣しはじめたのです。

大人のYさんが幼子のように、
鼻を真っ赤にしてぼろぼろ涙をこぼすのを見ました。
しばらく会えないくらいで
そんなに泣くほど兄のことが好きなのか、と
私は圧倒されながら
少し「かっこわるい」と思ってしまいました。

多分それが態度に出たのでしょう。
Yさんは泣き止んでから、照れたように笑うと
「泣いてしまったことは
 お兄さんには絶対内緒にしてね」
とかなり念を押しました。
それがYさんとの最後の会話でした。

Yさんは兄が都会にいる間に仕事を辞め、
引っ越しまでして、
完全に私たちの前から消えてしまったのです。

兄は荒れましたね。すごく。
私もわけがわからなかった。
「あの日Yさんは何か言ってなかったか」と
兄からしつこいほど聞かれましたが
何も答えられませんでした。
私はただ不可解な言動で
兄をふりまわすYさんに腹を立てていました。

それから数年後、この歌が流行ったのです。
この歌詞を聞いて、なぜだか、すぐ
Yさんを思い出しました。
あの日の泣き顔とともに。

あれきり会っていないYさんが
どんな気持ちで私達の前から消えたのかは
知りようがありません。
ただ、大人になったいまならわかります。
Yさんがあの日あの時、
兄を本当に愛してくれていたことを。
もう決して私たちとクロスすることがない
Yさんの人生が幸せでありますように、と
いまなら心から思えるのです。

お兄さんのいない1週間で、
引っ越した‥‥と?
しかも、会社まで辞めて???
まさか。消えた女、Yさん。衝撃です。

よほど前から考えて
用意なさっていたのでしょうか。
8歳年上ということは、このときYさんは
27歳くらいだったのかな?

お兄さんをふりまわすYさんに
腹を立てていた(キリン)さんが
明菜ちゃんの『SOLITUDE』で
ハッと思い出す瞬間に心がつかまれます。

ホームで、幼子のように泣いた
27歳のYさん。
いま、どこかで笑っていてくれるといいですね。
ああ、このページ、読んでないかなぁ。

スガノがいうように
「よほど前から考えて用意なさっていた」
のかもしれないですねえ。
だからこそ、「明るく世話をやき、
一緒に手を振って電車を見送」ることが
できたのかもしれない。

もちろん、のこされたほうは
たまったもんじゃない。
お兄さんが、どうやって、
そのことにケリをつけたのか
それはわからないのですけれど、
どんなにか辛かっただろうと想像します。
(キリンさんからのメールで察するに、
 きっといまお兄さんは、
 だいじょうぶなのだと思いますけれど。)

彼がどんなことになるか、すべてわかっていて、
その、わかっているという痛みもすべて引き受けて、
あえて「消える」という選択をしたのでしょうか。
「あのひとは、大丈夫」という確信と、
「わたしは、いないほうが、いい」という決意。
ほんとうに愛していて
そうしなければならない、
絶ち切らねばならないことが
ふたりの間にはあったのか。
その道しか、選びようが、なかったのか‥‥
そうでなければ近松門左衛門の世界に
なってしまっていたのでしょうか。

でも、やっぱり、
ふたりとも、ちゃんと、
前に進まなければならなかったのですよね。
Yさんは、その方法で、その恋を全うした、
そんなふうに思うことにしました。

いやはや、ほんとうにすごい。
Yさん元気だといいですね。

またしてもハラハラしながら読み進め、
彼女がなぜ消えたかわからない、という結末に
思わず、ほうっとため息をつきました。

恋愛に「もしも」はなくて、
「なぜ?」は当事者にしか、わからない。
そういうものなのだなあと。

Yさんにどんな理由があったのか。
この物語の一読者として
たいへん勝手なことを言わせてもらえれば、
どんな「ほんとうの理由」を提示されようと、
「わからない」以上の、
ミステリアスで、想像力をかきたてられる
エンディングにはならない気がします。

誰かが何かをするときの、
その「ほんとうの理由」というものは、
たとえ近しい人にでも
ほとんどがわからないものなのだと、
この投稿であらためて強く思います。

あのとき友だちはなぜあんなことを言ったのか。
あの日同僚がそれを選んだ理由は。
きのうの妻はどうしてああいう機嫌だったのか。

もっと言えば、
あのときぼくはなんであんなことをしたのか。
自分のことでさえ、
理由が言えることはすくないのかもしれません。

映画やドラマでの
次々と謎や動機が明らかになっていく
エンターテイメントはたのしくて大好きですが、
(キリン)さんが事実をしたためた一通の投稿にも、
ものすごい物語の迫力を感じます。

「幼子のように、鼻を真っ赤にして
 ぼろぼろ涙をこぼす大人の女性」

この描写に含まれている量感といったら‥‥。

今回は、こんなところで。
届く投稿の、クオリティに、濃度に、
委員会はほんとにおどろいています。

ではまた、水曜日に。

2012-02-04-SAT

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