鈴木金太郎、91歳のパンク直し。
台東区谷中、西日暮里から徒歩5分。 ここに、自転車修理の「鈴木商会」はあります。 ご主人の鈴木金太郎さんは、 大正十年うまれの、おんとし91歳。 仕事としては「60年」以上、 子どものころから数えたら「80年」ちかく、 この地で、自転車修理を続けてきました。 今日も、パンク直しに来た人に 「耳が遠くて、ごめんなさいね」と。 お客は(とうぜん)「おいくつですか?」と。 すると、すこーし恥ずかしそうに 「91に、なります」と。 お客は必ず「すごいですね!」とビックリし、 91歳のパンク直し人は 「それほどでも」と、嬉しそうにするそうです。 そんな、金太郎さんの話が聞きたくなって 「ほぼ日」奥野が、行ってきました。 ナイスな写真を撮ったのは、弊社の山口です。
第1回 パンク直して、80年。
第2回 飽きないねぇ、ちっとも。
第3回 自転車だからと、なめちゃいけねぇ。




── 金太郎さんは、ずっとこの地で、
たったひとりで
自転車修理をやってきたわけですけど‥‥。
金太郎 いや、弟がいっしょだったよ。
── あ、弟さんが、いらっしゃいましたか。
金太郎 うん、死んじゃったけどね。3年前に。
── ああ‥‥そうでしたか。
金太郎 長次郎ってんだ。
── 鈴木長次郎さん。
金太郎 そう。
── じゃあ、
「鈴木金太郎さん、鈴木長次郎さん」
というご兄弟ですか。いいなぁ‥‥。
金太郎 エンジン関係の整備士だったから
オートバイは、弟に任せてたんだけどね。
── 弟さんのいらっしゃった時代は
オートバイの修理もされていたんですか。
金太郎 戦後すぐは、トラックまでやったもんだ。
── そうでしたか。
金太郎 でも、いなくなってからは
エンジン関係も、だいぶ整理したよね。
── なるほど。
金太郎 若い弟のほうが
あたしより先に逝っちゃったやなぁ。
── ‥‥それから、自転車オンリーに。
金太郎 ま、結局は
親父の時代に戻ってきたってことだな。
── ちなみに金太郎さん‥‥奥様は?
金太郎 家内も、亡くなった。
── ‥‥いつごろですか?
金太郎 今年の3月8日に、亡くなった。
── そうでしたか。
金太郎 88歳。
── じゃあ、ずっとこの店で
金太郎さんと、
奥さんと、ごいっしょに暮らして。
金太郎 そうだね。いっしょだったねぇ。
── つまり、奥さまは
金太郎さんが自転車の修理をする姿を
何十年も見てたんですね。
金太郎 うん。
── よくわからないけど、
その時間の長さに、すごく感動します。
金太郎 家内は、外で仕事を持ってたんですよ。
仕事でフィリピンまで行ったりしてさ。
── 奥様、どんな人だったんですか?
金太郎 どんな人って‥‥
まあ、あたしの女房は、看護婦だから。

どんな人って言われても、
なんというかさ、こう‥‥(笑う)。
── やや、すみません。
金太郎 戦争中は修理の商売ができなかったんで
あたしも一時期、勤めに出たんだ。
── あ、そうなんですか? どちらへ?
金太郎 当時でいう「国策会社」って言ってね、
ピストンリングって、
戦前は輸入していた品物を
今度、戦争になって入ってこなくなったんで
自前で作るようになったの、日本は。
── はい‥‥「ピストンリング」を。
金太郎 自動車でも船でも、エンジンにね、
みんな使ってる、ピストンリングってのがある。
── ええ。
金太郎 それがなきゃあ、戦争もできないわけ。
── 戦争とは、部品一個で、できなくなる?
金太郎 そんなもんだよ。
── ‥‥ちなみに、自転車の故障というのは、
パンクが多いんですか?
金太郎 多いねぇ、パンクは。
── 金太郎さんが「自転車はワッパだ」と
おっしゃるゆえんですね。
金太郎 でも、これが案外、パンク直しというのは
簡単なようでいて、奥が深いんだ。
── そう思います。
金太郎 ほんとに。
── ええ、金太郎さんのお話をうかがって、
本当に、そう思いました。

だって、自転車を直すのに
こんなにたくさんの道具が必要だなんて
知りませんでしたし。
金太郎 この故障は、これでなきゃあ直せない、
というようなね、そういう道具もある。
── そうなんですか。
金太郎 とくに戦前は、申し上げたように
今でいう、トラック代わりに乗ってたからね。

雨の日でも、何でもね。
── はい、はい。
金太郎 すると、ねじが錆び付いてきたりなんかして、
ふつうの道具が利かなくなる。

そういうときに、使う道具ってのもあるんだ。
── ははー‥‥。

金太郎さんは、自転車の修理には
どういう人が向いてると思いますか?
金太郎 まあ、学校でも、工作やなんかに器用な人が
向いてるんじゃないかなと思うよ、やっぱり。
── 道具も自分で作っちゃうくらいですから
創意工夫が好きな人がいいんでしょうね。
金太郎 あと、これはこれで、奥が深いからさ、
自転車だからって、なめちゃいけないってのが
わかってないと駄目だね。
── ‥‥なるほど。
金太郎 戦前と戦後じゃ、ぜんぜん出来がちがうから。
── 自転車の。
金太郎 うん。
── それは、良くなってるという意味ですか?
金太郎 どこを見るかだねぇ、どこを見るか。
── ははあ。
金太郎 レジャーなんかの付き合いで乗るんなら、
最近のやつみたいな
軽くて、ワッパの細いのがいいんだろうけど。
── ええ。
金太郎 米俵だとか一升瓶なんかを積むんだったら、
すぐ、ガタがきちゃうよ。
── そうですか。
金太郎 だって、鉄に、ヤキが入ってねぇもの。
── 鉄に‥‥ヤキが。
金太郎 米俵を運ぶのなんかには、役に立たないよ。

ワッパだってさ、
昔のほうが、品物がよかったんだから。
── え、ほんとですか?
金太郎 戦前は、自然ゴムが混じってたもの。
── あ、タイヤの素材に。
金太郎 今は、人造ゴムでしょ。
── そんなに、ちがうんですか。
金太郎 うん、自然ゴムの混じってるほうが
ぜんぜん「もち」がいいよ。
── なにしろ
「トラック的な乗り物のタイヤ」
なわけですから
「もち」というのは重要ポイントですよね。
金太郎 自転車自体、
もっと重たくって、頑丈だったわけだし
そんなの、支えてたんだから。
── 金太郎さんは、いつまで
パンク直しを続けるおつもりですか?
金太郎 動けるうちは、やるしかないよね。

お客さんだって、来るし。
── そうか、頼りにされてるんですものね。
金太郎 あたしはもう、耳が遠いから、
娘が、毎日、手伝いに来てくれてんだ。

お客さんとの、通訳のためにさ。
── お休みの日って、決まってるんですか?
金太郎 日曜祭日休みで、土曜日は開けてる。
── じゃあ、カレンダー通りで。
金太郎 まあ、日曜日なんかでも、
パンクが来たら、直してやってますけどね。
── でも、そんなパパっと、
すぐに修理できるわけじゃないでしょう?
金太郎 そりゃあ、まあ、時間はかかりますよ。

パンクで来たお客さんだって、
一応、ブレーキから、調べるからねぇ。
── それでも、見てあげるんですか。
お休みの日なのに。
金太郎 そりゃあ、そうだよ。

パンクが来たら、直してあげなきゃあ。
自転車、走らねぇもん。
── ‥‥ちなみに修理代は、おいくらで?
金太郎 パンク直しで、1200円。

<おわります>
2012-11-28-WED  

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