ほぼ日刊イトイ新聞

感染症のプロ・岩田健太郎先生に聞いた 頭がすっきりする風邪の話。

ご報告が遅くなり、すみません。
2018年2月におこなった
「ほぼ日の風邪アンケート」では、
8503名のかたにご参加いただきました。
本当にありがとうございました。
さまざまな風邪の疑問が集まったので、
今回、その結果を持って、
神戸大学病院感染症内科の
岩田健太郎先生のもとを訪ねてきました。
岩田先生のお話は、とにかく明快。
「正しい」「間違っている。理由はこう」
「そういう説もあるが証明されていない」
など、わかりやすい説明で、
たくさんの疑問に答えてくださいました。
読むと、頭がちょっとすっきりしますよ。
これからはじまる風邪のシーズン、
参考にしていただけたら嬉しいです。

7 「免疫力アップ」の話は怪しい。

ほぼ日
テレビなどを見て、風邪には
手洗い、うがい、マスクが
欠かせないのかと思ってました。
岩田
テレビでやっている「風邪を治す方法」とか
「予防のための知識」は、
ほぼ効果なしですよ。
ほぼ日
ほぼ効果なし‥‥そうなんですか。
岩田
あと、これは言っておきたいですけど
「免疫力アップ」という言葉は
インチキですから。
ほぼ日
え? けっこうよく聞きますが。
岩田
「免疫力アップ」と口に出した先生の話は、
まず怪しいと思っていいです。
そういうことを言う専門の先生がいたら、
専門家じゃなくてタレント的な人か、
別の事情があるのか‥‥。

理由はわかりませんけど、
とにかく、きちんとした情報は
ほとんどないと思っていいです。

そして「免疫力をアップする方法」という
本やテレビの健康番組があったら、
これもウソだと考えていいです。
ほぼ日
はぁー‥‥。
岩田
というのが、いま
「免疫力を下げる方法」はありますけど、
「免疫力を上げる方法」って難問で、
ほとんどないんですよ。

免疫抑制剤、つまり免疫を下げる薬は、
世の中にいっぱいあります。
臓器移植とか、病気を治すときなどに必要で、
ものすごくたくさん開発されています。
また、我々も免疫力を下げる方法は
いっぱい知っています。

ですが、免疫力を上げる方法については、
ほとんどないんですよね。
ほぼ日
なるほど‥‥。
岩田
僕は医学生だったときに
「人参養栄湯(にんじんようえいとう)」
という漢方薬の研究をしていたんです。

「NK細胞」という免疫細胞があるんですが、
人参養栄湯を飲むと、この活性が上がるんです。

そういった研究をたくさんしていたのですが、
調べていくと「NK細胞」って
バランスが大事なんですね。
弱すぎても病気になるけど、強すぎても病気になる。
アップすればいいってものではないんです。

だから「NK細胞」の活性が上がる方法は
いっぱいありますけど、
やりすぎると逆に病気になることもある。
免疫ってシステムで、たくさんの細胞の
ネットワークでできているので、
一部の細胞だけ強くなっても
全体が強くなるわけじゃないんですよ。

だから「NK細胞アップで免疫力アップ」とか
書いてある本もよく見ますけど、でたらめです。
ほぼ日
うわー、何も考えずに
「そういう実験結果が出たんだろうな」
くらいに思ってしまってました。
岩田
だいたいそういった主張って、
ちょっとした動物実験や
試験管の中での実験を拡大解釈して、
「人間もこうすべきだ」
みたいに言ってることが多いですから。

人間は試験管ではないので、
同じことが起きるとは限らないです。
ほぼ日
そもそも「免疫力」って、どう測るんでしょう?
岩田
多いのは血液検査ですね。
ただそれも、たくさんある免疫力のなかから、
ある一部の免疫力しか測ってないので、
免疫力全体を診ることはできないんですよ。
ほぼ日
体を鍛えることには、
風邪の予防効果はありますか?
岩田
ある程度はありますよ。
運動はけっこう有効で、定期的に運動をしていると、
風邪はひきにくくなると思います。

ただ、逆もまた真なりで、
これもやりすぎはよくない。

僕、先週の土曜日に
「六甲縦断トレイルラン」というのに
参加したんですが、
この近くの須磨浦公園から有馬温泉まで、
山を4回ぐらい上がったり下がったり
するものなんです。

だから実は今、風邪気味で。
ほぼ日
あ(笑)。
岩田
あまりに過激な運動をすると、
免疫力って下がるんです。

基本的になんでもやりすぎはよくなくて、
運動しすぎると、そのあと
リンパ球の活性が落ちると言われています。
運動も、ほどほどはいいですけど、
やりすぎるとだいたい体を弱めます。

僕は年2回ぐらいマラソンを走るんですが、
マラソンのあとって体調がすごく崩れて、
だいたい風邪をひくんですよ。

基本的に42.195キロを走ることって
体に悪いんですね。
膝によくない、心臓にもよくない、
突然死しやすくなる。
それなのにどうして僕が
マラソンしてるかというと、楽しいからで、
別に健康になりたいからではないですね。
健康になりたかったら、マラソンを走らない方がいい。

激しいスポーツって、基本的に体によくないんです。
特にトップレベルのスポーツは、
だいたい体によくないです。
ほぼ日
健康にいいのは、歩いたりとか?
岩田
そう、ほどほどの運動。
ちょっとポカポカするぐらいの運動とか、
そういうのを定期的にやるのはいいですね。

食事も「こういう食事が免疫力アップ」みたいなのは、
たいていインチキです。
基本的には、いろいろなものを
バランスよく食べるのがいちばんいいです。

それから自分の体調をよく理解して、
食べることが大事。
肉を食べたいときは肉を食べればいいし、
今日は肉は嫌だなと思ったら、
野菜を食べるとか。
「今日はそんなに食べたくないな」というときは、
あまり食べないほうがいいし。
そんなふうに、自分の体からの要求に
合致した食べ方をするほうがいいんです。

季節、温度、湿度とかの環境や、
自分の体調、疲れ具合、その日の運動量によって、
体が要求するものは変わるわけです。
そこに耳をすませるのがいちばんですね。
ほぼ日
ちなみに、今回のアンケートでは
さまざまな食べ物について
「この風邪予防効果はどうでしょう?」
などの質問もあったんですね。

だけど、今の話から考えると
「乳酸菌を摂ったほうがいいと聞くのですが」
とかいうのもあまり意味がない‥‥?
岩田
乳酸菌、摂ってもいいですよ。
ただ、風邪の予防になるという明確な証拠はないですね。
ほぼ日
あと「マヌカハニー」というはちみつは、
何人ものかたが書かれていました。
岩田
咳にはちみつというのは、効果がありますね。
咳を止める効果があります。
でも、高価なものじゃないといけないとか、
そういうことはなく、普通のはちみつでいいです。
ほぼ日
なるほど。
岩田
基本的に、食べものまわりで
風邪に効果があると証明されたものは
ほとんどないんですよね。
一応「ビタミンCと亜鉛が効く」という
説はあるんです。
だけど効果のほどは、
あまりぱっとしないということなので。
ほぼ日
ぱっとしない(笑)。
岩田
ですから、あまりそういったことに
こだわる必要もないと思います。
僕も風邪をひいたときに果物を食べたりしますけど、
亜鉛のタブレットとかも買わないですし、
ビタミンC錠剤とかも買わないですから。

おまけのように言えば、食べ物の健康情報には、
ほんとに変な話が多いんですよ。
ちょうど昨日、ネットで
「医者の94.7%が良いものだと
言っているはちみつ、ローヤルゼリー」
みたいなキャッチコピーがあったんです。
「え、ほんと?」と思ってよく見たら
「ローヤルゼリーに関心がある医者34人に聞きました」
って。
それインチキじゃん、って。
ほぼ日
(笑)
岩田
きちんと検証している
「特定保健用食品(トクホ)」ですら、
ほとんどデータはないんです。
「トクホ」の中で効果があると
わかっているのは、実はたった2つだけ。
ほぼ日
え、そうなんですか?
岩田
はい。妊婦の葉酸と、骨阻鬆症に対するカルシウム。
そのふたつについては
「疾病リスクの低減」が証明されています。
だけどあとは全部、効果があるかどうか微妙。

「トクホ」と認定されているものですら、
そのくらいなんです。

ですから、そうでないものについては、
ほとんど海千山千です。
効果が確立されていないものばかりなんですよ。
ほぼ日
でも、効果が不明瞭なのに、
どうして「トクホ」が認可されているのでしょうか?
岩田
トクホは基本的に、書類をきっちり
そろえれば取れますから。
「手続き主義」でお役所的なんです。
そして、確実に健康効果があると
証明する必要はなく、
「効く可能性がある」といったものも含むんです。
ほぼ日
うわー、知らなかった。
岩田
それは秘密でもなんでもなくて、
消費者庁のホームページに
全部ちゃんと書いてあります。
ただ本当に健康に確実に寄与する「トクホ」は
ほとんど存在しないわけで。
ですから「トクホ」をとっていないものについては
言うまでもないですよね。

(続きます)

2018-09-24-MON

岩田健太郎(いわた けんたろう)

島根県生まれ。島根医科大学卒業。
沖縄県立中部病院、ニューヨーク市
セントルークス・ルーズベルト病院、
同市ベスイスラエル・メディカルセンター、
北京インターナショナルSOSクリニック、
亀田総合病院を経て、2008年より神戸大学。
神戸大学都市安全研究センター
感染症リスクコミュニケーション分野および
医学研究科微生物感染症学講座
感染治療学分野教授。
神戸大学病院感染症内科診療科長、
国際診療部長。

所有資格は、日本内科学会総合内科専門医、
日本感染症学会専門医・指導医、
米国内科専門医、米国感染症専門医、
日本東洋医学会漢方専門医、
修士(感染症学)、博士(医学)、
国際旅行学会認定(CTH),感染管理認定(CIC)、
米国内科学会フェロー(FACP)、
米国感染症学会フェロー(FIDSA)、
PHPビジネスコーチ、FP2級。
日本ソムリエ協会シニアワインエキスパートなど。