第11回 バント。

糸井 もう、話しているとおもしろくて、
ほんとうにきりがないんですけど、
やっぱり、バントの話もしておきましょう。
川相 はい(笑)。
糸井 あえて乱暴に訊きますけど、
いま、バントについて、どう思ってますか?
川相 うーん、監督を1年経験してみると、
やっぱり、戦略的に非常に重要なものだ
ということがよくわかりましたね。
糸井 あ、なるほど。
選手のときとはまた違った考えが。
川相 そうですね。
糸井 じゃ、たとえば選手のときは、
川相さんにバントのサインが出て、
「ここはバントじゃなくても
 いいんじゃないか?」って
思うようなこともあったりしたんですか?
川相 あります。
糸井 あっ、ありますか。
川相 それは何回もあります。
糸井 はーーー。
川相 そう思うけど、その気持ちをぐっと抑えて、
気持ちを切り替えてバントする。
そういうことは何回もありました。
というのは、気持ちを切り替えずに、
中途半端に疑いながらバントすると、
やっぱり、失敗するんです。
糸井 ああああ。
川相 そういうことが何回かあって、
あ、やっぱりこういう気持ちでやると
いけないんだな、っていうのが
自分のなかではっきりわかって。
だから、どんな場面でも
もうサインが出たら忠実に、
自分がどう思っていようが
必ず気持ちを切り替えて、
バントに徹してやらなきゃ成功しない、
って自分に言い聞かせてやってました。
糸井 ご自分が監督になってからは
今度はそれを教える立場になりますよね。
川相 そうですね。
ですから、徹底的に気持ちを切り替えて
バントしなきゃ成功しない、みたいなことは、
練習のときからかなりしつこく言ってました。
あと、バントとかサインプレーって、
練習のときはたくさんやるんですけど、
試合ではあんまりやる機会がない、
っていうことが多いんですね。
それって、せっかく練習してるのに
もったいないなあとぼくは思ってたので、
勝っていても負けていても、
点差が開いてる場面であえてやらせてみたりして、
なるだけ実戦のなかで、
やらせるようにしましたね。
糸井 やっぱり実戦でやらないとダメですか。
川相 ダメです!
もう、いっくら練習してても、
実戦でやらないとうまくならないです。
糸井 はー、説得力あるなぁ(笑)。
あの、川相さんは、すごく簡単そうに
バントを決めてましたけど、
実際、簡単に思えるような
時期もあったんですか。
川相 うーーーん、まぁ、
バッティングよりは簡単ですね。
糸井 おお、その答え方は、いいですね。
川相 いや、もう、確率からして
バッティングよりはぜんぜん簡単ですよ。
糸井 つまり、バッティングは、
3割打てれば一流だから。
川相 そうです。
赤坂 川相選手が引退したときに
生涯犠打成功率っていう数字が出たんですけど、
9割ちょっとあるんですよ。
糸井 9割!
川相 それでも10回やって1回失敗してるんで、
ぼくは納得いかないですけど。
糸井 はーーーー。
川相 でも、それくらいの気持ちで、
大事に大事にバントをやっていても、
10回に1回は失敗するわけですから
いい加減な気持ちでやってる人は
2、3回どころか
4、5回失敗すると思うんですよ。
そこはもう、意識の問題だと思うんで。
糸井 ああ、そうですね。意識かぁ。
もう、どっちが先かわかりませんけど、
川相さんはバントを重ねながら、
バントについてそうとう考えたんでしょうね。
川相 そうですね。
でも、真剣に考えはじめたのは、
自分がレギュラーじゃなくなって
からかもしれないです。
糸井 ほーー、それもリアルだ。
川相 だって、レギュラーで出てるときは
4打席か5打席のうちの
1打席か2打席、バントすればいいんです。
ピッチャーの投げるボールを
ほかの打席で見てるし、
ゲームの流れのなかでバントができる。
ところが、レギュラーから外れて、
途中から代打で出場とかになると
1球もピッチャーの球を見ないで
いきなりあの打席に入って
バントしなきゃいけない。
糸井 そうですね。
川相 目も慣れてない、
ゲームのなかで動いてもない、
そんななかで、ベンチに座ってた人が、
パッと打席に入って140キロのボールを
いきなりバントするっていうのは、
そうとう準備しなきゃムリです。
糸井 うん、うん。
川相 あと、レギュラーで出ているときは、
4打席とか5打席のうち、
たとえば1回バント失敗しても
ほかの打席で取り返せるかもしれない。
だけど、この1打席のためだけに
バントしに出てきてるのに
そのバントを失敗するとなると、
もうほかになにもないわけですよ。
糸井 あああ。
川相 もう、純粋に
「失敗」っていう結果しか残らないんで。
これは、やっぱり、
ものすごいプレッシャーでしたし、
正直、怖かったですね。
糸井 じゃあ、代打で出て、バントだけして、
それでもうれしそうな顔をして
ベンチに帰って行ったりするときは、
ほんとうにうれしかったんですね。
川相 ほんとうにうれしかったんです。
糸井 以前、イチローさんにインタビューしたとき、
あんだけ打ってる人が
「その都度、1本のヒットが
 どれだけうれしいか!」って
本気で言ってるのを見て
ちょっと感動したんですけど、
いまの川相さんの話聞いてると同じですね。
川相 ええ、もう、ほんっとに、
ほっとしますよ、はい。
逆に、これ、失敗したときは、
ほんっとにキツいです。
糸井 誰のせいにもできないですもんね。
川相 誰のせいにもできないですし、
なにより、その、
チームをしら~っとさせるじゃないですか。
あれは、たまらんですね。
糸井 ヤジも聞こえますね。
川相 はい。もう神宮のおじさんに
ヤジられまくりですよ(笑)。
糸井 「バントしかできねえくせに
 バント失敗しやがって」って(笑)。
川相 そうそうそう(笑)。
あのプレッシャーはやっぱり‥‥。
だからこそ徹底的に準備しなきゃいけない、
っていうのがほんとうにわかりました。
糸井 「準備」ってことばが
すごく重く聞こえますね。
川相 ぼくがいつも心がけていたのは
試合の流れを初回から
常に目を離さないで見る、ということです。
ですから、試合がはじまったら、
よっぽどのことがないかぎり
ベンチ裏には行きません。
攻撃も守りもずーっと見ておきたいんです。
ゲームの流れをずっと見ていって、
「ああ、今日はこのままの展開で、
 6回か7回にくらいに
 ピッチャーのとこ回ってきたら
 もしかして、バントあるな」って
気持ちを高めていくんですよね。
糸井 それが、なによりの準備。
川相 はい。
そうやって、ゲームの流れを
ずーっと見ておかないと、
バントは成功しないと思ってるんで。
だからもう、試合が中盤くらいになってくると
ベンチに座ってるだけなのに
だんだん緊張感が高まってきて、
「くるぞ、くる、くる!」
って思うんですよ。
糸井 はあーーーー!
川相 で、そこまで準備しても、
最後のシーズンは、
バントしに出て行くのが
けっこう、怖かったです。
糸井 世界記録を持ってる川相さんでも、
怖いんですね。
川相 怖いです。
だって、それのためだけに行くんですから。
そこで失敗はできん! っていう
プレッシャーは、すごいです。
糸井 勝手な予想ですけど、
きっと、その怖さを、
おもしろさということもできますよね。
川相 ま、そういうことですね、裏返せば。
糸井 うーーーん、そんなおもしろさ、
誰が想像したか、ですね。
だって、そんなことしてるのは
「オレ」しかいないんだもんね。
川相 ああ、そうですね。
糸井 あと、ついでのように聞きますけど、
川相さんはバントが大好きで
バントの人になったわけじゃないですよね?
川相 そうですね。
糸井 高校時代はピッチャーですし。
川相 はい。だから、まぁ、
「川相=バント」みたいになってますけど、
バントがめちゃくちゃ好きで
やってきたとは思わないですね。
役割として、っていうことですね。
糸井 うん。
なにかを徹底的にやってる人っていうのは、
それぞれにたいへんだし、
観ていておもしろく感じるんですよ。
なんていうかな、人そのものよりも、
そのひとりのやっていることが
リスペクトを生んでいくっていうのが
スポーツを観てるときのおもしろさなんです。



(続きます)
2010-12-15-WED
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