第6回 オリンピックの楽しみ方
永田 ほかに、気になる競技、気になる情報、
競技の観戦のポイントなどがあれば、
なんでもお願いします。
刈屋 そうですね、これは、
「こう観ると楽しくなる」というのとは
ある意味、逆のことかもしれませんが、柔道。
永田 はい。
刈屋 今度の北京オリンピックで、
柔道を「日本のお家芸の格闘技」というふうに
思いながら観戦すると、
おそらく、欲求不満になると思います。
永田 あーー、それほど、ですか。
刈屋 はい。もう、別物といってもいい。
「柔道というのは採点競技である」
というふうに割り切って応援すれば、
いいんじゃないかなと思います。
永田 それは、ずいぶん大きい、重い、ひと言です。
刈屋 じつは、ずいぶん以前から
そうなりはじめていたんですよね。
象徴的なのはやはり、
2000年のシドニーの篠原選手。
永田 「内股すかし」。

(※2000年シドニーオリンピック。
 柔道男子100キロ超級決勝。
 篠原選手はフランスのドゥイエ選手の
 内股を「内股すかし」で返した。
 篠原選手の一本勝ち、と日本人は思ったが、
 一本勝ちどころか、ジャッジは、
 ドゥイエ選手の有効。猛抗議も判定は覆らず。
 日本の柔道と世界の柔道の差が浮き彫りに)
刈屋 そうです。
あのときが、もうすでにそうなんですよ。
当時、ヨーロッパを中心としたジャッジは、
内股をすかされた方じゃなくて、
同じように倒れたのであれば、
最初に技をかけた方が
ポイントであると判定したわけです。
だから、あれは、ヨーロッパの人たちにとっては
誤審でもなんでもなくて、当然のことである、
っていうことから始まっている。
永田 うーーん。
刈屋 一方、それに対して、
やっぱり柔道っていうのは格闘技なんだ、
採点競技じゃないんだ、っていう揺り戻しが
アテネではあったわけですね。
結果、日本の柔道は金メダルを8つもとった。
ところがこの北京オリンピックでは、
その逆の揺り戻しが来ているんです。
永田 それほどですか。
刈屋 北京で開催された国際大会を観ましたが、
明らかにもう、採点競技です。
勝敗が気持ちよく決まることはまれです。
地味でも、形だけのものでも、
とにかくポイントをとる。
それにはどうしたらいいのかというのを、
ヨーロッパの選手たちはもう、
みんな、徹底的に研究しています。
だから、そういう競技だと思って観ないと、
ほんとうにストレスがたまると思います。
永田 日本の選手の方たちは、
そこは切り替えられてるんですかね。
刈屋 だから、それも、観るときの
ポイントになるんじゃないかと思います。
この間、全日本選手権を勝った石井選手
(石井慧:男子100キロ超級)なんかは、
きちんと切り替えてると思います。
はっきりと、北京で勝つための柔道をしている。
だから、あれほどの激戦区を勝ち抜いて、
彼は代表になった。
国際大会でも実績を残してるっていうのは、
そういうところなんですよね。
だから、国際大会における柔道は、
「柔道であって柔道ではない」という考え方。
柔道なんだけど、勝敗の決め方っていうのは、
いつもとちょっとちがうんだよ、
ということが頭にあれば、
あんまり、こう、イライラしないで
見ることもできるかもしれないし(笑)。
あるいは、とにかくポイントを取るという視点から
選手を応援もできるかもしれないし。
そういうなかでキレイな一本を決める選手がいれば
それはもう、最高ですからね。
永田 そうですね。
刈屋 そういうふうな認識を、
まずは持っておいたほうがいいと思います。
で、もっというと、北京での戦い、結果を受けて、
日本の柔道が今後どういう方向に行くのか、
そういったことも見ていくと
おもしろいんじゃないかと思いますね。
永田 うーん、なるほど。
刈屋 柔道に関しては、そういうふうに思います。
永田 あと、金メダル候補の競技として
挙げられた中でいうと、野球がありました。
柔道と並んで、日本人には馴染み深い種目ですが、
こちらはいかがでしょうか。
刈屋 そうですね。
野球はもう、日本のスポーツファンにとっては
絶対に譲れない競技ですよね。
ぼくも、個人的には、
「野球で負けてほしくないな」
という気持ちがあります。
もちろん、他の競技でも、
負けてほしくないんですけど‥‥。
永田 いや、でも、
「負けて欲しくない!」っていう表現は、
なんか、ぴったりきますね、野球に(笑)。
刈屋 うん。やっぱり「負けてほしくない」(笑)。
やっぱり、ある程度から上の年齢層の方は、
そういうふうに思うんじゃないんですかね。
シドニーのときも、アテネのときもそうでした。
日本の野球は強いんだ、絶対強いはずだっていう
そういう気持ちがあるんでしょうね。
永田 しかも、シドニー、アテネと2大会続けて、
決勝戦に進めていないんですよね。
「決勝の相手はどこだ!」と気合いを入れていたら
いつもその手前で力尽きているというか。
刈屋 そうそうそう。
永田 なんかもやもやしたところが、ありますよね。
刈屋 いや、2大会連続で不完全燃焼ですよ。
しかもね、このあと復活するかもしれませんけど、
オリンピックの競技としては
今回が最後だということもある。
だから、うーん、やっぱり、
とってほしいな、金メダルを(笑)。
永田 そうですね!
刈屋 金メダルっていうかね、負けてほしくない。
永田 そうですね。そのとおりです。
「負けてほしくない」としかいえない。
刈屋 負けてほしくない。
何があっても、どこがきても、負けてほしくない。
もう、それだけですよね、ほんと。
自分にとっては、そんなふうに、
理屈抜きで思える、数少ない競技です。
永田 「がんばれ!」でもなく、
「負けてほしくない」。
刈屋 ええ(笑)。
永田 ありがとうございました。
あとは、女子マラソンも日本の得意競技というか、
金メダルが期待できる競技です。
刈屋 女子マラソンの、いまのセオリーからいえば、
身体能力といい、スピードといい、実績といい、
野口みずきがいちばん強いと思うんです。
彼女は、悪条件にも強いランナーですし。
永田 なるほど。
刈屋 だから、野口みずきが二連覇する可能性は
十分にあると思います。
あと、注目しておきたいのは、
野口みずき、土佐礼子、中村友梨香という
日本代表の3選手はそれぞれにタイプが違うので、
天気がどうなっても、レース展開がどうなっても、
誰かが来るんじゃないかなと思います。
永田 あ、なるほど。
それは、頼もしい意見ですね。
刈屋 あと、これまた個人的な話になりますが、
土佐礼子さんは、いま、
我が家の近くに住んでるんです(笑)。
永田 そうなんですか(笑)。
刈屋 旦那さんとねよく近所を散歩していたり、
あと、バッティングセンターに来て、
うちの子たちといっしょに
遊んでくださったりしたこともあったんですよ。
で、やっぱり、土佐さんって
すごく真面目な人だなと思ったのは、
打席に入って、自分が打てなかったときに、
ひとりでね、ケージの外に出てきて、
こう、鏡を見ながら素振りしてるんですよ(笑)
永田 アスリートだ(笑)。
刈屋 そうなんですよ(笑)。
で、熱心に素振りをして、また打席に入ると、
今度はちゃんと打つんですよ。
永田 かっこいい(笑)。
刈屋 あと、もうひとつ。
ぼくは、土佐選手の監督の鈴木さんという人と
もう、20年くらい前の、
市立船橋のコーチだったころから、
おつき合いさせてもらっているんです。
「オリンピックで、金メダルを取る
 マラソン選手を育てるのが夢なんだ」
ということを、鈴木さんは
当時からおっしゃってましたから、
その夢がかなうのかもしれないと思うと、
個人的には、土佐選手を、
応援したいなというふうに思ってます。
永田 なるほど(笑)。
いや、ほんとうに、ありがとうございます。
なんていうか、うかがっていくと
ほんとうにキリがないんですが‥‥。
日本人選手の活躍と関係なく、
刈屋さんが楽しみにしている競技はありますか?
刈屋 オリンピックで、毎回毎回、
ものすごく楽しみにしているのは、
やっぱり男女の100メートル走です。
永田 ああ。
刈屋 やっぱり、4年に1回、
誰が世界でいちばん速いか決める、
というのはたのしみですよね。
永田 この間、すごい記録が出ましたよね。
刈屋 出ました、出ました。
だから、今度の北京オリンピックの
男子100メートルでは、もしかすると、
9秒6台が観られるんじゃないかな。
永田 いまは9秒72ですよね。
刈屋 はい。あの記録を出した
ウサイン・ボルトっていう選手は、
たぶん、いま考えられるスプリンターの
最高到達点にいる選手なんですよ。
重心の移動がスムーズで、無駄なロスがなく、
速い回転と、流れるような重心移動を
あわせ持っているんです。
これまでの陸上界では、
そういう素養があって、なおかつ背が高ければ、
もっともっと記録はよくなると言われてたんです。
で、このボルトっていう選手、
身長が196センチあるんですよ。
永田 へぇーーーー。
じゃあ、まだまだ先があるかもしれないですね。
刈屋 非常に期待できますね。
だから、やっぱり100メートルは、
生で観た方がいいと思います。
北京はそれほど時差もないし、
人類が9秒6台に突入する瞬間を
いっしょに味わった方がいいんじゃないかな。
永田 そうですね。
刈屋 そういうところでしょうかね。
あ、あとひとつ、いいですか?
永田 もちろん。どうぞ、どうぞ。
刈屋 ちょっと地味な競技ですが、トランポリン。
日本代表の上山(容弘)選手は、
お父さんも元トランポリンの選手なんです。
お父さんは日本トランポリン協会の
競技部長だったこともあり、
アテネオリンピックの中継のときに
ごいっしょさせていただいたんです。
ところが、そのお父さんは、
去年、病気で亡くなってしまったんです。
で、ぼくがお父さんの上山さんと
ごいっしょさせていただいた
アテネオリンピックのときって、
日本の男子選手は出場権をとれなかったんです。
上山さんは、日本の選手がいなくてさびしい
ということをずっとおっしゃってたんですが、
そのとき、つけ加えるように、
「4年後の北京オリンピックには、
 メダルを狙える選手が日本に3人出てくる」
っておっしゃってたんです。
そして、「そのうちのひとりは自分の息子だ」と。
永田 へぇーーー。
刈屋 それで、そのとおりに、見事に、
その息子が今回メダル候補として世界へ出て行く。
これはやっぱりすごいことだな、と。
永田 すごいです。
刈屋 上山選手の特徴というのはね、
やっぱり、お父さんが小さいころから
徹底的に鍛えただけあって、
トランポリンの真ん中にある四角いゾーン、
「ジャンピングゾーン」というところを
ほとんどはずさずに跳べるんです。
これができる選手はなかなかいなくて、
オリンピックの緊張した場面で
10回そこをはずさずに跳べたら
メダルを争えるといわれているんです。
ですから、メダルも夢ではないと
ぼくは期待しているんですけどね。
永田 それで、メダルをとったら、すごいですね。
刈屋 そうですね‥‥。
4年前、上山選手のお父さんは、
審判員とか、競技委員といった仕事を兼務してて、
全国を忙しく移動してらっしゃいましたから、
「なかなか息子を見てやれないんだよ」
なんて愚痴ってたりしたんですが‥‥。
まさかその上山さんが4年後にはもういなくて、
その息子が代表になるとは‥‥。
だから、なんていいうか、
メダルをとるところを見せてあげたいというか、
上山選手を応援したいと思ってますね。
永田 なるほど、なるほど。
ありがとうございます。
なにか、最後に、オリンピックを
楽しみにしている人たちに、
メッセージがあれば、お願いします。
刈屋 そうですね‥‥。
ある競技があって、その名前は知っていても、
おもしろさは深く知らないのがふつうです。
オリンピックというのは、
ある競技のおもしろさを知るチャンスなんです。
だから、たとえば、オグシオのバドミントン、
愛ちゃんの卓球、あるいは、ビーチバレー‥‥。
そのほかの、さまざまな競技。
ふだん、そういう競技があることは知ってても
じっくり見たことがなかった競技。
そういった競技をじっくりと観戦して、
そのおもしろさに触れる。
それがやっぱりオリンピックの
いちばんの楽しみじゃないのかなと思いますんで、
そういう感じで、ぜひ、新しい競技に触れて
楽しんでもらいたいなというふうに思いますね。
永田 2、3試合真剣に見るだけで、
ずいぶん変わりますよね。
刈屋 まったく、認識が変わります。
ほんとに2、3試合ですよ。
2、3試合見ただけでね、
「こんなにおもしろいのか」ということがわかるし、
それによって「自分もやってみたい!」と感じて
人生が変わる子どもだって、出てきます。
もちろん、お父さんやお母さんが、
「いまからでもできるんじゃないか」と感じて
生涯の趣味を増やすということもあるでしょう。
そんなふうに、いろんなスポーツの中に飛び込む
いちばんのきっかけになるのがオリンピックです。
ぜひ、いろんな刺激を受けてほしいですね。
‥‥というあたりで、どうでしょうか?
永田 すいません、まとめてまで(笑)。
完璧です!
刈屋 (笑)
永田 今日はお忙しいところ、
本当にありがとうございました!
刈屋 ありがとうございました。
(お読みいただき、ありがとうございました。
 刈屋さんとのお話はこれで終わりです)


2008-08-07-THU

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN